11 次の場所へ
ルーカスさんが死んで、1日が経った。
団舎の空気は変わっていた。誰もが普通に動いていた。訓練をして、飯を食って、当番をこなしていた。
それが余計に、変だった。
世界がいつも通りに動いているという事実が、胸に引っかかり続けていた。
俺は朝の訓練を終えた後、一人で訓練場に残っていた。
剣を握り、素振りをした。体はいつも通り動き、今までの訓練の成果は消えていない。
ただ、何かが違う。
振るたびに、ルーカスさんの顔が浮かんだ。笑いながら「そのうち追いつかれるかもしれない」と言ったあの顔が。
剣を振る腕に力が入らなくなり、剣が勝手に下りる。
追いつけなかった。一度も。
それだけが、ずっと頭の中にあった。
「――い、おい、アーサー!」
「……はい」
「大丈夫……じゃないよな」
「……いえ、ご心配なく……」
「……副団長が呼んでたぞ、部屋に来いってさ」
「……わかりました」
「それだけだ、無理すんなよ」
それだけ言うとドルフさんは去っていった。
とりあえず、副団長の元へ行こう。
部屋に入ると副団長は机の前に立っていた。
いつもと違ったのは、こちらを最初から見ていたことだ。振り返るのを待たずに、目が合った。
「座れ」
椅子を示された。副団長の部屋に入って座れと言われたのは初めてだった。
「お前の中で何かが動いたな」
開口一番それだった。
「……はい」
「カリスの剣がお前に対してズレたのが、わかったか」
わかった、と言えばいいのか、わからなかった、と言えばいいのか迷った。
あの瞬間、俺は何か考えて動いていたわけではない、体が勝手に動いていた。
軌道がずれた。それだけだった。
「星脈だ」
副団長が言った。
「お前が持っているものの名前だ。魔法とは違う。教わって使えるものじゃない。お前の中にずっとあったものが、極限の状況で表に出た」
「……副団長は、知っていたんですか」
「まあな」
あっさりと言った。隠す気などはないようだ。
「お前の動きに、普通の人間にはない何かがあった。剣の軌道への反応が、経験だけでは説明できない部分があった。星脈の萌芽だと思っていた。」
あの日……ギャッドゥとの武約戦をした日から副団長が何かを見ていた。俺はそれを知らなかった。
俺のことをじっと見ていた理由が、今になってわかった。
副団長が静かに言った。
「喧嘩剣法と騎士の剣を組み合わせた動き。あれは技術だけじゃない。お前の星脈が、相手の動きを微妙に読んで対応していた。自覚なしにな」
頭の中で何かが繋がっていった。ギャッドゥとの武約戦。
ルーカスさんとの手合わせ。
関所の傭兵集団。
あの感覚の正体が、今初めて言葉になった。
「ルーカスさんより強くなれますか」
気づいたら聞いていた。
副団長は少し間を置いた。
「なれる可能性はある。ただし星脈は鍛え方が剣とは違う。王都に行けば、そういう者に会えるかもしれない」
「……王都」
「カリスまだ生きている。くれぐれ王都では気をつけろ」
そう言うと副団長は窓の外を見た。話は終わりだという空気だった。
俺は立ち上がりかけて、止まった。
「副団長は……ルーカスさんのこと、知っていたんですか。南部の件」
「知っていた」
「カリスが動いているのも知っていたんですか」
「知っていたが……いや、なんでもない」
それだけだった。それ以上は何も言わなかった。俺も何も言えなかった。部屋を出た。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
夕方、中庭のベンチにぼんやりと座っていると、セリア様が来た。
「ここにいらっしゃいましたか」
隣に座った。何かを聞いてくるかと思ったが、何も聞かなかった。ただ隣にいた。
しばらく、二人とも黙っていた。夕暮れが中庭を橙色に染めていた。風が草を揺らしていた。
「ルーカスさんは」
セリア様が静かに口を開いた。
「いつも遠くを見ていましたね。でも笑うときは、ちゃんとそこにいた」
俺は何も言えなかった。
「アーサーさんと話しているときは、特に」
喉の奥が詰まった。泣くつもりはなかった。泣かなかった。ただ、詰まったままでいた。
セリア様はそれ以上何も言わなかった。ただ隣にいた。その静かさが、今の俺には丁度よかった。
日が落ちた。セリア様が立ち上がった。
「王都、気をつけて行ってきてください」
それだけ言って、屋敷の方へ歩いていった。…
ぐるぐると頭の中にあった後悔や悲しみの感情が1滴の涙共に流れでてしまう。
一度流れ始めると2滴、3滴と止まらなくなってしまっていった。
ルーカスさんとの思い出が勝手に浮かび上がる。
こんな俺に、出来損ないの俺にも優しく接してくれた数少ない人。
「一緒に王都に行きたかった……」
思わず声にでてしまっていた。




