転生聖女は一目惚れした堅物ダークエルフと添い遂げたい。
――聖女に転生した。
物語の大筋を知っているから、ラスボスである魔王に辿り着くまでそう時間はかからなかった。途中で仲間にした勇者と、あ、勇者が途中で私を仲間にしたのか。魔法使いと精霊師、剣士もいる。いかにも、な王道パーティーだ。
この物語の良いところは、最後に魔王を倒さない所なのよね。ほら、やっぱり感覚が現代人だから、出来るなら殺生は避けたいじゃない。
ストーリーに沿って、魔王と戦い、最後にはお互いの種族を尊重することを条件に和解した。
これで私達の旅は終わり。時間はかからなかったと言っても、三年かかったわ。十四歳の時に村を出て、十七歳になった。この世界の結婚適齢期よね。――はぁ。このまま行くと、王都に戻ったら勇者は王女と。聖女である私は王太子と結婚することになるのよ。好きな人はいないから別にいいけど、王太子、私の好みじゃないのよね。
エルジェはクリーム色の髪を人差し指でくるくるといじりながら、長いため息を吐いた。
「エルジェ。大きなため息ね」
呆れたように声をかけられた。···無理もない。これから終戦会議が始まろうかと言うのに、エルジェときたら完全に気が抜けている。
「大目に見てよ。フィーア。王都に帰る事を考えたらため息も出るわ」
友人であるフィーアは精霊使いだ。薄桃色の髪に、愛らしい顔立ちをしている。一見すると、聖女に見えるのはフィーアの方だろう。
「貴方まだ言ってるの?何が嫌なの王太子殿下の。金髪碧眼。美丈夫で賢王になるとまで言われている方なのに」
そう言われても。好みじゃないのだから仕方ない。
「おい。静かにしろ。魔王軍が入って来たぞ」
硬い声で言うのは堅物勇者のアデル。堅物と言うか、真面目と言うか、冗談が通じない奴なのだ。この旅で何度言い争った事か。
「はいはい。清楚な聖女様は静かにしてますよ」
片手でひらひらと応じ、アデルを少しだけからかう。アデルはジロリと睨んだが、すぐに前を向いた。
魔王討伐の旅の最終地点――魔王城。
終戦し、人間との和解に合意した今、固く閉ざされていた門は明け放たれている。
魔王がその座に就き、人間と争い始めて五十年。
和解に伴い、人間と魔族の落としどころを探るための終戦会議が開かれる。
その場を魔王城としたこと自体が、双方の歩み寄りを示していた。
黒いマントを翻し、長い漆黒の髪を靡かせた魔王が玉座に座る。その横に付き従う魔族は、それぞれ特徴のある者達だ。人間とは明らかに違う。人間の倍はある巨軀の者や、その隣の人物は顔に鱗があり水色の皮膚をしている。
「あいつらは、魔王軍の幹部達だ」
アデルの呟きに、他の仲間も頷く。エルジェはと言うと、1人の魔族に釘付けになっていた。尖った耳。浅黒い肌。輝く青みがかった銀髪。冷たく光る金色の瞳。
「かっこいい···」
(なんて顔が良いの····!)
「ア、アデル!銀髪のあの人は誰?あんな人いた?」
エルジェは視線はその人に向けたまま、横にいるアデルの服を引っ張る。
「え?ああ、ダークエルフのゼルヴァンだ。参謀タイプだから前線では見なかったな」
アデルは呆れながらもちゃんと答えた。
「ダークエルフ!ちょっと、かっこよすぎない?会議が終わったら話しかけなきゃ」
エルジェの妄言を、パーティーメンバーはなんでもない顔をして聞いていた。皆、エルジェの奇行には慣れているのだ。
❉❉❉❉❉❉
エルジェは有言実行出来なかった。会議が終わるとすぐに、終戦記念パーティーの準備に入ったからだ。
討伐隊主要メンバーであり聖女であるエルジェが、パーティーをサボる訳にはいかない。エルジェは泣く泣くパーティーに参加した。
白を基調とした長衣を羽織る。胸元に金糸の刺繍が施された聖女の正装だ。エルジェはパーティーとは言えドレスを着る事はない。コルセットが苦手なエルジェにとってはありがたい事だった。
前に二人、後ろに二人、神官を従えて回廊を進む。控えめに視線は落としているが、エルジェは注意深く周囲を見ていた。
(ダークエルフのゼルヴァンさん!いないかしら?)
