25 連戦
膝が石畳についていた。
息が上がっている。視界がぼやける。左腕の感覚がほとんどない。
目の前に男が立っている。名前は知らない。ただ強い。
今日2人目の相手だった。
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話は朝に遡る。
掲示板に8戦目の組み合わせが貼り出された時、ギャッドゥが黙った。
俺も黙った。
アーサー・グレイヴ対ヴェルン・ガース。
――連戦あり。勝者は同日中に次戦を行う。
連戦。同じ日に2試合。
聞いたことがなかった。冊子にもそんなルールは書いてなかった。
「これ、おかしくないか」
ギャッドゥが言った。
「おかしいな」
「他の奴にも連戦はあるのか」
掲示板を見渡した。連戦の表記があるのは俺だけだった。
「……お前だけじゃないか」
リディアの言葉が蘇った。
「宮廷側があなたを潰しにかかる可能性がある」
これがそういうことか。
格上の相手を当てるだけじゃない。連戦で体力を削る。1戦目で消耗させて、2戦目で潰す。
棄権する手もあるがそんなことはできるはずがない。
「……行くよ」
「知ってた」
ギャッドゥが鼻を鳴らした。
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1戦目の相手ヴェルンは、星脈覚醒者だった。
触れた物の重さを変える星脈。俺の剣が急に重くなったり、地面が足を引っ張るような感覚があった。
まともに戦えば負けていた。だが星脈の発動にはわずかな間がある。
ノアから学んだ「ずれの感覚」で、相手が星脈を使うタイミングが微かにわかった。だが完全じゃない。
でも、避けるには十分だった。
殴って、蹴って、引きずり倒して勝った。
ダメージは大してなかったが、星脈で重くされた剣を振り続けたせいで、左腕の筋が悲鳴を上げていた。
「はぁ……はぁ……」
重くされた足の代償は、疲労という大きなダメージを残した。
休む間もなく、2戦目が告げられた。
対戦相手の名前は聞き取れなかった。大柄な男だった。バーツほどではないが、魔法の使い方が巧みだった。
外殻と攻撃魔法を同時に運用している。レインと同等か、それ以上。
こんな相手を、消耗した状態で戦わせる。
これが腐敗か。
――そして、冒頭に戻る。
膝が石畳についていた。
左腕が使い物にならない。剣を握る右手だけが、まだ動いている。
観客席から声が聞こえた。
「もう終わりだろ」
「よく1戦目を勝ったよ、それだけで十分だ」
同情だった。ザレル戦の後と似ている。だがあの時とは違うものが混じっていた。
何人かの観客が、おかしいと思い始めている。
「なんで連戦なんだ。他の奴はやってないだろ」
「組み合わせ、変じゃないか」
小さな声だった。だが確かに聞こえた。
男が踏み込んできた。魔法を纏った剣が振り下ろされる。
右手一本で受けた。腕が軋む。膝が沈む。
ここで終わるのか。
終わるわけにはいかない。
リディアが言った。「勝つしかないわよ。誰が相手でも」。
ミラさんが言った。「方向は間違っていない」。
ノアが言った。「ずれの感覚を覚えておいて」。
ギャッドゥが言った。「見届けてやる」。
全部が、この一瞬に集まっている。
男の剣を受けたまま、体の奥に意識を向けた。
ずれの感覚。
あの入口に触れる。ガルド戦で一瞬だけ触れたもの。
今度は、もう少しだけ長く触れた。
男の剣が、微かに軌道を逸れた。
受けていた剣を外して、右手一本で振った。
騎士の型の踏み込みに、喧嘩剣法の角度を乗せた。
レイン戦で一瞬だけ繋がったあの感覚が、もう一度来た。
剣が、男の外殻を通った。
浅い。だが通った。
男がよろめいた。
そこへ頭からぶつかる。
右腕一本で剣を首に当てた。
「そこまで」
ノアの声だった。
立会人はノアだった。仕事顔だった。だが声がいつもより硬かった。
観客席が沸いた。今日一番の歓声だった。
「連戦で勝ちやがった」
「喧嘩騎士、化け物か」
化け物じゃない。ただ、倒れなかっただけだ。
立ち上がろうとした。左腕が動かなかった。右腕も震えていた。
膝が笑っている。視界がまだぼやけている。
それでも立った。
闘技場を出る通路で、壁に手をついた。まっすぐ歩けなかった。
控え室に辿り着く前に、足が止まった。
壁にもたれて、ずるずると座り込んだ。
「おい! 大丈夫か!」
ギャッドゥの声が聞こえた。走ってきた足音がした。
「……勝った」
「見てた。馬鹿か」
「馬鹿だな」
笑おうとしたが、顔が上手く動かなかった。
左腕が熱かった。腫れ始めている。しばらく剣は振れないかもしれない。
ノアが通路の向こうに立っていた。私服に着替える前の、制服姿のままだった。仕事顔が崩れていた。何か言いたそうだったが、何も言わなかった。
ミラさんの姿は見えなかった。
だがどこかで見ていた気がした。根拠はない。ただ、そう思った。
ギャッドゥが肩を貸してくれた。控え室まで歩いた。
壁にもたれて目を閉じた。
全身が痛かった。特に左腕。
だが、折れてはいない。腕も、気持ちも。
まだ、剣は握れる。




