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「ようこそ欧州麦酒カフェへ」  作者: 城戸高嶺
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グラス9 マダムたちの午後

プロローグ


「コーチ、私のことなら気にしないでください。私のせいでご迷惑をかけるようなことになったら申し訳なくて・・・私はいつでも身を引く覚悟ですから」

「あなたが心配することじゃない。僕がふがいないばかりにかえってすみません。、彼女たちとはもう一度話し合って分かってもらうつもりです。だからもう少し辛抱してほしい」


一日目。昼下がり。

カフェ店内の中央にある楕円形のテーブルは、10名前後が着席できる、店のメインステージ。


その日囲んでいたのは華やかなマダムたち。

カジュアルな服装だが身につけているのはどれも高級品ばかり。それもそのはず、彼女たちはこのすぐ先にある高級テニスクラブの会員だ。入会金が驚くほど高額で有名なそのクラブ・・・。通ってくるのはお金持ちのセレブばかり。カフェの彼女たちも皆華やかで美しい。


中でもひときわ輝いているのは芳川婦人。飛び切り美人な上、服装のセンスも抜群だ。

皆が彼女に憧憬と敬意を持って接しているのがわかる。


「でも芳川様、今日のプレイも冴えていらしたわ。」


「本当。立て続けに3本もサービスエースお出しになるんですもの。思わずあのコーチが芳川様にガッツポーズ送ってたの見てなんかやけちゃったわ」


マダムたちは皆口々に褒め言葉を投げかけるが、芳川婦人はツェラタール ヴァイスを飲みながら悠然と構えていた。

「そういえば西田さん、少しはお慣れになって?最近ストロークが安定してきたようだけど」


「とんでもないですわ、芳川様。私なんて入会したばかりで、まだまだです」

芳川夫人に名指しで褒められ、西田夫人は頬を紅潮させた。

ほかのマダムたちの羨望のまなざしがいっせいに彼女に向かう。

マリーアントワネットの取り巻きのように、誰もが芳川夫人に声をかけてもらうのを待っているのだ。

ただ一人をのぞいては・・・。


黒木夫人は芳川夫人から一番遠い席に座っていた。

こちらも芳川夫人に負けないくらい美貌の持ち主だ。しかもずっと若い。

しかし彼女、近くのご婦人方から話しかけられるまま、相槌を打ってはいたが上の空。その目は一人の女性を凝視していた。


そこに現れたのがうわさのイケメンテニスボーイ。

マダム一同の視線がいっせいに彼に集中する。

「コーチったら遅いじゃない」


「すみません。ほかのグループに呼び止められちゃって」

イケメンコーチはさわやかな笑顔で迷わず芳川婦人の隣に座った。


そう。テーブルの上席に座った芳川婦人の右側は、お約束どおり空席になっていたのだ・・・。


それからマダムたちとイケメンはひとしきり盛り上がり、瞬く間に時は過ぎた。


「あらもうこんな時間、お買い物して帰らなくちゃ」

一人のマダムが切り出すと、皆いっせいに時計を見て帰宅モードになった。


「では皆さん、来月の団体戦に向けてがんばりましょうね。私とコーチははまだ少し打ち合わせをしていくから、皆さんお先にどうぞ。支払いはご心配なく」

例によって芳川婦人の一言でお開きとなり、めいめいが席を立つ。


「いつもご馳走様です。芳川様、コーチ、また来週」


「芳川様、コーチ、お二人ともごきげんよう」


一人また一人と夫人とイケメンに愛想をふって出て行った。

黒木夫人はいつ出て行ったのか、とうに姿は無かった。


テーブルに残った芳川夫人とイケメンコーチ。

夫人はシニヨンをほどいてロングヘアを肩までなびかせた。


「たまには私のマンションに寄っていかない、タクヤ?」

「いや、今日は疲れたから遠慮するよ」

「じゃあビールを一杯付き合ってくれる?」

「あなただけ飲んだらいい。僕は車だからマンションまで送るよ」


そして芳川夫人は再びオーストリアビールツェラタール ヴァイス

を注文した。


翌日の夜。

店内の片隅で人目を忍ぶ一組のカップル。

男は例のイケメンコーチ。でもお相手は別の人。

あの黒木夫人だ。


「昨日はどういうことよタクヤ?あんな女のご機嫌ばっかりとって」

「そういう言い方はやめろよ、仮にも・・・」

「ああもうたくさん、タクヤにはうんざりするわ、みんなにいい顔するのよね」

「たまたまこうして同じテニスクラブで出会ったんだぜ、いがみ合ってないで仲良くやってくれよ」

「そうはいくもんですか、こうなったらとことん納得のいくまで食下がってやる」

「どうすんだよ」

「あの女と対決するのよ。タクヤ、明日ここへつれてきて」


翌日深夜。店のいちばん奥のテーブルに座った3人。


口火を切ったのは一番興奮気味の黒田夫人。

「それでタクヤ、結論はでたの?」


「それがその・・・」口ごもるコーチ。


「まあまあ、ひななちゃん、落ち着きなさい。あなたも人妻で一児の母なのよ」

いつもらしからぬ様子の芳川婦人。


「それとダブルスのペアは関係ないでしょう、何で今度の大会で私があんな初心者とペアを組まなきゃなんないのよ」


「わがまま言わないでちょうだい、私たちはプロじゃないのよ。試合に勝つことよりまずはチームメイトの和が大切なの、それなのにひななったら自分のことばかりいって・・・」

「何よ私ばかり悪者にするのね、自分はカリスマ主婦テニスプレーヤーを気取っているんでしょうけど」


たまりかねてイケメンコーチが口をはさんだ。

「お袋も姉貴もいいかげんにしろよ。そもそもあんたたちのいざこざはペアのいれかわりだったんだよね。姉貴はお袋と一緒に今までも数々のメダルを取ってきたからいまさらコンビの解消はしたくない、でもクラブの古株でチームのまとめ役のお袋にしてみたら、会員の気持ちをつないでおくためにもペアのメンバーの入れ替えは定期的にしておきたい」


「だからってよりによってあのド素人の西田夫人と私がペアを組めだなんてひどすぎるわよ,ママ」

「でもあの子ホントに素質があるのよ。ひななちゃんみたいなセンスのいい子と組めば絶対お互いが伸びると思ったから・・・」


「俺も西田さんの素質には一目置いていたんだ。だからお袋から姉貴と西田さんのコンビの話聞いたときには、悪くない話だと思ったよ」

「あら、そういうことだったの」

やっと納得いったのか黒田夫人、少し顔つきが穏やかになった。


「でももう遅いんだ。今回のことで西田夫人すっかり参っちゃってさ、数日前、ロッカールームで呼び止められて言われちゃったよ、このクラブやめるってさ。悩んでいたらしいけど、ご主人の単身赴任先について行くそうだ」


そして・・・。

母と娘のダブルスコンビが復活した。イケメンコーチの肩の荷が下りた。

後味の悪さがしばらくクラブのコート間を漂っていた。

が、マダムたちのあくなき葛藤はその後も続き、いつの間にか風化していった。


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