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魔法が使えなくても剣と素手と、あと何か得体の知れない力で俺は勝つ  作者: 佐木凛人
第1章

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6 聞こえない声

 翌日、ルーカスさんの姿が訓練場になかった。

 昨日の伝令が関係しているのか、関係していなくても別に珍しいことじゃない。

 先輩には先輩の仕事がある。俺みたいな新入りが毎朝顔を合わせられるほど暇な人じゃない。

 それはわかっている。わかっているが、昨夜の表情が頭の端に引っかかったまま、上手く剥がれてくれなかった。

 気にしすぎだ、と自分に言い聞かせながら、俺は一人で素振りを始めた。

 副団長との個人訓練が始まってから、この訓練場が妙に細かく見えるようになった。

 石畳の継ぎ目とか、松明の煤で黒ずんだ壁とか。

 前はそんなもの、気にもしていなかった。

 ……3ヶ月前の武約戦で、俺の世界は広がったらしい。

 いや、違うか。

 副団長との訓練で何度も転ばされて、そのまま倒れたり、壁に激突したりしたから、じっくり観察する機会が増えただけか。

 今日もいっぱい転ばされて観察できたな。


「フォームが崩れているぞ」

 

 声がした。

 副団長かと思って振り返ったが、違った。

 見たことのない顔……いや、どこかで見たような気もする顔だ。

 年齢はヴァルド副団長と大して変わらないように見える。

 3年も居て、見たことない騎士団員は流石にいないはずだが……

 体格普通、顔も普通だ。佇まいも特別派手ではない。騎士団の制服を着ていなければ、街で擦れ違っても絶対に覚えていない顔だと思った。

 目つきが鋭いわけでもなく、かといって気の抜けた様子もない。ただ真っ直ぐに俺を見ていた。

 

「君がアーサー・グレイヴか」

 

「……そうですが、あなたは」

 

「オーウェン・ハルト。一応、この団の団長をやっている」

 

 一応、という言葉がすごくしっくりくる。

 団長というものはもっと威圧的な雰囲気を漂わせているものだと思っていた。

 少なくとも副団長はそうだ。

 あの人は目が合うだけ……というより、あの怖い顔を見ると背筋が伸びる。

 だがこの人は違う。どこかの村の真面目な壮年がそのまま制服を着ているような、そういう印象だった。

 

「アルドリック様から話は聞いている。よく馴染んでくれているようで助かる」

 

「はあ」

 

「副団長の訓練についていけているのは素直にすごいと思う。あの人は手加減というものを知らないから」

 

 そう言ってオーウェン団長は少し眉を下げた。同情しているのか、それとも自分も経験があるのか。どちらとも取れる顔だった。

 ヴァルド副団長の下で育った人間なのかもしれない。だとすれば、この普通そうな外見の裏に何かあるのだろうか。

 今の俺にはまだわからない。


「今後ともよろしく頼む」

 

 それだけ言って、団長は踵を返した。

 あっさりしていた。

 もっと何か探られるかと思っていたが、そういう気配は一切なかった。俺の何かを見透かそうとする目つきもなかった。本当に、ただの挨拶だった。

 悪い人ではないと思った。ただ、なぜこの人が団長なのかは、まだよくわからなかった。


⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

  

 昼過ぎ、中庭を横切ろうとしたとき、回廊の影にルーカスさんと団長が並んで立っているのが見えた。

 足が止まった。

 2人の距離が近かった。声は聞こえない。だが話し込んでいることはわかった。

 団長が何か言い、ルーカスさんが短く答える。

 また団長が言う。ルーカスさんが一度だけ頷いた。その頷き方が、俺には引っかかった。諦めたような、覚悟したような、そういう重さがあった。

 ルーカス先輩の横顔が見えた。朝から姿が見えなかった理由が、なんとなくわかった気がした。

 団長の顔は読めなかった。真剣なのか、それとも普段通りなのか、あの生真面目な顔はどこが基準なのかまだわからない。

 ただルーカスさんの方は、俺に向けるときとは明らかに違う顔をしていた。

 俺はそのまま中庭を迂回した。聞き耳を立てる気にはなれなかった。なれなかった、というより、聞いてしまったら何か取り返しのつかないことになる気がした。根拠はない。ただそう感じた。

 この事は、気にしないようにしながら訓練所に向かった。


⭐︎ ⭐︎  ⭐︎

 

 夕方になって副団長に呼ばれた。

 

「明日、街道の第三関所付近に出向け」

 

 開口一番それだった。挨拶もない。副団長との会話に挨拶が存在した試しがない。

 

「傭兵の集団が領内でいざこざを起こしている。話し合いでは終わりそうにない。武約戦を行うつもりで行け」

 

「俺が、ですか」

 

「お前が、だ」

 

 副団長は腕を組んだまま俺を見た。相変わらずの怖い顔だ。

 三ヶ月経っても未だに怖くて泣きそうになる。

 

「三ヶ月でどこまで仕上がったか見てやる。嫌なら断れ」

 

「やります」

 

 即答した。

 断る選択肢が頭に浮かばなかった、というのもあるが、それ以上に単純に戦いたかった。

 昨夜のルーカス先輩との手合わせで何かに火がついていた。負けたままで止まっているのが気に入らない。

 

「明日の朝、正門に来い。以上だ」

 

 副団長は踵を返した。

 俺は一人、廊下に残った。窓から夕焼けが差し込んでいた。

 明日の武約戦のことを考えようとしたが、頭の片隅にずっと中庭の光景が居座っていた。

 ルーカスさんと団長。あの頷き。

 あの二人が何を話していたのか、俺は知らない。知るべきなのか、知らなくていいのかも、わからない。

ただ。

 ルーカスさんはあの後、夕食の席で普段通りに笑っていた。俺に「明日も頑張れよ」と声をかけてきた。何も変わらない様子だった。

 それが、昨夜の覚悟の顔よりも、少しだけ怖かった。

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