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「ようこそ欧州麦酒カフェへ」  作者: 城戸高嶺
1/5

グラス6 女優の涙


     プロローグ

『ようこそ、当店はヨーロッパ各国のビールとおいしいお料理を堪能していただくカフェバーでございます」

そんなふれこみでオープンした欧州麦酒カフェ。

スタッフは女好きの安倍店長と、こだわりの矢嶋シェフ、そして平凡な私、城戸高嶺。個性的な二人のスタッフに囲まれた上、毎回登場するゲストにも振り回されて・・・



「ねえ城戸ちゃん、今入ってきた人さぁ、如月(きさらぎ)みゆきだよねぇ」


「ええ、間違いないと思います。予約の電話を頂いたときもきさらぎ様って名乗られていましたから。でもまさかあの大女優の如月みゆきだなんてびっくりしちゃいますよね」


「で、ドリンクは何を注文したの?」


「それがきいたことも無い名前の飲み物だったので・・・お客様によるとトマトジュースとビールを半々に割ったのだって言うんですけど」


「それって、レッドアイだろ」


「エーっ、やっぱそんな飲み物あったんですか?」


「何、レッドアイも知らないの?それでなんて答えたの?」


「とりあえずかしこまりましたって言いました。どちらも材料ありますから」


「ちょっとぉ、しっかりしてよね。仮にもうちはビール専門カフェなんだから、ビールベースのカクテルの名前くらい知っておいてよ」


「だってメニューにそんなカクテルなんか載って無かったじゃないですか?」


「まあ、そりぁそうだけど・・・」


すると、いつの間に外出から帰って来たのか、店長阿倍が厨房にいた。


「確かに三十路みそじを過ぎた女がレッドアイも知らないとは情けないが、メニューに載ってなかったのも事実だ。あまり城戸ばかり責めるな、八嶋」


(みそじとレッドアイは関係ないでしょうが)


「まあ店長の気持ちもわかりますけど、とにかくネーミングは急いでくださいよ。今回はこの程度で済みましたけど、定番ドリンクがメニューに載ってないのはトラブルのもとです・・・ったくオリジナルならともかく、既存のしかも定番カクテルにいまさらなんでネーミングでこだわる必要があるのかなぁ・・・」


ぶつぶついいながらシェフ八嶋は冷蔵庫からトマトジュース、レモンなどを取り出してきた。


店長阿倍は全く意に介さぬ様子で、専用の冷蔵庫からビールと冷えたピルスナーグラスを取り出した。


「城戸、今日は俺が作るからしっかり見て覚えろ。次回から注文が入ったらお前の仕事だぞ」


「は、はい」(えっそうなの?)


「まず、グラスはこの細長いやつを使う。もちろんグラスもよーく冷やすことだ」


「はい」(なんか緊張する)


「そして始めにトマトジュースをグラスの半分まで注ぐ。順番を間違えるなよ」


「はい」


「そこにレモンの果汁を絞り入れる。そうっと、・・・こんな具合に。そして最後にビールを注ぐ。トマトジュースの上からでもちゃんと泡が立つよう高い位置からしっかり注げ。いいな」


「はい。」(思ったより簡単かも)


