表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えなくても剣と素手と、あと何か得体の知れない力で俺は勝つ  作者: 佐木凛人
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/29

8 遠くを見る目

 団舎に戻ると、副団長に呼ばれた。

 部屋に入ると副団長は窓の外を見ていた。振り返りもせずに口を開いた。

 

「南部の件だ」

 

 それだけで、背筋が伸びた。

 南部の件――おそらく、ルーカスさんが派遣に行ってた騒動のことだろう。

 

「首謀者が動き出した。明確にだ」

 

 副団長はそこで言葉を切った。続きを待ったが、来なかった。

 

「……それだけですか」

 

「お前には関係のない話だ」

 

 関係のない話を、わざわざ俺に言った。

 その矛盾を指摘する気にはなれなかった。

 わざわざ言ってくるということは何か意味があるはずだ、だがそれが何なのかは今の俺にはわからない。

 

「ルーカスさんは」

 

「関係のない話だと言った」

 

 副団長の声は平坦だった。怒っているわけじゃない。ただ、これ以上は話さないという意思だけがそこにあった。

 窓の外を見たまま、こちらを振り返らなかった。その背中が、珍しく何かを堪えているように見えた。

 気のせいかもしれない。だが気のせいだとも言い切れなかった。

 

「わかりました」

 

 部屋を出て、廊下に出ると、外から夕暮れの光が差し込んでいた。

 橙色の光が床を染めていた。

 南部の首謀者が動き出した。それがどういう意味を持つのか、俺には全部はわからない。

 ただ、頭の中で点と点が繋がっていく感覚があった。

 あの日、回廊の影でルーカスさんと団長が話し込んでいた。あの頷き。あの重さ。伝令が飛んできた関所の朝。副団長の背中の変化。

 全部、これだったのか。

 俺が知らないところで、何かがずっと動いていた。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 夕食の席でルーカスさんは普段通りだった。

 隣に座った団員と笑いながら話していた。

 内容は他愛もないことだった。誰かの失敗談で笑って、それでも失敗した人を褒めるような話をしたり、自分の失敗談を話して笑わせてたりしていた。

 俺が席につくと、ルーカスさんと目が合い、いつもの爽やかな笑みを浮かべた。

 裏も嘘も何もないただ純粋な笑顔だった。

 だから余計に、見ていられなかった。

 知る前と知った後では、同じ顔が違う顔に見える。

 笑っているのに、その奥に何があるのかを考えてしまう。こんな見方をしたくなかったが、もう戻れなかった。

 食事の音が遠く聞こえた。隣で誰かが笑う声が、どこか別の場所から聞こえてくるみたいだった。

 

「アーサー、飯が進んでないぞ」

 

 ルーカスさんが言った。

 

「あ、すみません。少し疲れていて」

 

「無理もない。今日はよく休め」

 

 そう言ってまた隣の団員との話に戻った。俺は汁物を一口飲んだ。温かかったが、味がよくわからなかった。

 聞くべきか、と思った。

 南部のことを知っているかと聞けば、この人は答えてくれるだろうか。それとも副団長と同じように関係ない話だとあしらわれるだろうかと言うだろうか。

 いや、この人のことだから、いつもの笑顔で知らないふりでもするんだろか。

 どれでもよかった。

 聞いたところで、何かが変わるわけじゃない。変わってほしくない、という気持ちの方が正確かもしれない。

 この夕食の席が、今夜も普通に終わってほしかった。

 明日も普通に始まってほしかった。ルーカスさんが普段通りの顔で俺に声をかけてきて、それで俺が嬉しくなって……そんな当たり前が始まってほしい。

 結局、何も聞かなかった。

 食事を終えて席を立ったとき、ルーカスさんが「おやすみ」と言った。俺も「おやすみなさい」と返した。

 それだけだった。それだけのはずなのに、廊下に出てから少しの間、足が止まった。

 いや、大丈夫だ。何もない。ただの考えすぎだ。

 何かが起きてるのは間違いないが、それを俺が考え込んだって仕方がないじゃないか。

 とりあえず、今日は剣を振らずに部屋で休もう。

 中庭を横切ろうとしたときにセリア様と鉢合わせた。

「あ」と俺が思わず声に出すと、「あら」とセリア様が言った。

 互いに少し間があった。夜の中庭は風が通って、昼間より涼しかった。セリア様は薄い外套を羽織っていた。

 

「今日の武約戦、お疲れ様でした。グレゴールから聞きました」

 

「ありがとうございます」

 

「1対5だったと聞きましたが」

 

「……まあ、結果的にそうなっちゃいました」

 

 セリア様は少し考えるような顔をしてから、静かに言った。

 

「ルーカスさんのこと、最近少し遠くを見ている気がして」

 

 俺は返事ができなかった。

 

「気のせいかもしれません。でも、あの方がああいう顔をするのは、あまり見たことがなくて。ここ最近のことです。気になっていたので……もしかして何かよろしくないことがあるのかもしれないと思いまして」

 

 セリア様の声は穏やかだった。不安を煽ろうとしているわけじゃない。ただ感じたことを、そのまま口にしただけという言い方だった。だからこそ、重かった。

 

「……俺も、そう思います」

 

 それだけ言った。

 セリア様は小さく頷いて、廊下の奥へ歩いていった。足音が遠ざかって、中庭に一人残った。

 夜風が草を揺らしていた。空には雲が多くて、星がほとんど見えなかった。

 遠くを見る。

 セリア様の言葉が頭に残った。俺も同じことを感じていたが、言葉にできていなかった。

 あの笑顔の奥で、ルーカスさんが見ているものが何なのか。俺には見えない。届かない。

 今日の武約戦で、俺は5人を倒した。

 なのに、何もできない気がした。剣が届かないところで、大事なものが動いている気がした。

 その重さを抱えたまま、俺はその夜を迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
拝読させて頂きました。 じっくりこのあとの展開も読ませて頂きます♡ ありがとうございました! 巳ノ星 壱果
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