表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えなくても剣と素手と、あと何か得体の知れない力で俺は勝つ  作者: 佐木凛人
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/30

17 格の違い


 4戦目の組み合わせは、朝の掲示板に貼り出されていた。


 アーサー・グレイヴ対ザレル・クォード。


 名前に見覚えはなかった。いつも通り、誰だそれはと思いながらギャッドゥに聞こうとしたら、先にギャッドゥが口を開いた。


「やめとけ」


「……は?」


「棄権しろ」


 ギャッドゥの声が、今まで聞いたことのない温度だった。

 壁にもたれたまま、こちらを見もせずに言った。


「三大都市の誓戦士だ。魔法も星脈も使わない。純粋な剣術だけで勝ち上がってきた男だ」


「……俺と同じ条件じゃないか」


「同じ、じゃない」


 即答だった。

 ギャッドゥが壁から背を離して、初めてこちらを見た。


「格が違う。お前がやってきた3戦とは次元が違う相手だ」


 珍しかった。ギャッドゥがここまではっきりと止めてくるのは。

 だが棄権する気はなかった。


「……まあ、やってみなきゃわからないだろ」


「わかるから言ってるんだ」


「じゃあ見届けてくれ」


 ギャッドゥは何も言わなかった。鼻を鳴らして、壁に背をつけ直した。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 闘技場に向かう通路は薄暗かった。

 松明の灯りが等間隔に揺れていて、足音が石壁に反響していた。

 前方から笑い声が聞こえてきた。

 三人組だった。中央の男を挟んで、取り巻きの二人が何かに笑っている。

 中央の男は俺と同年代か、少し上。背はそこまで高くない。体格も特別大きくはない。仕立てのいい服を着ている。

 レインとは違った。レインの傲慢さは身分から来ているものだったが、こいつからはもっと別のものを感じた。

 自分の強さを疑っていない人間の空気だった。

 男がこちらに気づいた。

 足を止めた。俺を見た。上から下まで、ゆっくりと。

 それから、笑った。


「お前がエルドラムの魔法なしか」


 声が通路に響いた。明るい声だった。嘲りを隠す気すらない声だった。


「兜をつけて殴りかかるっていう面白い奴だろ。観客席でも話題になってるぞ。見世物としてはなかなかだってな」


 取り巻きの片方が笑った。もう片方は腕を組んで俺を眺めていた。


「ザレル、こいつが次の相手かよ。組み合わせ決めた奴は何考えてんだ」


「いいじゃないか。観客が見たがってるんだろう。俺も気になってたしな」


 ザレルが一歩近づいた。


「なあ、一つ聞いていいか」


「……なんだ」


「お前、何がしたいんだ? 魔法もない、星脈もまともに使えない、剣もあの程度。3勝したのは相手が弱かっただけだ。それぐらい自分でもわかってるだろ」


 わかっている部分もある。だが、こいつにそれを言われたくはなかった。


「やってみなきゃわからないだろ」


「やる前からわかることもあるんだよ」


 ザレルは笑ったまま俺の横を通り過ぎた。すれ違い際に、小さく言った。


「せめて立っていられるといいな」


 取り巻きが後に続いた。笑い声が通路の奥に消えていった。

 足が止まっていた。

 怒りは、あった。だがそれ以上に体が感じていたのは別のものだった。

 あの男の歩き方だ。

 歩幅も速度も普通なのに、重心が全くぶれていない。あれだけ喋っていたのに、一歩ごとに地面を正確に踏んでいた。

 口ではなく、足が本物だと言っていた。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 闘技場の中央に立つ。兜を着装する。