パーティー会場の入り口に行くと、前を歩く神官がピタリと止まった。
扉を見ると、金髪碧眼の見目麗しい若者が立っている。エルジェの白い法衣に合うように、白を基調とした正装だ。エルジェは舌打ちを我慢する。
(見てよ、あの顔)
仏頂面を隠しもしない、アゼルバルト王国王太子カイゼル・ド・アゼルバルト。
エルジェは顔に聖女の微笑みを張り付けた。
「ご機嫌よう。王太子殿下」
「今更だな。そんな表面上の挨拶は良い」
拒絶の言葉を言いながらも、カイゼルは手を差し出した。
微笑みを張り付けたまま、エルジェはその手を取る。
「その表情、どうにかなりませんか?仮にも王太子が」
「仮ではない。実質王太子なのだ。そなたが敬えば、私もそれにならう」
「敬っているではないですか」
「――はぁ。扉が開けば私も表情くらい正す。もう入ろう。時間の無駄だ」
表情と正反対の会話に、後ろの神官の顔が青ざめる。
(仕方ないじゃない。王太子が私を拒否するんだから!)
エルジェは心の中で後ろの神官に弁解し、ホールに足を踏み入れた。
「カイゼル・ド・アゼルバルト王太子殿下と、聖女エルジェ・クライン様のご入場です!」
会場に響き渡る。皆入り口に注目した。エルジェはカイゼルのエスコートを受け、まっすぐ歩みを進めた。魔王の玉座の隣に用意された椅子に向かう。アゼルバルトの国王は来ていない。代わりに王太子がその役目を担っていた。
となれば、さながらエルジェは王妃の代わりという所だろうか。
エルジェも自身に向けられる役割を理解している。聖女の微笑みを張り付けたまま、優雅に粛々と歩き、席に着いた。
しかし動揺を隠すのに努力した。なんと玉座に座る魔王の隣に、エルジェが探したゼルヴァンが立っている。
(み、見たい!いや、ダメよエルジェ。こんな席で不躾に見つめてはいけないわ)
「聖女殿」
「はいっ?」
ふいに魔王から話しかけられた。意識をゼルヴァンに集中させていたエルジェは裏返った声で返事をする。
カイゼルがジロリと圧のある視線を送ってくる。
(ごめんって。そんな醜態を晒したからって睨まないでよ)
軽く咳払いをして、エルジェは魔王を見た。
「なんでしょう?魔王陛下」
魔王は不思議そうに言った。
「そなたは、私を怖がらないのだな。その若さで···なかなかの胆力だ」
エルジェは微笑んで答えた。
「聖女ですから」
本人の言う通り、魔王の放つ魔力と圧は人間が怯えるものがある。見た目はさほど怖くはない。中性的な顔立ちをしていながら、鍛え抜かれた体躯。人間の平均男性より頭一つ大きい。常に不敵な笑みを携えている。 隣に座るカイゼルですら、表情が強張っている。
生きた年月は魔王には敵わないが、エルジェは前世の記憶から数えると見た目通りの年齢ではない。
「そなたは戦乱の折り、我が同胞にも治癒術を施してくれたと聞いた。礼を言う」
まさか魔王に感謝をされるとは思ってもおらず、エルジェの声はまたも裏返った。
「へっ?あ、いえ。怪我人に人族も魔族もありません。出来る事をしたまででございます」
慌てて表情を取り繕う。
ばちりとゼルヴァンと目が合った。またも不意な事だったので、エルジェは慌てて目を逸らした。しかし赤面まではどうしようも出来なかった。真っ赤になってしまった顔になすすべもなく下を向く。カイゼルが不思議そうに見ている。
(ううっ。清廉な聖女を演じたかったのに。カイゼルまでこっち見てないであっち向いてちょうだい)
魔王が顎に手を当てた。にやりと口角が上がる。
「ふむ。聖女はゼルヴァンに興味があるようだな?」
エルジェは飛び上がりそうになった。赤面は治ったか分からない。だが聖女の微笑みは張り付けることが出来た。伊達に何年も張り付けていない。
「ダークエルフの方にお会いするのは初めてで、緊張してしまいました」
「ははは!魔王である私より、ゼルヴァンに緊張すると?面白いな。なぁゼルヴァン」
エルジェの顔色は青ざめていく。
(し、しまった。不敬だったかしら?もう早く帰りたい)
「陛下、そろそろからかうのはおやめください。失礼でしょう」
頭上に響く声。魔王でも、カイゼルでもない。低いがよく通る声が耳に心地良い。
(こ、声までかっこいいなんて····!)
