1 喧嘩騎士
存在が浮いている。
30人余りの騎士がこのエルドラム領訓練所にいるが、俺だけフルフェイスの兜を被っている。
エルドラムに来てから3年。未だに浮いている。
なんか……悲しくなってきた……素振りしよ……
「またその構えか。振れば山賊そのものだな。……それに魔法も使えない。お前、本当に何のためにここにいるんだ? アーサー・グレイヴ」
またこの時間か。いじめっ子騎士様のキャッドゥだ。
まあ、いじめられるのも無理ない。騎士なら誰でも張れる外殻。甲冑と同じだけの防御力を持つ、当たり前の魔法。俺だけが、それを持っていない。
だから俺は兜を被ってる。
それに、山賊ってのも……ほぼ正解だし……
ここは、俺が冷静に大人の対応を――
「なんとか言ったらどうだ? 山賊崩れ」
前言撤回。大人の対応は諦めた。
「3年間、同じこと言い続けてよく飽きないな、俺だったら3日で飽きちゃうよ」
「……笑えない冗談だな」
「冗談のつもりじゃないよ、本当に感心してるんだよ、その継続力があるならきっと剣の腕も凄いんだろうなぁってね」
言いすぎた……だが後には引けない。
いつの間にか、訓練所内は静まり返り、皆がキャッドゥと俺を見ている。
あー、そうだった、こいつのお父さんエルドラムでも有数の貴族だった……誰かが止めてくれるという考えは捨てた方がいい。
でも、まあ、流石に剣を抜くようなことはないだろう。
「剣を抜けアーサー・グレイヴ」
まじか……ここ私闘禁止だぞ?
「私闘は禁止のはずだぞ」
「だからどうした、いいから剣を抜け」
キャッドゥは、剣を抜き、剣先を俺に向けた。
事態が深刻になってきた。頭が冷静になってゆく。
周りを見た。誰も動かない。止めに入れば次は自分が面倒ごとに巻き込まれる。合理的な判断だろう、俺でもそうする。
「はぁ……」
ため息を一つ。
右手で剣のグリップに触れる。
やるしかないか……
「そこまでだ」
低く、それでいて、響き渡る声が飛んできた。
俺とキャッドゥの間に、いつの間にか1人の男が割って入っていた。体格が良く、威圧感を感じる。
エルドラム騎士団の副団長ヴァルト・クレーンだ。
「私闘は禁止だ、キャッドゥは剣を収めろ」
キャッドゥは一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに剣を収めた。副団長がそれを見て俺に目線を移す。右手をグリップから離した。
「……」
……怖い、怖い顔が俺のことを見つめてる。
グリップから手を離してるから、そんなに見なくてもよくない?
「今年の王都登剣礼は、エルドラムから2名の推薦枠がある」
ほっ……やっと目線を外してくれた。
王都登剣礼。1年に1度、国の有望な若手騎士や誓戦士らが王都に集められて行われる行事。
魔法も使えない俺には無関係だから意識してなかったが、もうそんな時期か。
「2名のうち1名は、ルーカス・ヴィルデモで確定しているが、もう1名は――」
ルーカスさん……納得だ。能力も人望も若手の中じゃ頭1つ抜けてる。
何より、俺にも優しくしてくれるんだ。納得に決まってる。
「キャッドゥとアーサーのどちらかを推薦したいと考えている」
周囲がざわついた。
キャッドゥは……嫌な奴だが、選ばれるのはわかる。
だが、魔法も使えない俺がなぜ候補に挙がった?
「そのため候補に挙がった2名には、模擬戦を行ってもらう」
模擬戦。剣術と魔法の技術だけが物を言う実戦形式。
無理だ。勝ち目はない。
そんなことを考えていると、キャッドゥが1歩前に出た。
「副団長、1つ提案があります」
「言ってみろ」
「こいつと……アーサーと武約戦を行いたい」
訓練所が静まり返った。
「武約戦か」
「はい。誓印を立て、正式な条件のもとで行います。争点は、登剣礼の推薦枠で」
なるほど。正式な戦闘に持ち込むことでペナルティがなく、負けた方が文句を言えない形を作って、さっきの鬱憤も晴らせる。
副団長が俺を見る。
「アーサー、お前はどうだ」
推薦枠を賭けた武約戦か……負ければこいつにもっといじめられるんだろうな。
でも、勝てば王都に行ける。
小さい頃、まだ剣に夢を乗せて振っていた頃、1番強い騎士になるというくだらない夢があった。
王都には騎士の最高峰が集まってると聞いて、子供の俺はドキドキした。王都こそが夢の舞台だと思ったから。
その夢がいつ消えたのか、正確には覚えてない。夢を持つことより、今日を生き延びることの方が大事だったから。
だが今、いつの間にか消えた夢が剣に乗ろうとしてる。
また、あの時のように、剣が重くなった気がした。
「やらせてください」
「なんだと」
「やるって言ったんだ、武約戦」
副団長が頷く。
「武約戦を認める。本来であれば戦律官の立ち合いが必要であるが、領内の慣例に従い、俺が立ち合いを務める。争点は、王都登剣礼の推薦枠。異議はあるか」
「異議なし」
「異議なしです」
「禍根は一切残すなよ」
副団長が誓印を展開し、淡く光る紋様が俺とキャッドゥの手の甲に浮かび上がり、すぐに消えた。
「双方、準備はいいか」
周りの騎士達が大きく距離を取る。
キャッドゥは剣を抜き、構え、外殻の魔法を唱えた。
「はい」
俺は兜を被り、剣を抜き、構えた。
「準備できました」
「武約戦始め」
ほぼ同時にキャッドゥが斬りかかってくる。
四方八方から素早い斬撃。
純粋な剣の腕には自信があったが、これがブランクか。防戦一方だ。
「はぁぁ!」
大きく振り下ろされた剣を受けた。両腕がビリビリと痺れる。
まともに一撃をもらったら、魔法が使えない俺では立ち上がれない。
剣の技術でも負けてる。
ならどうするか? 決まってるだろ、俺本来のやり方でやるしかない。
「アーサー、お前じゃ俺には勝てない」
キャッドゥが鍔迫り合い中の剣を押し込む。
「それはどうかな?」
鍔迫り合いをしていた剣を大きく引き込み、真横に一歩ズレた。
キャッドゥは動揺も驚きもなく、すぐさま剣を振ろうとする。
その攻撃動作に移った顔に、拳を叩き込んだ。
外殻越しだが、衝撃は伝わっている。キャッドゥの顔が歪んだ。
我ながら、腰の入ったいいパンチだ。
「貴様……」
今度はこっちから仕掛ける。
剣を振る。2撃、3撃。山賊仕込みの見辛い剣筋がキャッドゥの身体に当たる。
だが外殻越しでは手応えがない。
ならもう一発。
キャッドゥが反撃を試みる。殴りかかると見せて――
脛への横薙ぎの蹴り。
鈍い衝撃音。キャッドゥの体勢が崩れ、足が浮いた。
もう片方の足を払う。後方に倒れるところに覆い被さり、馬乗りになった。
「待て!」
恐怖か動揺かキャッドゥが叫ぶ。
ここまで心が乱れてれば外殻は意味をなさない。
「待て、アーサー!」
副団長が俺を静止する声がはっきりと聞こえた。
だが、止めるわけにはいかない。散々こいつにやられてきたんだ。
俺は大きく振り上げた腕をキャッドゥの顔に向かって本気で振り下ろした。




