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魔法が使えなくても剣と素手と、あと何か得体の知れない力で俺は勝つ  作者: 佐木凛人
第2章

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23/28

23 輪郭が見える


 夜の宿の廊下は静かだった。

 明日の試合に備えて早く寝ようと思ったが、眠れなくて水を取りに出た。

 廊下の角を曲がったところで、声が聞こえた。


「――あんな奴が勝ち残っているのは登剣礼の恥だ」


 聞き覚えのある声だった。

 角の向こう、窓際にレインが立っていた。取り巻きの2人と話し込んでいる。


「魔法も使えない騎士を名乗る資格すらない人間が、殴って蹴って勝ちを拾っている。観客はそれを面白がる。腐ってるのは制度だけじゃない、観客もだ」


 取り巻きの片方が頷いていた。もう片方が口を開いた。


「明日の相手、そのエルドラムの騎士ですよ」


「知っている」


 レインの声が低くなった。


「だからちょうどいい。騎士とは何かを教えてやる」


 俺は角に立ったまま、聞いていた。

 聞くつもりはなかった。だが足が動かなかった。

 ザレルとは違う、と思った。

 ザレルは俺の剣を見て笑った。弱いから笑った。あいつにとっては強さが全てで、それ以外はどうでもいい。

 だがレインは違う。俺の剣を見てすらいない。魔法が使えない時点で、レインの中では騎士として終わっている。

 俺がどれだけ強くなっても、レインには関係ない。俺は最初から、あの男の世界に入っていない。

 怒りはなかった。ただ、胸の底に重いものが沈んだ。

 静かに引き返した。部屋に戻って、ベッドに横になった。

 天井を見ていた。


「寝ないのか」


 ギャッドゥが暗闇の中で言った。


「……明日の相手がレインだった」


「知ってる。掲示板を見た」


「聞いてないけど」


「俺は、召使いじゃないからな」


「え、違うの?」


「同部屋で枕元に剣があるっていう状況なのわかってるよな?」

 

 少し間があった。


「勝てるのか」


「わからない。けど、負ける気はない」


「いつもそう言ってザレルに負けたけどな」


「……それは言わないでくれ」


 ギャッドゥが鼻を鳴らした。それから何も言わなかった。

 目を閉じた。レインの言葉が頭に残っていた。

 騎士とは何かを教えてやる。

 俺にとって騎士とは何だろう。

 魔法が使えないから、騎士じゃないのか。外殻(シェル)が張れないから、騎士じゃないのか。

 答えが出ないまま、いつの間にか眠っていた。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 闘技場の中央に立つ。兜を着装する。

 対面にレインが立っていた。

 仕立ての良い鎧。整った構え。剣に魔法の光が纏っている。外殻も完璧だった。隙がない。

 何もかもが「正しい騎士」だった。

 立会人が前に出た。今日はノアではなかった。別の戦律官だった。


「武約戦を執り行います。争点は王都登剣礼における点数のみ、よろしいですか」


「ああ」


「異議なし」


 誓印が体に広がった。


「始め」


 レインが踏み込んできた。速かった。

 セルジとは質が違う速さだった。魔法の補助が全身に行き渡っている。加速、外殻、剣への付与。全てが一体になっている。

 正統派の騎士の完成形だった。

 受けた。レインの剣は重く、腕が痺れた。

 力だけじゃない。魔法の分が上乗せされている。

 2合目。横薙ぎが来た。避ける。間髪入れずに3合目。突きが来た。かろうじて流す。

 だが4合目で崩された。レインの剣が俺の構えの隙間を的確に突いてきた。肩に一撃もらった。

 魔法が付与されている剣は鎧を貫通し、直接肩を突き刺す。

 すぐさま後退し、距離を離す。

 肩に刺さった剣が離れ、ボタボタと血が石畳に落ちる。


「やはり外殻なしか。哀れだな」


 レインが言った。初めて試合中に声を聞いた。

 ザレルの「それが剣か?」とは違った。ザレルは俺の技術を笑った。レインは俺の存在を哀れんでいる。

 どちらが腹立たしいかと言えば、こっちだ。

 喧嘩剣法に切り替え――

 いや。

 切り替えるな。

 ミラさんの言葉。型の軸はそのまま、崩しは腰で作る。

 騎士の型で踏み込んだ。そのまま、腰を捻って喧嘩剣法の角度を乗せた。

 中途半端になった。レインに受けられた。


「騎士もどきがすることは理解できないな」


 レインが眉を動かす。読めない動きだったらしい。だが通用はしなかった。

 もう一度。同じことを試した。

 今度は少しだけ、腰の動きが繋がった。

 剣がレインの外殻を擦った。浅い。だが当たった。

 レインの目が変わった。侮りが消えた。


「……今のは何だ」


 俺にもわからない。だが体が覚え始めている。騎士の型の真っ直ぐさと、喧嘩剣法の崩しの角度。二つが一つになる瞬間が、ほんの一瞬だけ見えた。

 ミラさんが「方向は間違っていない」と言った意味が、初めて体でわかった。

 レインが本気になった。魔法の出力が上がった。剣が光った。

 速い。重い。無駄がない。

 全部が正しい剣だった。

 受けきれない。体が押されていく。膝が軋む。

 だが、俺は笑っていた。兜の中で。

 魔法はない。外殻もない。この人が言う「騎士」には、俺はなれない。

 だが剣は振れる。

 剣だけは、振れる。

 レインの大振りが来た。正統派の、力を込めた一撃。

 潜った。腰を落として、下から入った。

 騎士の型の踏み込みで距離を詰めて、喧嘩剣法の角度で剣を振り上げた。

 二つが、一瞬だけ繋がった。

 レインの外殻を、剣が通った。

 浅い。だが確実に通った。

 レインの体勢が崩れた。そこへ肩からぶつかった。倒れたところへ剣を首に当てた。


「そこまで」


 立会人の声が響いた。

 観客席が沸いた。


「喧嘩騎士がレインを倒したぞ」


「あの名門の息子を?」


「今の最後の一撃、何だったんだ」


 俺にもうまく説明できない。だが確かに、二つの剣が一つになった瞬間があった。

 レインが立ち上がった。俺を見ていた。怒りではなかった。理解できないものを見る目だった。


「……お前のそれは、騎士の剣じゃない」


「ああ、知ってます」


「だが――」


 レインは何かを言いかけて、止めた。背を向けて、歩いていった。取り巻きが慌てて後を追った。

 俺は兜の中で息を吐いた。

 騎士とは何か。

 答えはまだ出ていない。

 だが少なくとも、魔法が使えないことは、剣を振らない理由にはならない。

 それだけは確かだった。

 控え室に戻ると、ギャッドゥが壁にもたれていた。


「勝ったな」


「ああ」


「最後の一撃、今までと違った」


「……自分でもよくわかってない」


「でも出たんだろ。お前の剣が」


 俺の剣。

 まだ形になっていない。一瞬だけ見えたものが、次に出せるかもわからない。

 だが確かに、あの一振りの中に、俺の全部があった。

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