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彼女が夢見た幻想と、その歪曲した事実に関して
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―――「先生、私は何をすれば永遠の命を受け継げるのでしょうか」
『ルカによる福音書』第10章26節
油たまりの中で、彼女はもがいていた。
蜘蛛の巣にからめとられた蝶のように、四肢を糸で縫い付けられて身動きすらできない。
両手足の指の一本一本。
足の関節の細々とした細部に至るまで、ピンと張りつめられた生糸のようながそソレが絡みついていた。
動くたびにより深く糸がしなやかな肉に食い込むのだ。
痛みに自然と首が上向くものの音が喉から漏れることはなかった。
『まだ』
囚われる蝶を見つめながら男は薄く嗤っていた。
『まだだよ』
優しく囁くような音で、男は嗤っている。
再び蝶が男を呼んだ。
『きれいだね』
男は麗しい人、と答えて蝶に近づくとその黒髪を撫で、白い肌を撫で、ほっそりとした顎を上向かせた。
面差しも、何もかも、自分が思い描いていた通り。
だが足りないのは―――。
『魂が、足りない』




