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怠けの覚悟

 (ここはどこだろう・・・?)


 また別の世界に来てしまったのだろうか?

 俺の周囲には先ほどの台座や石畳の床はなく、踏み固められた土の上に立っていた。地面は高校の体育館のような広さで、酸化して少しぼろい金属製の壁に囲まれていた。空は青空でなく、どんよりと曇る灰色だ。


 「起きたかい、若造よ」


 当然声が投げかけられた。それは俺の真後ろから聞こえてきたようで、振り返るとぼろぼろの着物を着た女が立っていた。女は燃えるような赤い髪を一つに縛り、左目に切り裂かれたような跡があった。真っ白な肌に細身の体、顔立ちも整っていてロシア人のような儚い美しさがあった。


 (誰だ・・?)


 だが、俺はこの女を知らない。ましてや刀をその手に持ち、切っ先をこっちにむけてくるような物騒な知り合いは居ない筈だ。たとえそれがとびっきりの美人だとしても、まったくもって嬉しくない状況なのはすぐに理解できた。


 「おいおい、あたしが誰だかわからないってんじゃないよな?」


 知らない。そう返した。すると女はため息をつくと近づいてくる。俺は距離が縮まらないように、同じ歩数後ろへ下がった。一歩、二歩、三歩・・・。


 「怖がりなさんなって、ほれ、ぶつかるぞ」


 とん、と背中になにかがあたった。その感触からおそらくこの空間を囲む鉄の壁なのだろうと推測する。鉄くささはなかったが。だがこれで、俺の退路はなくなった。女は呆れ顔から一転、にやにやと締まりのない表情で近づいてくる。それはまるで獲物を前に舌なめずりしている肉食獣のようだった。


 「これ、なんだかわかるだろう?」


 女が見せてきたのは俺が先ほど目にしていた、あの刀だった。先ほどとは違って、刀から殺気は感じない。むしろ暖かいような、でも冷えているような、よくわからないモノを感じる。矛盾しているようだが、これはきっと理解の外れたものなんだと勝手に納得することにした。


 「察しがいいね。そう、これはあんたが手にした力だ。暴虐にして残虐の限りを尽くした一振りの刀だ。でも、あんたによってその本質は大きく変わる。暖かくもなるし冷たくもなるってことさ」


 何を言っているのだろう。女の口にする言葉はあまり理解できなかった。一つだけわかったのは女の手にする刀が、先ほど俺の手に入り込んだ刀が、俺が手に入れた新しい力なのだという事である。


 「さて、この力は絶大だ。あんたはこれで何をする?何を成したい?それとも、何になりたいんだ?」


 女は俺に問いかける。答えることが当たり前と言わんばかりに顔を歪めながら、刀をちらちらと揺らしながら問いかけてくる。

 俺のなりたいもの、成したいこと、何をするか・・・。


 俺は小さいころから正義の味方にあこがれていた。戦隊もの然り、仮面ライダー然り、勧善懲悪のストーリーほど心を惹きつけるものは無い。それに憧れ、いじめっ子に立ち向かったこともあった。

 しかし、何かを成すには力が必要だ。経済力しかり、知力然り、筋力、腕力、体力、影響力・・・。どれかを持っていないと何もできずに終わる。

 だから俺は力がほしかった。ただの大学生になってもまだ、怠け者と呼ばれてもまだ、正義を貫く力に憧れていた。

 答えはもう決まっていた。


 (俺は、俺の信じる正義を貫きたい!そして俺の好きな世の中でのんびり暮らしたいんだ!!)


 そう、真剣に思った。これが俺の本音だ。俺の根幹にあるものだ。好きな人たちと心地よい世界で心行くまでのんびり過ごす。この世にこれ以上の幸せは存在しないと思う。それほど俺はこの夢を信じている。


 「・・・っは!言うじゃないか。ま、最後の怠け宣言には一言いいたいが合格だ。あたしの主人って認めてやる。精々、その覚悟濁らせんじゃないよ?」


 一瞬呆気にとられたような顔をした女は、一転ニヤリと笑って嬉しそうにそう言った。そして、その刀を俺の心臓に突き刺した。


 どくん、どくん!どくん!!どくん!!!

 どんどん心臓の音が大きく力強くなる。うるさいくらいに鳴り響く心音に、女は満足そうな表情で笑っている。


 「あたしの名前はセンカ。よく覚えときな。そして、その魂に刻んどきな!あんたの供として、あんたの力になってやる!異世界人、せいぜいあがくといいさ」


 そう言って女、もといセンカは粒子がばらけたかのように光の粒となって消えていった。

 あとに残された俺は、また気を失ったのであった。

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