若の葉❤浪漫譚 第五章 突然開いたパンドラの箱!!
今回のお話で、パンドラの箱が開きます!!
そのパンドラの箱の底には、一体、何が入っているのでしょうか!!?
スライムのようにねっとりとしたサネヒコの性格は、とてもしつこいものだった。毎日のように何らかの形を取って彦之進の前に出現し続けていたのだ。
例えば彦之進が入浴しようとした時、何気なく窓を見ると、エロい、福笑いの様な雰囲気の顔をしたサネヒコが覗いていたり、そこらへんにいるカタツムリを数匹つかまえ、西洋風に料理して箱に入れたものを彦之進に無理やり食べさせようとしたり、それを自分が食べてみせたり。
ある時は、ピエロの恰好をしたサネヒコが、北の国の妖精に教わった踊りだとか訳の分からない事を言いだし、地面の上でクルクルと回りながら竜巻を起こしたのだ。
その竜巻は最初は小さなものだったのだが、やがて大きな竜巻に成長し、そのせいで、あやうく彦之進の住む屋敷が潰れそうになった事もある。
また、ある時には、彦之進に女性の裸体を記した春画本を持ってきたと思いきや、それが実はメンズの裸体を記した春画本もどきであったりした。
また、ある時には、西洋の国から入ってきたというカードの占いを彦之進を相手にやってみせた。
彦之進がしぶしぶそのカードを見てみると、何と!そのカードに描かれている絵柄の象徴の顔が全てサネヒコの顔であったのだ。
本人に聞いてみると、趣味で占っていると、この方が答えが出やすいので、それで自分の顔をしたこのカードを自分自身で手描きで手作りしたのだという。
そのようなカードをサネヒコがシャッフルし、開く度に不気味だった。
それは西洋の国のタロットというカードであるが、何しろ女教皇や女帝の女性を象徴するカードも全て、サネヒコの顔をしているのだから、不気味さ、この上ないものである。
そうした女装したサネヒコのカードが出る度に不気味さを感じると共に、元は綺麗な女性の顔が描かれてあっただろうに・・・・・と、少しだけ落胆する彦之進であった。
そして、サネヒコは、そうしたカード、女帝とか女教皇等のカードが出る度に、
「いいなぁ、この服❤コスプレしてみよっかな~?」
なんてぼやくものだから、たまらない。サネヒコがそうぼやく度に、サネヒコの不気味なコスプレ姿を想像し、彦之進の額からは冷汗がどどっと、出てきたのである。
ある時、タロットでサネヒコの顔をしたガイコツのカードが出た時に、サネヒコは彦之進に言ったのだ。
「ヒコノ、今日のラッキーパワースポットは、お墓だね。そして、ラッキーフードは死んだ人間のお肉だね。
だからヒコノ、今日は、お墓へ行って死体を掘り起こして、それを食べると良いんだ。
よければ、私が、その死体のお肉で手料理でも作ってやろーか?」
と、いつものように、とんでもない事を言ったのである。
そうした日常変態的なサネヒコの態度に呆れ果てた彦之進は、もう逃げる事さえしなかった。
呆れ果てて動く気にも、口を利く気にもならなくなっていたのだ。
だが、そのサネヒコ死神のカードを引いた後に、突然、サネヒコの姿が現れなくなった。
いつもしつこい程に、毎日毎日、妙な所から、ひょっこりサネヒコが現れるものだから、彦之進はそれにもう、半ば慣れてしまっているという感じだった。
サネヒコが来ない日が一日、二日と続き、さすがに彦之進は心配になってきたのである。
あのような変態が来なくなり、彦之進の日常にも平和は訪れたはずだった。
だが、変態サネヒコは毎日出現し続けていたのだから、さすがにそれに慣れてきていた彦之進は、何となく心配になってきたのである。
用心棒をやって、様々な敵と戦ってきた彦之進は、あの死神のカードから、サネヒコの死までも連想してしまう。いくら変態でも人が死ぬのは嫌だ!!そう強く想った時、彦之進は、突如、街中へふらりと歩きに出た。
彦之進は、とにかく人の死というものが大嫌いであった。
人である限り、皆死ぬのは当然なのではあるが、彦之進は仕事柄、人の命を殺めなければならない、そのような時も多々あるのである。
その度にその魂が、彼の持っている刀に入り込み、無念を訴えるようで、とても辛い想いをしていたのだ。
その想いがあまりに辛いので、今の彦之進は、敵を殺さず、みね打ちにする事が多い。
だが、どうしようもない時には、殺すしかない時もある。
人の死を聞いたり感じたりした時、彦之進の脳裏には、彼が殺してしまった人々の顔が次々に亡霊のように浮かび上がってくるのだ。
伝染病等で亡くなった人の話を聞いたり、そうした人を目撃した時にも、彼は、意も言われぬマイナスの感情にとらわれるのだった。それらの現実世界で起こる現象は、まるで蜘蛛の巣の糸にかかった虫が、そこからもがいても抜け出せないような、そんな感覚を煽り立て、彦之進の不安を掻き立てるのである。
