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彼女が夢見た幻想と、その歪曲した事実に関して6





 と言っても、うっそうと茂る黒い前髪のせいで瞳がどこにあるのかわからないのだが。


 伸び放題の黒髪に無精ひげの顔色がいつあっても土気色の男は、いつ風呂に入ったのか知れない体をボリボリと掻きながら、えーと、と指を折りはじめた。


「ああ。ちょっと2時間前にさ」


「2時間前?」


「そうそう。2時間前。ちょっと久々に台所に立ったらさ、ゴキブリが出ちゃったんだよねぇ」


「ゴッ!?」


 恐ろしくて口が名称を口にすることすら嫌煙するその四文字に、ミコトの体に怖気が走る。


 ちなみにミコトに言いつけられて、相棒は近くのケーキ屋にお使いに行っている。


「そーそー。だからもう、びっくりしちゃったわけよ。さすがの俺もね~。蜘蛛とゲジゲジは何とかいけんだけど、ゴキブリはね~。だからさ、焦って焚いたわけよ。バルサン」


「バ、バルサン?」


「あれ? ミコト嬢は知らねぇの? 生きてた時代にもあったはずだけどなぁ、バルサン」


 バルサンとは何か新手の文言だろうか、と真剣に悩み始めたミコトに御堂という男は、しきりに神妙にうなずいて先を続ける。


「バルサン、ってのは潜伏している対ゴキブリ専用の最終兵器でな。ちなみに近くのホームセンターで大特価398円だったところを、1時間前買い占めたわけよ」


 ほれ、と指差されたのを見れば、何やら缶詰のようなものが彼の後ろに10個ほど転がっていた。ちなみにすべて開封済みである。


「もーね。これを使うべきだと思ったわけよ。やつらの眷属、根こそぎ死滅させないと、寝ている間にやられるってね。あ、確かまだ残ってたと思うけど、ミコト嬢持って帰る?」


 ごそごそと御堂は自分の真後ろの小さなふすまを開けた。


 中にはぎっちりとバルサンと思しき缶詰が入っていた。


「い、いらないわよ。うちにアレなんて出ないもの!」


「わかんないよ~。寝ている間、カサコソカサコソ」


「殴られたりないわけ??」


 ミコトは拳を振り上げ、視線だけで射殺せそうな剣呑なひかりを浮かべ唇だけでほほ笑んだ。


「で、本題だけど――――」


 御堂が黙ったのを皮切りに、ミコトは拳を落としまっすぐに彼を見た。


 用があるのは容赦戦に侵されても生き残るとうわさされる黒光りする害虫のことなどではないのだ。




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