18 混ざらない剣
朝が来ていた。
目は覚めていたが、起き上がる気にならなかった。
天井を見ていた。無駄に高い天井だった。
ギャッドゥはもう起きていて、ベッドの端に座って防具の手入れをしていた。
俺もいつの間にか剣を手に取っていた。
一昨日と同じように手入れをしている。だが一昨日と同じ気持ちではなかった。
あの時は嬉しくて触っていた。今はただ、手を動かしていないと何かが止まってしまう気がして触っている。
しばらく二人とも黙っていた。
「強かったか」
ギャッドゥが言った。防具から目を離さずに。
「ああ」
「どのくらい」
「……何もできなかった」
ギャッドゥの手が一瞬だけ止まった。それからまた動き始めた。
「お前がそう言うのは初めてだな」
そうかもしれない。ゴードにもセルジにもフェイにも、何かしらのやりようは見えていた。
ザレルには何も見えなかった。
ギャッドゥは何も聞かなかったし、俺もそれ以上何も言わなかった。
「出かける」
「どこに」
「わからない」
ギャッドゥが少しだけ呆れた顔をした。だが何も言わなかった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
宿を出て、当てもなく歩いた。
前回は西の市場に向かって迷子になった。今回は方角すら決めていない。
気がつくと闘技場の裏手に来ていた。
無意識に足が向いたらしい。試合がない日の闘技場は人気がなく、石畳の広場がだだっ広く空いていた。
剣を抜いた。
素振りを始めた。副団長に叩き込まれた型で振る。
振るたびに昨日の感覚が蘇る。
ザレルの剣が、ただそこにあった感覚。何をやっても一手遅かった感覚。
喧嘩剣法に切り替えた。
振っても振っても、昨日の答えが出ない。
混ぜた。騎士の剣と喧嘩剣法を。ザレルに「混ざってるだけで統合されてない」と言われたやり方で。
当然、何も変わらなかった。変わるわけがない。昨日と同じことを繰り返しているだけだ。
それでも剣を止められなかった。止めたら、昨日の負けを認めて終わりになる気がした。
何十回、何百回か振った頃、腕が重くなってきた。昨日の脇腹の痛みが戻ってきていた。肩の火傷も疼いている。
構わず振った。
剣を振り下ろした瞬間、あの感覚を探した。ルーカスさんが死んだ時に出た、あの力を。
体の奥に手を伸ばした。
何もなかった。
思い出すことはできる。だが再現できない。あれは意志で引き出したものじゃなかった。もっと切実で、もっと取り返しのつかない何かで動いたものだった。
結局、俺は昨日と同じだった。
剣を下ろし、石畳に座り込んだ。息が上がっていた。汗が目に入った。
「随分と雑な振り方をするのね」
声がした。
振り返ると、女が立っていた。
白色の長い髪。冷たい表情。整った顔立ち。
見覚えがあった。初戦の後、観客席で目が合った女だ。
あの時は遠くにいた。今は近い。近くで見ると、冷たさの奥に鋭さがあった。
「……あなたは」
「ミラ・ヴェスト」
それだけだった。
俺が次の言葉を待っていると、ミラは俺ではなく、俺の隣に転がっている剣を見た。それから俺の腕を見て、足を見て、最後に目を見た。
「君が昨日ザレルに負けた騎士ね」
「……ああ」
「3戦目まで見ていた。魔法なしで勝ち上がる戦い方は珍しい」
褒めているわけではなかった。事実を述べているだけの声だった。
「だが、ザレルに通用しなかった理由もわかる」
「……聞いてもいいですか」
「君の剣は2つある。騎士の型と、崩しの剣。それを切り替えて使っている」
「……」
「切り替えている時間が隙になる。どちらを出すか迷う瞬間が、そのまま遅れになる。ザレルのような相手にはそれで終わり」
昨日、ザレルに言われたことと同じだった。
悔しかったが、反論できなかった。
「どうすれば」
気づいたら聞いていた。座り込んだまま、見上げるようにして。
「2つを1つにする。切り替えるんじゃなくて、最初から混ざった状態で振る」
言葉にすれば一言だった。だがその一言の意味がどれだけ重いか、4ヶ月副団長の下で剣を振った俺にはわかった。
「もう一つ」
ミラの目が少し変わった。冷たさの中に、何か別のものが混じった。
「星脈が覚醒しているのに、全く制御できていない」
ノアと同じことを言われた。
やはり、わかる人間にはわかるらしい。
「フェイとの試合で一瞬だけ出ていた。あれが制御できれば、剣の統合も早くなる」
「……なぜそこまでわかるんですか」
「私も覚醒者だから」
さらりと言った。
見た目からは何も感じなかった。だがこの人が覚醒者だと聞いて、妙に納得してしまった。あの冷たさの奥にある鋭さは、才能や経験だけでは説明できないものだった。
「君に興味がある。魔法なしで戦うやり方も、未制御の星脈も、私にとっては見たことがない」
それだけ言って、ミラは背を向けた。
「待ってください」
「何」
「……名前を覚えてもらえますか。アーサー・グレイヴです」
「知っている。兜の騎士は嫌でも目立つ」
振り返りもせずにそう言って、ミラは去っていった。
一人残された。
石畳はまだ冷たかった。座り込んだまま、空を見上げた。
2つを1つにする。星脈を制御する。
どちらもやり方がわからない。
でも、昨日は何が駄目なのかすらわからなかった。
少なくとも今日は、何が足りないかを突きつけられた。
突きつけられただけで、何も解決していない。
それでも、剣を拾い上げる手は、さっきより少しだけ軽かった。




