彼女の死、あるいは物語のはじまり
「あれまぁ、無残に殺されちゃって」
積み重なる躯の山と、部屋に充満する濃密な鉄錆と腐臭の香りに、元部屋の主であった人物は非常に平坦極まりない第一声を上げた。
白雪のようななめらかな肌に艶やかなバラ色の唇。
平然と状況を観察する横顔は女性というほどには幼く、少女というほどには大人びていた。
黒いワイシャツに黒いネクタイ。
黒いプリーツスカートから合間見える白磁のほっそりとした太ももにむちっと食い込むニーハイソックス。
そして、ローヒールの革靴。
絹が如く光を放つ漆黒の髪の合間から、動揺も焦燥もないまっすぐな左眼がまるで風景画を模写する絵描きのような面差しで、部外者のようにその場を眺めているのだった。
部屋に出入りする警察官が吐き気を催し部屋から逃げ去るほどの惨状は、さしもの彼女も片眉をあげるしかなかった。
「なっさけないわねぇ。これしきの状況で」
えらそげに扉横の血痕がべったりと付着した壁に寄りかかりながら、現場保存など毛頭気にする気配もなく、彼女はやや達観した様子で一部始終を観察していた。
部屋の中央、赤く染まり上げてところどころ乾き始めているペルシャ絨毯の丁度中心に、死体の山が折り重なっていた。
窓は開け放たれているものの、匂いを飛ばすという効果は全くないようで、つい今も写真撮影をしていた監察官がうっかり窓から外に向けてもよおしたものを吐瀉し、別の誰かに叱り飛ばされていた。
天井に吊り下げられたシャンデリアにもやはり同様に血痕が付着しているのだが、スワロフスキー社製の特注ガラスのほぼすべてに血潮が付くありさまだ。下からまるで、狙ったように液体を噴出しなければこうはなるまい。
砕かれた肉体はどこかしら四肢が切断され、とても一人で7人もの人間を処理したとは思えないような惨状で、遺体の腐敗の進行具合からすでに1週間は経過していると思われる様相だった。
「警部。こりゃぁ、何人の仏さんですかね」