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魔法が使えなくても剣と素手と、あと何か得体の知れない力で俺は勝つ  作者: 佐木凛人
第2章

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22 一振りに、二つを


 闘技場の裏手で素振りをしていた。

 昨日の試合で一瞬だけ触れた感覚を再現しようとしていた。

 ずれの感覚。体の奥に意識を向けて、何度も剣を振った。

 何も起きなかった。あの一瞬は偶然だったのかもしれない。

 それでも振り続けた。偶然でもいい。もう一度触れられるなら。


「左肩が上がっている」


 声がした。

 振り返るとミラさんが立っていた。腕を組んで、こちらを見ていた。


「……ミラさん」


「続けて」


 言われたまま振った。3振りほどしたところで、また声がかかった。


「踏み込みの軸がずれている。騎士の型で振るなら右足を半歩内側に。崩しの剣で振るなら重心をもっと前に」


「……どっちをやればいいんですか」


「どっちも。同時に」


 それができないから苦労している。

 だがミラさんは説明を続けなかった。代わりに、自分の剣を抜いた。


「打ち込んできて」


 構えた。白い髪が風に揺れた。表情は変わらない。

 俺は踏み込んだ。騎士の型で打ち込んだ。

 受けられた。軽く、何でもないように。


「次。崩しの方で」


 切り替えた。喧嘩剣法の崩しで、軸をずらしにいった。

 流された。体が泳いだ。


「今、切り替えるのに何秒かかった?」


「……わかりません」


「半秒。その半秒で君は死ぬ」


 冷たい声だった。だが怒っているわけではなかった。事実を述べているだけだった。


「もう一度。今度は切り替えずに、最初の一振りの中に両方入れて」


 意味がわからなかった。だがやるしかなかった。

 踏み込んだ。騎士の型の軸で、喧嘩剣法の角度で振った。

 滅茶苦茶だった。剣が変な方向に行った。


「違う。型の軸はそのまま、崩しは手首じゃなく腰で作る」


 もう一度。

 少しだけ、何かが変わった気がした。気がしただけで、ミラさんにはまた受けられた。


「まだ。でも方向は間違っていない」


 ミラさんから初めて肯定的な言葉が出た。それだけで少し息が楽になった。

 そこから何十回と打ち込んだ。ミラさんは一度も打ち返してこなかった。全部受けて、全部指摘した。

 汗が目に入る頃、ミラさんが剣を収めた。


「今日はここまで。毎日振れとは言わない。だが感覚が消える前に振ること」


「……ありがとうございます」


「礼はいらない。私が見たいだけだから」


 前と同じ言葉だった。だが少しだけ、温度が違った気がした。

 ミラさんが剣を鞘に戻しながら、俺の剣を見た。


「その剣、どこで手に入れた」


「王都の武具屋です。西の市場の隅にある小さな店で」


「見せて」


 剣を渡した。ミラさんが刀身を眺め、柄を握り、軽く振った。


「……別に、普通の剣ね。長さの割には重いくらい」


「え? すごい軽くないですか?」


「軽い? これが?」


 ミラさんが怪訝な顔をした。初めて見る表情だった。もう一度握り直して、振った。首を傾げた。


「重くはないけど、軽くもない。普通よ」


 俺が受け取った。やはり軽い。遥かに軽い。


「……貸して」


 ミラさんがもう一度受け取った。普通の顔をしている。俺が握ると軽い。ミラさんが握ると普通。


「これは……星脈が反応している。君が握った時だけ、剣が君の星脈に共鳴して軽くなっている」


 ミラさんの目が変わった。冷たさの奥にあった鋭さが、さらに一段深くなった。


「干渉型の星脈が、剣を媒介にして発動している。しかも無自覚で。……こんな症例は聞いたことがない」


「店主が廃業する前に譲ってくれたんです」


「この剣、ただの剣じゃないわね。君の星脈との共鳴を前提に作られている可能性がある」


 初めて聞く話だった。


「その店、まだあるの」


「わかりません。畳む予定だと言ってましたが……」


「行ってみましょう。聞きたいことがある」


 ミラさんが歩き出した。俺はその後をついていった。

 ノアの時もそうだったが、王都では女の人の後をついて歩くことが多い気がする。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 西の市場は相変わらず騒がしかった。

 前回はギャッドゥと2人で迷子になったが、ミラさんは迷わなかった。地図も見ずに、最短距離で歩いていく。


「ミラさんは王都に詳しいんですか」


「登剣礼は2度目だから」


 2度目。つまりミラさんは前回も参加している。それで今回も参加しているということは、前回は合格しなかったのか、あるいは別の理由があるのか。聞いていいのかわからなかったから、聞かなかった。

 市場の隅にたどり着いた。

 あの小さな店は、まだあった。

 看板は傾いていて、相変わらず埃っぽかった。だがまだ営業しているらしい。

 店に入ると、老店主が同じ椅子に座って眠っていた。前回と全く同じ光景だった。


「……すみません」


 声をかけると、老店主がゆっくりと目を開けた。俺を見て、少しだけ目を細めた。


「おや、君は……ああ、あの時の」


「お久しぶりです。剣、大切に使わせてもらっています」


「そうかそうか。それは嬉しいね」


 穏やかに笑った。

 ミラさんが老店主に近づいた。


「この剣について聞きたいことがあるのですが」


 老店主がミラさんを見た。それからミラさんの手元にある――俺から受け取った剣を見た。

 一瞬、老店主の目が変わった。穏やかな表情の奥に、何かが光った気がした。


「……その剣を気に入ってくれたのなら、それでいい。それ以上は、老いぼれの口からは何も出んよ」


 ミラさんは少し間を置いてから、小さく頷いた。それ以上は聞かなかった。

 店を出た。

 西の市場の雑踏の中を歩きながら、ミラさんが言った。


「あの店主、ただの老人じゃないわね」


「……そう思いますか」


「剣を見た時の目。あれは鍛冶を知っている人間の目だった」


 俺にはわからなかった。ただ、優しい人だとしか思っていなかった。

 ルーカスさんが言っていた。珍しい武具も出回る、と。

 あの人がこの店を知っていたのかはわからない。でも、ルーカスさんの言葉がなければ、俺はこの市場に来なかった。この剣にも出会わなかった。

 繋がっている。全部が、少しずつ。


「明日も同じ場所で。朝早くに来て」


 ミラさんが言った。


「え」


 ミラさんは人混みの中に消えていった。白い髪がすぐに見えなくなった。

 一人残された市場の中で、剣を握り直した。

 今日の訓練で「方向は間違っていない」と言われた。

 たった一言だった。だがその一言が、今はずいぶん重かった。

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