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無感の感情

作者: 白井クロ

ある日気まぐれに検査に行った。


陽性反応が、出た。

もう2度ほど同じ過程を繰り返したが、同じ結果。


さて、どうしたものか。


33歳、独身。職業、ソープ嬢。特筆事項・H○V保持者。

この事を、もちろん誰に言うこともない。親にも同僚にもスタッフにも友人にも、知らせない。

たかだか自分の体に、とあるウイルスが住み着いただけのこと。

でも、躊躇するのはなぜだろう。


私はとうに、生きている実感などない。自分が居なくなろうと誰にも関係のないことであるし、ましてや他人が居なくなろうとも、同じこと。

父親が2年ぐらい前に、病気で亡くなった時でも、世間でよく言われる「喪失感」なんてものはなかった。そのような家庭であったことも起因すると思われるが。

でも、このまま仕事を続けるのを躊躇するのは、なぜなのだろうか。


とりあえずこの感情に従うことにし、しばらく休暇をとることにした。


いつもの休暇。だらだらとして寝て起きて食べて、を繰り返す休暇。

のはずなのに。ドキンドキン、と心臓がなる。

なぜだろうか。訳がわからずに気持ちが悪い。

増えるタバコの量。気分がすぐれないまま過ぎていく時間。


家に居たくなくなった。明日は遠出をしようと決めた。行く先は、少し考えたのち箱根となった。理由は近いから、それだけ。


出発の日はいわゆる「あいにくの」大雨。私にはおあつらえ向きだと、気にも留めずに出かける。


特急から眺める景色。田舎と呼ぶにふさわしい地域に達する頃には雨粒は少し小さくなっているように感じた。窓ガラスと小雨を通して見る、山、木々、自然。列車のスピードを感じさせない存在感。

不思議だと思った。そう思ったことが、もっと不思議に感じた。今までそんなこと、意識したことすらないのに。


箱根湯本駅に到着した時には、雨はかろうじてやんでいた。いつもと違う視界。建物はあれど、ビル群がない。でも、車、車、人、人・・・。ワイパーが緩やかに動く車たちが目の前を通り過ぎていく。自分が外界に居ることを認識した瞬間に、猛烈にタバコが吸いたくなった。日常と同じように、喫煙席のある飲食店を探す。幸いにも、歩いてほどなくして見つかった。が、いつもと違う店構え。チェーン店では、ない。少しだけためらいながらも、ニコチン欲求には勝てずに、店のなかに入った。


「ご注文きまりましたら。お呼びになって下さいね。」

店員のおばちゃんの、愛想のない言葉。そんなことは気にせず、とりあえずの一服。落ち着く。別に何かが食べたかった訳ではないので、コーヒーを頼んで、ぼうっとしていた。


隣のテーブルには、素朴な外見の3人家族。観光客なんだろうな。この父親と見られる男性も、風俗店なぞに来るのだろうか。そんな風には見えないけれども。ちょっとした疑問がよぎる。仮に、今、彼にお金を渡されたら、私は彼と寝る。それが私の仕事だから。私にておって男性は皆そういう存在。どんな男でも金を支払った時点で、セックスが確定する。


ああ、そうか。私にとって男性は人間ではないのだ。すべてが客になりえる存在。私を犯しうる存在。


なぜだろうか、都会にはあまり見かけないような実直そうな男性を見て、そう思ってしまった。私の中のこんがらがった塊が、ほどけた気分がした。今すぐに帰りたくなった。コーヒーを半分残して、さっさとこの駅から自宅に戻った。


心は決まった。と、いうほどでもない。ただ、私はこれからも同じように働くだろう。何か攻撃的な感情がわいてしまったような、そんな気持ちだった。男性など、人間など、どうでも良い気がした。私は私が都合のいいように動くだけ。今までと同じように、私を都合よく使うヒトのことなど、気にしない。みんな、みんな同じように死ねばよいんだ。


明日の出勤をお店に伝える。これから私は、社会の害毒になろう。今までの私が浴びてきた視線、卑下したような表情。私はこれから、心の中で同じように彼らを見やることが可能になったのだ。そうだ、だって私は彼らのうちの誰かからコレを渡されたのだから、私は何も気に病むことなどないのだ。人類みな兄弟、セックスすれば穴兄弟ってやつでしょ?兄弟なら一蓮托生、それの他は知ったことではない。


そして、いつもと変わらない毎日。いつもと同じ。何も何もかもが変わらない。すべてが空を切るような手ごたえしかない。


ただ、過ごす時間。一言、皆さんご愁傷サマ。

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