24 剣の外側
レインに勝った翌日。
休息日の朝、宿の部屋にいると扉が叩かれた。
ギャッドゥが出た。何かを話している。
何を話しているのか気になったので、扉に耳をつけようとしたら、扉が開いた。
ギャッドゥが手に封筒を持ち、最近よく見る呆れたような目をこちらに向けている。
「お前宛だ」
「誰から」
「侍女が持ってきた。リディア・ヴァレンという人から」
バーツとの戦いの後、名前だけ言い捨てていった女だ。
あの「面白い。観ていて飽きない」の人。
封筒を開けた。中に便箋が一枚入っていた。
「本日午後、お茶にお招きしたく存じます。場所は王都東区の邸宅にて。――リディア・ヴァレン」
達筆だった。
「行くのか」
「……行かないと何が起きるかわからない方が怖い」
「それは一理ある」
ギャッドゥが珍しく同意した。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
王都東区は、今までアーサーが歩いてきた区域とは空気が違った。
石畳が綺麗だった。道幅が広かった。通りを歩く人間の服が仕立てが良かった。
場所は侍女が朝に教えてくれた通りだった。迷わなかったのは奇跡に近い。
門の前に立つと、侍女が待っていた。初めてリディアと会った時に後ろに控えていた女性だ。
「お待ちしておりました。こちらへ」
案内されたのは庭に面した小部屋だった。窓から陽が差し込んでいて、白いテーブルクロスの上にティーセットが並んでいた。
エルドラムの領主館でも似たようなものは見たことがあるが、ここのは1つ1つの器の質が違う。触ったら壊れそうだ。
リディアが椅子に座っていた。栗色の髪が整えられていて、服は闘技場で見た時より華やかだった。
「来てくれたのね。座って」
「……お招きありがとうございます」
精一杯の礼儀で返した。グレゴールさんに教えてもらった挨拶が役に立つ日が来るとは。
席に座ると目の前に茶が注がれ、それをなるべく優雅に上品に飲んだ。
美味かった……いや、大変美味でした。
「緊張してる?」
「……まあ」
「いいわよ、そのままで。かしこまられると話しにくいから」
リディアが茶を一口飲み、こちらを見た。
値踏みするような目だった。初めて会った時と同じ目。
だが敵意はなかった。
「単刀直入に聞くわね。あなた、自分がなぜザレルと当てられたか知ってる?」
「……観客人気で組み合わせが決まったんだと思っていますが」
「半分正解。観客が見たがったのは事実。でもそれだけじゃない」
リディアが茶碗を置いた。
「登剣礼の組み合わせは、観客人気だけで決まるわけじゃない。裏で調整している人間がいる」
「……誰が」
「宮廷側よ。登剣礼を管理している連中。彼らにとって登剣礼は騎士を選ぶ行事じゃない。観客を楽しませて金を集める興行なの。だから面白くなる組み合わせを意図的に作る」
冊子には「観客の人気で対戦相手が決まることもある」と書いてあった。だがそれは観客が選んでいるという意味だと思っていた。
「あなたは魔法なしで3連勝した。観客の注目が集まった。そこにザレルをぶつければ盛り上がる。結果は見えている。観客は圧勝を見て満足し、賭けが動く」
「……俺は、見世物にされたということですか」
「そう。あなただけじゃない。組み合わせを操作されている参加者は他にもいる」
茶の味がしなくなった。
ザレルに負けたこと自体は、実力の差だった。あの男の剣には何も言い返せない。
だが、最初からそうなるように仕組まれていたとしたら。
怒りとは少し違う感情が、腹の底に溜まった。
「なぜ俺にこれを教えるんですか」
「面白いから」
あの時と同じ言葉だった。
だがリディアは続けた。
「嘘。半分は本当だけど」
ティーカップを回しながら、リディアが言った。
「私は王家に近い貴族の家の出身よ。登剣礼の制度がどう動いているかは、子供の頃から見てきた。腐ってるのは知ってる。でも内側から変えるには力がいる」
「……」
「あなたは剣がある。しかも王都の常識に染まっていない。そういう人間が上に行けば、何かが変わるかもしれない……変わらないかもしれないけど」
最後に少しだけ、声が小さくなった。
政治的な計算だけで動いている人間かと思っていた。だが今の一瞬だけ、別のものが見えた気がした。
「あなたの次の試合、組み合わせに注意した方がいい。レインに勝ったことで、宮廷側があなたを潰しにかかる可能性がある」
「潰す?」
「勝たせたくない相手を、強い相手にぶつけ続ける。点数は非公開だから、誰にもわからない。最終日に結果が出た時には手遅れ、という仕組み」
非公開の点数制の意味が、今初めてわかった。あれは公平のための仕組みじゃない。操作を隠すための仕組みだ。
「……それで、俺はどうすればいいんですか」
「勝つしかないわよ。誰が相手でも」
身も蓋もなかった。だがそれしかないのも事実だった。
「情報は私が集める。あなたは剣を振って。それぞれの役割をやりましょう」
リディアがそう言って、最後に茶を飲み干した。
「あと1つ。ザレル・クォードについて」
「……何か知ってるんですか」
「カルディナ出身の誓戦士。支援者がついている。宮廷側にとって、ザレルは商品なの。強くて、見栄えがして、観客を呼べる。だからザレルは守られる側。あなたは潰される側」
わかりやすい構図だった。
「でもね」
リディアが立ち上がった。
「商品が壊れた時、一番困るのは売る側よ。あなたがザレルに勝てば、彼らの計算が全部狂う」
それだけ言って、リディアは侍女を呼んだ。
どうやらお茶会は、終わりらしい。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
帰り道、王都東区の綺麗な石畳を歩きながら考えていた。
腐敗。操作。興行。
俺が知らなかった世界が、剣の外側に広がっていた。
剣だけ振っていれば良かった日は、もう終わりなのだろうか?




