第5章:エレナ
アレンが目を開けたとき、最初に感じたのは匂いだった。
薬草。
木の香り。
湿った土。
それは森の血と魔物の臭いとはまったく違う、穏やかな香りだった。
体は疲れていた。傷には包帯が巻かれているのが分かった。
柔らかな足音が近づいてくる。
軽やかで、落ち着いた歩み。
女性の声がそばで響いた。
――ああ……目を覚ましたのね。
その声は優しく、温かかった。
アレンは木のベッドにゆっくりと身を起こした。
――ここは……?
――私の家よ。
短い沈黙の後、彼女は続けた。
――十日前、森であなたを見つけたの。
――傷だらけで……生き延びるとは思わなかった。
アレンはその声の一つ一つを聞いた。
穏やかで、誠実で、敵意はなかった。
――助けてくれて……ありがとう。
女性は少し近づいた。
――私の名前はエレナ。
彼女の姿は村人たちの間でよく知られていた。
二十四歳の農村の娘。
長い濃い栗色の髪を持ち、普段はそのまま垂らすか、簡単な三つ編みにして働いていた。
肌は柔らかく、太陽の下で少し焼けていた。
瞳は蜂蜜色で、穏やかで優しい。
服は飾り気のない農村の衣服。
腰には薬草の小袋を入れたエプロンを付けていた。
だが何より人々を惹きつけるのは彼女の表情だった。
いつも温かな笑みを浮かべ、人々を安心させる笑顔。
――森で薬草を集めていたとき、あなたを見つけたの。
――意識を失っていたから、家まで運んだのよ。
アレンは頷いた。
薬草の匂いが、傷の手当てを説明していた。
日々はゆっくりと過ぎた。
アレンは十日かけて回復した。
その間、エレナは彼を看病した。
包帯を替え、食事を作り、時にはただそばに座っていた。
アレンは奇妙な感覚に気づいた。
彼女の声を聞くたびに、胸の奥に新しい感情が芽生えた。
説明しづらい、未知の感覚。
ある夜、エレナが小さな台所でスープを作っていると、アレンは幼い頃の記憶を思い出した。
祖母エリラが本を読みながら語った言葉。
――アレン、人は生きて初めて理解する感情があるのよ。
――どんな感情?
――その一つが「愛」。
――愛って何?
祖母は静かに笑った。
――それは……いつか自分で見つけるものよ。
今、小さな木の家で座っているアレンは、その感覚がきっとそれだと理解した。
だがまだ完全には分からなかった。
やがて歩けるようになると、アレンはエレナを手伝い始めた。
水を運び、薪を割り、薬草を整理した。
――働かなくてもいいのよ、まだ回復中なんだから。
――役に立ちたいんだ。
二人は次第に親しくなった。
仕事をしながら話し、エレナは畑や近隣の村の話をした。
アレンは静かに聞き、時には鋭い観察を返した。
――あなたは本当に好奇心旺盛ね。
――ただ世界を理解したいだけだ。
日々は穏やかだった。
魔物との戦いに満ちた日々とは違い、静かな時間。
だが不思議と心は安らいでいた。
故郷を出て以来、初めて「生き延びる」ことではなく「生きる」ことを感じていた。
ある夕方、畑仕事を終えた後、エレナは木の柵に腰を下ろした。
――アレン。
――何だ?
――完全に回復したら……どうするつもり?
アレンはしばらく黙った。
答えは分かっていた。
旅はまだ終わっていない。
だが初めて、すぐに去りたくないと思った。
風が穏やかに畑を揺らしていた。
その瞬間は、あまりにも静かで、終わらせるには惜しかった。




