3 候補者
キャッドゥを殴った次の日。
夜明け前に目が覚めた。
訓練まではまだ時間もあるし、もう一度眠ろうとしたが何故か訓練所が気になる。
気持ちを抑えきれず、身支度を整え、訓練所に向かうと、先客がいた。
「あれ、アーサー早いね」
あのサラサラ金髪、いかにも優男というオーラ、凛々しく端正な顔、それでいて鋭い剣筋。
間違いない、俺の憧れの騎士だ。
「おはようございます、ルーカスさん。いつの間に帰ってきてたんですね」
「ああ、南部の騒動はひとまず落ち着いたから、昨夜帰ってきたんだ。それより、聞いたよ。アーサーが推薦枠を取ったんだって」
「誰からですか」
「副団長から。嬉しそうな顔で教えてくれたよ」
嬉しそうな顔……?
それはない、あの人は怖い顔しかできないはずだ。
「おめでとう、これで一緒に王都に行けるね」
「ありがとうございます……ルーカスさんは、どうだったんですか。南部の騒動の方は」
「まあ、色々あったよ」
笑ってそれだけ言った。
それ以上は話したくなさそうだったので俺も聞かなかった。
「一本やろうか」
穏やかな口調のまま、木剣を渡してきた。
断る理由はなかった。
ある程度の距離を取り、構える。
瞬きを1回。開いた目に映ったのは、自分に向かってくる剣先。
かろうじて、その剣を受けるが次々に剣筋が飛んでくる。
受ける。
受ける。
受ける。
ギャッドゥと同じ型の剣術ではあるが、レベルが明らかに違う。
以前のギャッドゥとの戦いから薄々気づいていたが俺はかなり鈍ってしまっている、仮に鈍っていなかったとしてもこの人には手も足も出ないだろう。
気がつけば俺の木剣は宙に浮いていた。
「……強い」
「ありがとう」
汗ひとつかいていない。昨夜戻ったって言ってたよね? ならろくに寝てもいないのに。
「……アーサーの剣ってやっぱり面白いね」
「一回も振ってないですよ……」
「ははは、確かにね、でも僕にはわかるよ」
爽やかに笑いながらそう言う。
「君の剣は騎士とは違う剣だね。僕は好きな言い方じゃないけど騎士から見たら汚い剣ってやつだね」
「……」
「それって才能なんだよアーサー」
優しい笑みを浮かべながらそう告げる。
「王都楽しみだね、ちょっと怖いけど」
この人は正直に今の気持ちを伝えてくれる。
こんな人でも王都という場所は恐怖の場所になるのか。
「4ヶ月、王都に近づけるように一緒に頑張ろう」
ルーカスが訓練所を出ていく。
背中を見送りながら、ふと思った。
さっきの「まあ、色々あったよ」という言い方が少し引っかかった。でも何がとは言えないが。
「アーサー」
俺がルーカスさんの背中を見送っていると、ルーカスさんとは別の方向から歩いてくる副団長が声をかけてきた。
「ついて来い」
え……なに……まさかこないだの告白の続きか?
何処かに連れて行かれる、それはつまり――
逃げ場がないということ。
そんなことを考えながら副団長について行くと、訓練所に併設されている兵舎の中にある小部屋にたどり着いた。
地図や本などが積まれた机の前に副団長が立ち、俺を見る。
怖いのと告白される可能性があるという両方の緊張で押し潰されそうだ。
「今日から登剣礼までに行く4ヶ月、俺が直接お前の修行を担当する」
「副団長が直接ですか」
告白じゃなかった安堵が吹き飛ぶ。
思わず声に出してしまった。
「お前はルーカスと違い、大きな課題がある」
「魔法が使えないことですか?」
「それは今更どうしようもない。課題は剣術だ」
「剣術ですか……」
「昨日の武約戦を見るにお前はブランクがある、それも戻していかなければないらないが、なによりも騎士の剣を知らなすぎる」
ぐうの音もでない。
「だから俺が騎士の剣を教える、今のお前は構えだけは騎士だがそれ以外は別物だ」
副団長が少し間を置く。
「……そして“喧嘩“のような体術、あれも磨いていくぞ」
それだけ言うと副団長は机の上の本に目を落とした、話は終わりという意味だろう。
正直、あれは封印しろと言われるかと思っていたから、驚きと認められたのかもしれないという喜びが交差している。
「ありがとうございました」
「感謝は王都で結果を出してからにしろ、明日の朝から始める、遅れるな」
部屋を出て、訓練所に向かう途中、この場所に似つかわしくない2人がいた。
「昨日ぶりですね、騎士アーサー」
グレゴールさんと隣に立つ女性は――
「こうして直接お話しするのは初めてですね、騎士アーサー」
――領主の娘セリア・エルドラムだ。
今まで遠目ではあるが何度か見たことあるがこんなに近くで彼女の姿を見るのは初めてだ。
亜麻色の髪が肩の少し下まで緩やかに流れていて、光の加減で金色に近く見える。目は落ち着いた薄茶色で、切れ長というわけではないが、見ている側が自然と背筋を正したくなるような静かな強さがある。肌は白く、館の中で育ってきたことが一目でわかるような細さだが、立ち姿だけは妙にしっかりしている。
まあ一言で言うと綺麗だ。
「推薦おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
まずい……声が裏返ってしまった、キモいと思われてなきゃいいけど……
「王都では、どうかご無事で」
深く一礼した。
亜麻色の髪がさらりと肩から流れ落ちる。
丁寧で過不足がない。
俺も一礼を返そうとして、ふと気になった。
彼女から出た言葉は、「おめでとう」と「ご無事で」だった。普通に考えれば、「ご活躍を」とかだと思うけど、なぜか優しい言葉をかけてくれた。
もしかして……俺のこと……
まあ、そんなわけないか。
俺も一礼をして、訓練所に再び向かって歩いた。