「お前、今思ったより簡単かもって思っただろう?」


「えっ?どうしてわかったんですか?」


「顔に書いてあるぞ。わかりやすいやつだ」


「そんな、ひどい・・・」


「いいか、簡単だと思ってなめてかかるんじゃないぞ。レッドアイは奥が深い。注ぐ順番や注ぎ方、ビールの種類で全く別の飲み物に変わるんだ」


「はい、わかりました」


「じゃあお客のところへ運んで来い」


「はーい」


如月みゆきは、店の奥の席でマネージャーらしき男性とテーブルを囲んで座っていた。


なにやらひそひそとはなしていたが、私が近づくとぴたっと会話を止めた。


「お待たせしました。ご注文のお品です」


私はレッドアイとコーヒーをテーブルの上に置くと一礼して立ち去った。


「だから明日じゃ遅いのよ」


背後から押し殺したような怒気を含んだ女優の声。


「でも如月先生」


「あなた何年私のマネージャーをやっているの?記事は明日の朝には出るのよ」


「はぃ・・・」


「記者会見は何が何でも今日中に行います。とにかく早く会場をさがしてちょうだい、一流のホテルを押さえるのよ」


「わ、わかりました」


「すぐ行って」


「はい」


マネージャーはコーヒーもそこそこに席を立ち、会計を済ますと急ぎ足で出て行った。


その後もしばらくの間如月みゆきはその席にたたずんでいた。


「ねえ、城戸ちゃん。あのマネージャーずいぶんとあわてて出て行ったけど、如月みゆきと何話してたの?」


シェフ八嶋、気になって仕方がないようだ。店長阿倍はレッドアイを作ったらまたどこかに出かけてしまった。


「さあ、よくわかりませんけど、記者会見がどうのっていってました」


「ふうん。やっぱ芸能人はちがうよな」


「でも本当にきれいな人ですね。テレビで見るよりずっと細いし」


「確かそろそろ60になるんだよねぇ」


「とてもみえませんね」


「やっぱだんなが若いと違うのかな」


「如月みゆきのだんなさんて俳優の伊藤英二ですよね」


「そうそう、20も年下の色男」


「結婚報道された時はずいぶん話題になりましたよね」


「一流女優と駆け出しの無名俳優のカップル、目的は金か売名か、なんてね」


「当初は一年も持たないっていわれてましたけど」


「結婚してから15年くらいたつよね」


「意外でしたねぇ。今じゃ彼のほうが売れてるみたいですし・・・それより八嶋さん、店長、レッドアイに何かこだわりがあるんですか?」


「そうなんだよ。城戸ちゃん、何でも昔付き合った女との思い出のカクテルらしいよ。僕も詳しいことはよく知らないけど。レッドアイって二日酔いの赤い目のことを意味するらしいんだけどね。ネーミングが気に入らないから他を考えろっていうんだ」


「名前が決まらないからメニューに載せられなかったんですね」


「そういうこと。だから城戸ちゃんもなんかいいのないか考えてみてよ」


「そんな急に言われてもちょっと思いうかばないですよ・・・あれ?」


「どうした?」


「如月みゆき、泣いているみたい」


「カクテルにタバスコ入れすぎたのかな?」


「そんな、子供じゃないんですから・・・」


「城戸ちゃんお水のおかわり持ってようすみてきたら?」


「だめですよ、そっとしておいてあげましょう」


確かに女優は肩を震わせ泣いていた。


しばらくすると彼女は私を呼びつけた。そして手にチップを握らせた。


「そんないけません」


「いいからとっておいて。ここのレッドアイ、今まで飲んだ中で一番美味しかったわ。どんなビールを使っているのかしら?」


「はい、ビットブルガーピルスでございます。ドイツの最高級ピルスナーです」


「そう。・・・ここいいお店ね。今度は誰かを連れてゆっくりお食事をしに伺うわ」

そういって彼女は店を出て行った。その表情ははさっきまで泣いていたとは思えない、すがすがしい笑顔だった。


閉店後。11時30分。


店長阿倍、シェフ八嶋、私の3人はまだ店内にいた。


私は洗った食器類を片付け、シェフは明日のランチの下ごしらえをし、店長は2杯目のビール


を飲みながらテレビを見ていた。女性アナウンサーの声が聞こえる。


「それでは先ほど行われました、女優如月みゆきさんの離婚記者会見をもう一度ごらんいただきましょう」


私たちはみないっせいにテレビに注目した。


女優「えー、私如月みゆきは本日俳優伊藤英二と離婚いたしましたことをご報告いたします。」


いっせいにフラッシュがたかれた。如月みゆきは正面を見据えてまばたきひとつしない。


記者「やはり伊藤さんの女性関係が原因ですか?」


女優「15年前、私たちが結婚するにあたって、世間の誰もが好奇の目で私たちを見、二人の仲はそれほど続かないだろうとささやきました。そのとき結婚会見の席上で、私は皆さまにお約束をいたしました。将来彼が一人の男性としてまた俳優として成長を遂げたとき、私の存在が必要ではなくなったと判断したなら、私は潔く身をひく覚悟があると・・・」


記者「つまり伊藤さんにとってもう如月さんは必要な存在ではないということですか?」


女優「そういうことです」


記者「それは伊藤さんに新しい恋人ができたからということですか?」


女優「そんな単純なことではありません。伊藤の女性問題など今にはじまったことではありませんもの」


記者「ではなぜ今回に限って離婚に発展したのですか?」


女優「彼は男としても俳優としてもすばらしく成長しました。そしてこれからも成長し続けることでしょう。今後彼にはそれなりにふさわしい伴侶が必要となるでしょう。がそれは私ではないということです」


記者たちのしつこい質問攻めにも女優は毅然として答えていた。


「なんか、如月みゆき、かっこいいですね」

私は思わず見とれていった。


「さすが女優だよね、夕方あの席で泣いていたのと同一人物とは思えない」

八嶋が相槌を打った。


「そうか、女優が泣いていたのか」と店長。


翌日、写真週刊誌が伊藤英二と新人女優のツーショットをスクープした。記事によると新人女優はすでに妊娠しており引退して今後は専業主婦になるという。


店長「女のプライドってやつか?」


私「女優のプライドもありますよね」


シェフ「わからないでもないけどね。でも、昨日泣いていたのは確かだからね。気丈に振舞っていても本心はつらいんだろうなぁ」


店長「おい二人とも、レッドアイのネーミング決まったぞ」


私とシェフ「何ですか、店長?」


店長「『ティア オブジ アクトレス(女優の涙)』だ」


「ハイぃ?」このとき初めてシェフ八嶋と私は共感した。


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