15 遠回りの1日
試合のない日だった。
最初に渡された冊子によれば今日は数少ない休息日。
忙しい日の中にある、束の間の休息日だからこそ、そのありがたさがわかる。
だが朝から特にやることがなかった。それが休息日の使い方の正解なのかもしれないが、暇すぎる。
ならばと思い訓練をしようとしたが、脇腹の腫れが痛む。無理をする必要もない。今日は休もうと決めた。
結局眠ることが正解なのかもしれない。
寝床につきながら考えているとルーカスさんが言っていた西の市場のことを思い出した。
「色々なものが売っている。珍しい武具も出回る」
行ってみるか、と思った。登剣礼に来てから試合と宿の往復しかしていない。
たまには外の空気を吸わなければ腐ってしまう。
宿を出て、西の方角に向かって歩き始めた。
三十分後、完全に迷っていた。
王都はでかかった。ルーカスさんが言っていた通りだった。
縦にも横にも広くて、同じような石畳の通りが続いていた。
地図を持ってくればよかったと思ったが、今更だ。
角を曲がると、見覚えのある背中があった。
ギャッドゥだった。
立ち止まって地図を広げて、首を傾けていた。
「……何してる」
「散歩だ」
即答だった。地図を持った散歩か。
「迷子か」
「違う」
「地図を持って首を傾けているが」
「方角を確認していただけだ」
俺は少し考えてから、隣に並んだ。
「俺も市場に行きたいんだが、道がわからない」
「俺もだ」
「迷子じゃないんだろ」
「うるさい」
二人で地図を見ながら歩いた。
しかし王都の地図というのは実際の街と微妙に合っていなかった。
書いてある通りに曲がると違う道に出た。もう一度曲がるとまた違う道に出た。
「この地図、おかしくないか」
「地図は正しい。俺たちの読み方が悪いんだ」
「いや、絶対地図がおかしい」
「違う」
ギャッドゥが地図を回転させた。
俺も覗き込んだ。二人で地図を回転させながら歩いた。
通りを行き来する王都の人間が、ちらちらとこちらを見ていた。見ていなかったことにした。
「ルーカスさんも迷子になったって言ってたな」
気づいたら口に出ていた。
ギャッドゥが少し間を置いた。
「……そうなのか」
「ああ。最初の一回だけだって言ってたが、結局足で覚えるしかないって」
「なるほどな」
それだけだった。それ以上は何も言わなかった。ただ、さっきまでと少し空気が違った。ギャッドゥも感じているだろうか。
俺たちは黙って歩いた。
結局、西の市場らしき場所に辿り着いたのは一時間後だった。
ルーカスさんの言う通りだった。色々なものが売っていた。
食べ物、布、武具、香料、見たことのない道具。人の多さもエルドラムとは比べ物にならなかった。
「でかいな」
ギャッドゥが言った。
「ああ」
俺も同じことしか言えなかった。ここに来る時の馬車で同じことを言った気がする。
武具屋を見て回った。珍しい形の剣があった。短剣が並んでいた。
色々な剣を見たがしっくりくる剣はない。
残念ながら、俺に扱われる名誉な剣は王都でも存在しないらしい。
そんなことを考えて、歩いていると、隅にある小さな店に気がついた。
何故だろうか気になってしまい、店に入ると、外観と同様の小さな店内であり、店主と思しき背の低い老人が椅子に座り眠っている。
店内を見渡すとさまざまな剣が無造作に置かれており、ほとんどの剣が埃を被ったり、錆びついたりしており、とても優良な武具屋とは思えない。
一応見てみるか、と思い、剣を手に取るもやはりボロボロなものが多い。
ここも駄目か、そんなことを考えていると1本の剣が目に入り、手に取る。
驚いた……剣の長さは俺が今使っている剣より若干長いが、遥かに軽い。埃は被っているが錆がないためちょっと手入れですぐに使える。
「お目が高い」
びっくりした、寝ていたはずの店主がいつの間に俺の横に立ち、顔を覗かしている。
「あ、勝手に触ってしまってすみません」
「いやいや、いいんだよ。それよりその剣お気に召しましたかな」
「ええ、この長さでここまで軽い剣は初めて触りました」
まあ、そんなに多くの剣を触ってきたわけではないけど。
「……! ならば、持っていきなされ」
店主は一瞬だけ目を見開き、そう言った。
「え、いやいや。お金払いますよ」
「いいんだ。この店はもう畳む予定なんだ。それなのにこんなにたくさんの剣が持ち主を見つけられないまま、終わろうとしていることを申し訳ないと思っていてね……その剣は君のことを待っていたはずだ」
「……わかりました。ありがとうございます。この剣は大切に使わせていただきます」
店主に再度お礼を言い、店を出た。
ギャッドゥは防具を見ていた。特に何も買ってはいない。
ギャッドゥがこちらに気づき、俺に向かってくる。
「こんなとこにいたんだな……剣買ったのか?」
「ああ、運命的な出会いをしてね」
「なんか、すごい嬉しそうだな」
「ああ、なんたって運命的な出会いをしたからな!」
ギャッドゥが冷ややかな目で俺を見る。
「腹減ったな」
ギャッドゥが言った。
「ああ、だが俺にはこの運命的な――」
俺の言葉を聞かずに地図を開きながら何処かへ行くギャッドゥ、おそらく露店を目指しているのだろう。
俺も自慢したい気持ちを抑えて、ギャッドゥと共に道に迷いながら、露店が連なっている場所に到着する。
露店で肉を挟んだパンを買った。二人で歩きながら食べた。
「王都は」とギャッドゥが言った。「思ったより普通だな」
「そうだな。もっと気品があるものかと思ってたが」
「賭けとか怒号とか飛んでるしな」
「ああ」
しばらく黙って食べた。
「次の試合、勝てそうか」
ギャッドゥが聞いた。
「さあ。相手によるな」
「俺の次の相手は星脈使いらしい」
「……お前、星脈のこと知ってたの?」
「当たり前だろ……まさかお前知らなかったのか?」
「王都に来る直前に副団長から教えてもらった」
「……お前なんも知らないんだな、星脈って常識だぞ」
ギャッドゥは呆れたような顔をしながらそう言った。
「……エルドラムに来るまでに、星脈のことは見聞きしなかったのか?」
「そうだな、知らなかった」
「そうか……」
宿への帰り道も迷った。
来た道を戻ればいいだけのはずが、どこかで曲がりすぎたらしく、全然違う方角に出た。
「王都は……まさか道が変わるのか……」
「俺たちの地図の読み方の問題」
「じゃあ、地図が変わっているのか……?」
「いいかげん認めろ、俺が悪いことを」
二人で地図を見ながらまた歩いた。日が傾き始めていた。
「ルーカスさんは一回で覚えたのか」
ギャッドゥが言った。
「一回目は迷子になったって言ってた」
「なら俺たちも一回目だ。問題ない」
「そうだな」
それを言い訳にしようとは思ったが、まあいい。
宿に辿り着いたのは日が完全に落ちてからだった。
ギャッドゥが宿の入口で立ち止まった。
「次の試合、見ておく」
「別にいい」
「見ておく」
それだけ言って、ギャッドゥは自分の部屋に向かった。
俺は一人、宿の入口に立ったままでいた。
迷子じゃなかった。ただ少し時間がかかっただけだ。
そういうことにした。