もしかしたら、サネヒコは、もう生きていないかもしれない・・・・・、と、そのような想いにとられながら町を歩いていると、いつかサネヒコを取り囲んでいた女の子数人が歩いているのが目に入った。
彦之進は、彼女たちに声をかけ、サネヒコの屋敷の場所を聞き出した。
いつか彼の屋敷へ行った事はあったのだが、一度しか行った事がなく、あの時は、あの屋敷から無我夢中で逃げ帰ってきたので、その場所は定かではなかった。
彦之進は、女の子たちに聞いた通りに道を歩いていった。
すると、蜘蛛の巣にかかった小さな虫がいて、その虫を大きな蜘蛛が食べている光景が途中にあり、この世の競争主義社会のことを強く感じ、不快な気分になった。
この世を生きていると何にしても競争しなければならない事が多々あるものである。
生きる事、何かを得る事、何にしても競争だ。
彦之進はそのようなネガティブな心とサネヒコへの不安感が交差する中、サネヒコの屋敷へと急いだ。
そこは、うろ覚えではあったが、以前目にした、サネヒコの住む屋敷であった。あの時の感覚が強く蘇り、この今ある景色と重なり、一致した。
彦之進が中へ入ってゆくと、女中のような人が何やら洗濯物をしていたので、その女性へ訪ねると、彼女は彦之進を屋敷の中へと案内してくれた。
今はサネヒコの具合が悪く、サネヒコの唯一の家族である父親は出かけていて留守で、屋敷にはサネヒコしかいないという。
あの変態男が体調を崩す、という事と、彼のその変態ぶりが全くかみ合っていなく、それを聞いた時、彦之進はあまりにも不釣り合いな現実に唖然としてしまった。
まるで、海に魚釣りに出かけたのに、海でパンダを釣ったかのような、そのような妙な違和感を覚えたのである。
女中に案内され、彦之進は静かに屋敷の中を歩いていった。
そして、とある部屋の前へ来ると女中が足を止め、彦之進が来た、ということを障子ごしに伝えたのだ。
すると、中からいつもとは全く異なった感覚のサネヒコの声が聞こえてきたのだった。
その声は、いつもの彼の声ではなく、全く力が入っていない、まるで魂の抜け殻のような声だった。
サネヒコにOKをもらうと、女中はゆっくりとその部屋の障子を開いた。
すると、そこにはサネヒコが柱によりかかりながら、座っていたのだ。
サネヒコはいつもの袴姿ではなく、着流しのまま、そこに座って、窓越しに遠くを見つめているのだった。
窓から遠くを見つめているので、サネヒコの表情は分からない。だが、具合が悪そうだという事は、全体的な雰囲気から、いとも簡単に伝わってきた。
「サネヒコ・・・・・!」
彦之進が声をかけると、彼はゆっくりと振り向いた。
顔色は悪くはなかったが、かなり疲れ切ったような感じの、具合の悪そうな表情をしていたのだ。
「よお、愛しのヒコノ!君から出向いてくれるとは、私も愛されているものだな・・・・。」
そう言うサネヒコの言葉の一つ一つのかけらには、いつものあの力強さが全く無い。その、なよなよな、お漬物にされたなすびのような言葉に、彦之進は言った。
「お前、具合悪いって、本当だったんだな。・・・・・驚いた、変態でも体調不良があるとはな。」
彦之進の言葉にサネヒコは、さらに弱々しく言ったのだ。
「・・・・・ああ、腹が痛くてたまらないんだ・・・・・。しばらく、私は動けない。・・・ヒコノ、今はお前の顔を正面から見つめる事ぐらいしか、できない・・・・・・。」
そう言って振り向いたサネヒコの着物に何やら汚れがついていた。
「お・・・・・お前、ケガでもしてるのかっ!!?」
サネヒコの袖の所についた汚れはどうやら血液のようであった。
サネヒコはというと、そのしおれたなすびのような表情で、ゆっくりと首を横に振った。
「・・・・・いや、ケガなどしていない。・・・・・これは、毎月のことながら、私の場合はかなり辛い・・・・・。」
サネヒコの言っている言葉の意味が分からず、彦之進は疑問を抱えながら言った。
「ケガではないのに、何故血がついている!!?」
彦之進がそう言うと、サネヒコは、いつもの彼らしくない、少しだけ怒ったような表情で言ったのだ。
「ヒコノ!お前はとっても可愛らしいが、全くデリカシーが無い!」
「わしにデリカシーが無い!!?」
「そうだ!!お前、そのデリカシーの無さ、がさつさは、やっぱり男だな!お前は多分最初から気づいていなかっただろうが、実を言うと、私は男という生き物ではない。その他の生き物だ!」
お・・・・男ではない!!?
このかなりハンサムな表情をして彦之進よりも背が高く、どう見てもかなりのイケメンに見えるサネヒコが男ではない!?
ということは、・・・・・・・!!?
