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魔法が使えなくても剣と素手と、あと何か得体の知れない力で俺は勝つ  作者: 佐木凛人
第2章

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27/30

27 隣で


 明日、ザレルと当たる。

 掲示板を見た瞬間、体が熱くなった。

 怒りでも恐怖でもない。もっと奥の方から来る、名前のつかない感情だった。

 宿に戻って、ベッドに座った。剣を手に取った。手入れをする気にはならなかった。ただ握っていた。

 窓の外は暗かった。王都の夜の音が遠くで鳴っている。

 ギャッドゥが部屋に入ってきた。何か食べ物を持っていた。


「買ってきた。食え」


 パンと干し肉だった。受け取った。


「……ありがとう」


「食わないと明日動けないだろ」


 それはそうだ。パンを齧った。味はよくわからなかったが、腹には入った。

 ギャッドゥもベッドに腰を下ろして、干し肉を齧り始めた。

 しばらく、二人とも黙って食べていた。

 この部屋で過ごした夜も、もうだいぶになる。

 最初の夜は「落ち着かない」と2回言って、ギャッドゥに「寝ろ」と言われた。

 あの頃はまだ、こいつとまともに話もしていなかった。

 今は黙っていても、居心地が悪くない。


「明日の試合のこと、聞いたか」


「ああ。ザレルだろ」


「知ってたのか」


「掲示板を見た。お前より先に」


「……召使いじゃないのに、わざわざ」


「殺すぞ」


 少し笑った。ギャッドゥは笑わなかったが、怒ってもいなかった。

 干し肉を食べ終えて、ギャッドゥが水を飲んだ。


「勝てるのか」


 前にも同じことを聞かれた。レイン戦の前夜にも。

 あの時は「わからない。けど、負ける気はない」と答えた。


「……わからない」


 今日は正直に言った。


「あの時と違って、何が足りないかはわかってる。剣の統合も、少しは形になってきた。星脈も、一瞬だけなら触れられる。ミラさんを半歩下がらせた」


「……」


「でも、ザレルは別だ。あいつは全部が完成してる。俺はまだ途中だ」


 ギャッドゥが何も言わなかった。しばらく黙っていた。

 窓の外で、荷車が通る音がした。


「エルドラムにいた時のことを覚えてるか」


 唐突だった。ギャッドゥの声が静かだった。


「覚えてるよ。毎日いじめられてた」


「そうじゃなくて……お前が毎朝、誰よりも早く訓練所に来てたこと」


「……ああ」


「魔法も使えない。外殻(シェル)も張れない。周りの全員がお前を見下してた。俺も含めて」


 否定しなかった。事実だ。


「それでもお前は来た。毎日来て、剣を振ってた。雨の日も、俺がいじめた次の日も」


「……他にやることがなかっただけだよ」


「嘘つけ」


 ギャッドゥが俺を見た。真っ直ぐな目だった。


「あれが悔しかった。何も持ってない奴が、何も持ってないまま立ってることが。俺は魔法も剣もあるのに、お前の方がずっと立ってた」


「……買い被りすぎだ」


「買い被ってない。お前が何も持ってなかったのは本当だ。だが今は違う」


 ギャッドゥが立ち上がった。窓の方に歩いて、外を見た。


「剣がある。仲間がいる。星脈もある。あの時の何も持ってないお前が、ここまで来た」


「……仲間?」


「ミラさんが修行つけてくれたり、ノアさんとリディアさんから色々教えてもらっただろ? あと……俺もそうだろ?」


 最後に自分を入れた。照れくさそうに、窓の外を見たまま言った。

 何か返そうとしたが、喉が詰まった。

 泣きそうだった。泣かなかったが、危なかった。


「……お前、いつからそんなに喋るようになったんだ」


「うるさい」


 ギャッドゥが振り返った。いつもの仏頂面に戻っていた。


「明日の試合、俺が言えることは一つだけだ」


「何だ」


「いじめた分の借りを返す機会を、お前が潰すな」


「……何だそれ」


「お前がザレルに負けたら、俺はいつ謝ればいいんだ。だから勝て。俺のけじめのために」


 身勝手な理由だった。だが、ギャッドゥらしかった。


「……わかった」


「わかったじゃない。勝つって言え」


「……勝つ」


「声が小さい」


「勝つ」


「……まあ、それでいい」


 ギャッドゥがベッドに戻った。横になって、天井を見た。


「寝るぞ。明日に備えろ」


「ああ」


 俺もベッドに横になった。

 天井を見上げた。

 無駄に高い天井だった。

 最初の夜に「落ち着かない」と思ったこの天井が、今はそうでもなかった。

 隣のベッドからギャッドゥの寝息が聞こえ始めた。こいつはいつも寝るのが早い。

 目を閉じた。

 明日、ザレルと戦う。

 勝てるかはわからない。

 だが、一人じゃない。

 エルドラムの訓練所で、毎朝一人で剣を振っていた頃とは違う。

 副団長の訓練がある。ミラさんの指摘がある。ノアの言葉がある。リディアの情報がある。

 そしてギャッドゥが、見届けてくれる。

 ルーカスさん。

 あなたが一緒にと言ってくれた王都に、俺は今います。

 一緒には来られなかった。でも、一人でもない。

 明日、剣を振ります。

 あなたが好きだと言ってくれた、俺の剣を。

 意識が沈んでいく。

 王都の音が、遠くで鳴っていた。

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