 観客席がざわめいていた。いつもと質が違うざわめきだった。


「おい、エルドラムの魔法なしとザレルが当たるのか」


「誰だよこの組み合わせ選んだの、面白すぎるだろ」


「倍率どうなってる」


「話にならん。賭ける意味がない」


 俺に賭けてくれる人間が、今日はいないらしい。少し悲しくなった。

 対面にザレルが立った。

 通路で見た時とは違う顔をしていた。

 笑っていた。だが目だけが笑っていなかった。

 立会人が前に出た。ノアだった。仕事顔だった。


「武約戦を執り行います。争点は王都登剣礼における点数のみ、よろしいですか」


「ああ」


「もちろん」


 誓印が体に広がった。


「始め」


 ザレルが構えた。

 左足を半歩引いて、剣を正眼に据えた。ただそれだけの動作だった。

 なのに、距離が変わった。

 物理的な距離は同じはずなのに、遠くなった。剣が届く気がしなかった。

 俺は踏み込んだ。

 喧嘩剣法で崩しにいった。ゴード、セルジ、フェイ……

 今まで通用してきたやり方で。

 剣が空を切った。

 ザレルの体が半歩だけ動いていた。それだけで俺の剣圏から消えていた。


「それが剣か?」


 軽い声だった。息も乱れていなかった。

 もう一度。今度は騎士の剣で正面から打ち込んだ。

 受けられた。というより、そこに剣があった。最初からその位置に置いてあったかのように。

 衝撃が腕に返ってきた。重い。力で押しているわけではない。のに、重い。


「形だけならそこそこだな」


 三合目。喧嘩剣法と騎士の剣を混ぜた。傭兵戦で無意識に出た、型でもない泥臭い動きで攻めた。

 ザレルの剣が、静かに俺の剣を弾いた。

 何をやっても、一手遅い。

 速くも重くもない。なのに全部が俺の一手先にある。


「混ぜれば読みにくくなると思ったか。残念だが、混ざってるだけで統合されてない。どっちも中途半端だ」


 ザレルの剣が来た。横薙ぎだった。見えた。見えたのに、体が間に合わなかった。脇腹を打たれた。息が詰まった。

 膝が折れそうになるのを堪えた。

 まだだ。

 俺にはまだ、あれがある。

 あの瞬間に出た力。ノアが言った、面白い種類の星脈。

 あれが出れば――

 頭の中で手を伸ばした。あの感覚を探した。体の奥にあるはずの何かに触れようとした。

 何もなかった。

 手を伸ばした先に、何も掴めなかった。

 あの時の感覚が遠かった。ルーカスさんが死んだあの瞬間の、胸の奥から何かが広がっていく感覚。思い出すことはできる。だが再現できない。

 あれは、覚悟や意志で引き出したものじゃなかった。

 もっと切実で、もっと取り返しのつかない何かで動いたものだった。

 だから今の俺には出せない。


「何か考えてる顔だな。悪いが、考えてる暇はないぞ」


 次の瞬間、ザレルの剣が俺の手首を打った。

 剣が飛んだ。

 昨日出会ったばかりの、運命の剣が、石畳の上で乾いた音を立てた。

 膝をついた。

 首に剣先が触れた。冷たかった。


「そこまで」


 ノアの声が響いた。

 ザレルが剣を引いた。俺を見下ろしていた。


「3連勝で調子に乗ったか。それとも最初から、こんなものだったか」


 言葉が刺さった。言い返す言葉がなかった。

 何も言い返せないことが、一番痛かった。

 ザレルは背を向けた。取り巻きの二人が待っている出口に向かって歩いていった。


「まあ、頑張れよ。観客は楽しんでたぞ」


 最後にそれだけ言い残して、通路に消えた。

 観客席は静かだった。笑い声もなかった。拍手もなかった。


「やっぱりまぐれだったか」


 静寂の中、観客席からそんな一言が聞こえた。


「あーあ、俺こいつに賭けてたのに」


「試合もザレルの圧勝すぎて、つまらないな」


 段々とそんな声が聞こえ始める。

 俺は石畳に転がった剣を拾い上げた。

 昨日はあんなに軽かったのに。

 立ち上がって、闘技場を出た。

 控え室にギャッドゥがいた。壁にもたれていた。こちらを見た。

 何も言わなかった。

 俺も何も言わなかった。

 ただ、剣を握る手が震えていた。

 ゴードの時は殴って勝った。セルジの時は切り替えて勝った。フェイの時は走って勝った。

 全部、届いた。

 今日は、何も届かなかった。

 ルーカスさんの時とは違う。

 あの時は間に合わなかった。

 今日は、そもそも届かなかった。

 剣が重かった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