「まっ・・・・まさか、お前・・・・・・・!!」
「そうだ、やっと気が付いたか、ヒコノ!私はこう見えても女だ!!もっとも私は最初からヒコノ、お前が男であると気づいており、そしてそのような可愛らしい顔をした男であるお前に惚れていたんだがな。
私の本名は紫織という名前だ。」
紫織とは、何と女らしくて可愛らしい名前であるのか。彦之進はまだ、目の前にいるこの男にしか見えない者の性別が女であるとは、信じられず、受け入れられないでいるのだった。
しかし、言われてみれば、普通の男と違い、声が高いような感じがして、少しだけ妙な感覚はあったのだ。だが、しかし・・・・・・・。
「なら、お前は、何故男の名を語り、男の恰好をしていたのだ?しかも男っぽい振る舞いまでして。お蔭でわしは全くお前が女であるということに、気づきはしなかったぞ!」
そうした彦之進の言葉にサネヒコは、心底困ったような笑みを浮かべ、言ったのだ。
「その答え、分からぬか?ヒコノ。お前は本当に鈍感というか、そこの所は、どうしようもない奴だな。
・・・・・私のように男の様な身長をしていて男の様な顔をした者が女性ものの着物を着ていたら、皆どう思う?」
「・・・・・!!」
サネヒコ、いや紫織のその言葉で彦之進はようやく気付いたのだ。
確かに彼、いや彼女が従来通りその性に沿った服を着ていたとしたら、元々変態的性格ではあるが、さらに変態扱いをされてしまうであろう。
紫織は少しだけ寂しそうに笑い、言ったのだ。
「・・・・・成長してきて、ある時普通の女の服を着ていて気付いたら、周りの人の視線が変なものでも見るような視線に変わっていた。
だから私はある時決めたのだ。男の様な外見で、男にしか見えないのであるから、男として振舞う事にしよう。そして、自分の性が女性である事は内緒にしようと決心した。そして男らしくしようと思い、剣術も極め、男になりきったのだ。
そして、男のようにふるまっていても、時が来ると、こうして月のものが来て、女である事を実感させられてしまう。
・・・・・・結局、運命って、残酷なものよのう。」
そう言う紫織の表情は、かなり寂しそうであった。
「私がそう言っても、ヒコノ、お前はまだ私が女であると信じられぬかもしれない。だから・・・証拠を見せよう。」
そう言うと紫織は、ゆっくりと着物の上を脱ぎはじめたのだ。
彦之進は突然の事で、何が起こっているのか分からなかった。
紫織が着物を脱ぐと女性特有の身体の線が露わになった。
「今日はさらしを巻いていない・・・・・。」
そう言う紫織の顔が少しだけ赤みを帯びている。
美しい・・・・・・。その一言しか出てこなかった。
顔は男性的ではあるが、よく見ると美しい女性にも見え、それと露わになった女性特有の身体が合わさると、とても美しかった。
「分かっただろ、ヒコノ。私は男顔ではあるが、女だ。同じような悩みを持つであろうお前を一目見た時に、私の心はお前一色に染まった。他の者は、お前を女だと思っているようだが、同じような悩みを持つためか、お前を男であると理解し、本気で好きになったのだ。
だが、男の様な顔で女の身体の私は不気味であろう?」
「そんなことない!、・・・・・とても綺麗だ。」
そうして、紫織の女性の身体を見つめたのだ。
彦之進に、じっと見つめられ、紫織は、いつもの変態ぶりからは想像できないような、恥ずかしそうな表情をしたのだ。
その潤んだ瞳とほんのりと赤みを帯びた表情は、とても美しいものだった。
その潤んだ瞳から、一滴の涙が流れ落ちた時、紫織は言ったのだ。
「嬉しい・・・・・。」
その声は、すぐに掻き消えてしまいそうな程に弱々しい、美しい声だった。
その事があってから、彦之進は、サネヒコ、いや紫織に関する見方が次第に変わっていった。
彦之進は紫織との出会いの回数を重ねる度に、彼女に心惹かれていったのだ。
紫織の変態ぶりは相変わらずだった。
だが、出逢いを重ねる度に紫織との心の間隔が狭まっていったのだ。
それから月日が流れ、二人は祝言をあげることにした。
バランスをとるために、というような事で、彦之進が女の恰好の花嫁姿になり、紫織は、紋付き袴姿での祝言になった。
その逆の服装をしていたらおかしな感じになってしまう、とのことで、詩織自らが提案した事だった。
いくら女顔をしていても彦之進は男そのものなので、嫌がったのだが、紫織が、その形での祝言をあげたいと強く言ったので、彼は、しぶしぶながら、その言葉に従った。
結婚式の場で、女装をする事はとてつもなく嫌であったのだが、結婚式の日の彦之進の心の中の風景は晴れの風景をしていた。
結婚式の後、夕日の中で、二人は永遠の誓いの熱い口づけを交わしたのであった。
何と、サネヒコは女性だったのです!!
それに心惹かれ、いっしょになった彦之進。
二人とも、お幸せに❤