ホールに流れていた曲調が変わった。王都から呼ばれた楽団が各々の楽器を奏で始める。
「ダンスの時間だな。我々魔族にはない習慣だ。貴殿らで楽しむと良い」
魔王がそう言うと、カイゼルが立ち上がって一礼した。
「ではお言葉に甘えて。行こう、聖女」
差し伸べられた手を取り、エルジェはホールの中央に向かった。
(残念。もう少し近くにいたかったのに)
後ろ髪を引かれるが仕方ない。公式なパーティーでのファーストダンスは、その場で一番身分の高い者が務める。この場では王太子であるカイゼルが当てはまる。必然とパートナーであるエルジェも踊らなければならなかった。
ダンス自体は嫌いではない。元々、前世から運動は好きだから。しかし今日は気が乗らなかった。
「殿下····」
カイゼルを見ると、視線の先にはエルジェの良く知る人物がいた。カイゼルはいつもそうなのだ。自然と特定の人物をいつも探している。
エルジェはするりとエスコートの手を外した。
「ん?どうした」
カイゼルの問いかけに、エルジェはため息と共に答える。
「はぁ。私は体調がよくありません。ファーストダンスは違う相手をお誘いください」
カイゼルの眉間に皺が刻まれる。
「そなた、いくら私が嫌だからと···」
エルジェはカイゼルの言葉を遮った。
「殿下。今まで私にも好きな人がいなかったし、殿下にもいなさそうだったのでなぁなぁにしてきましたが····もう止めておきましょう」
現代の言葉が混じった。カイゼルは狼狽える。
「···なに?」
「今は殿下には想い人がいるし、私にも気になる方が出来てしまいました」
カッとカイゼルの顔が赤く染まった。
(いやいや、バレてないとでも?)
カイゼルが慌ててチラリと視線を向けた先には、フィーアがいる。
「殿下、私は降りますが、国王陛下は貴方の妃に聖女が欲しいのでしょう。フィーアを妃に出来るかどうかは、殿下の力量次第ですよ」
カイゼルが真剣な表情になった。
「ああ。そうだな」
「まぁ前提としてフィーアが望めばですが。彼女は私の唯一の女友達です。生半可な気持ちでいてはいけませんよ。分かりましたか?」
カイゼルは口角を上げた。
「ああ。肝に銘じよう」
カイゼルが背を向けると、エルジェもくるりと向きを変えた。人々は王太子の行動に注視しており、エルジェはそそくさと端に逃げる。
「何があった?」
「アデル」
端に引っ込むとすぐにアデルに見つかった。説明しようとしたが止めた。視線をカイゼルに向けると、アデルはすぐに納得した。
「なるほど。殿下も心を決められたのだな」
カイゼルがフィーアに好意を向けていたのは、仲間内では皆分かっていた。当事者以外は。
「アデル。私、王都には戻らない」
アデルは少し目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「そうか。まぁ、お前らしいな」
意外だ。エルジェは驚く。
「あら?アデルには反対されると思ったのに」
「今までは使命があったからな。魔族との軋轢が収まり、和平が成った今、自由に動くことに反対はしない」
アデルなりの励ましの言葉に、エルジェは嬉しくて堪らなかったが、それを表に出すのは恥ずかしい。どうしてもからかってしまう。
「まぁ、アデルはオフィーリア王女と結婚するんでしょう?最後に王都を立つ時に、婚約の約束をしたこと皆知ってるわよ」
「ああ。王都に戻ったら爵位を賜る事になっている。平民のままでは王女殿下を娶る事が出来ないからな。その際に婚約するつもりだ」
「はは···。抜かりないのね」
前を見つめ淡々と言うアデルに、思わず乾いた笑いが出てしまう。
(真面目な男だけど、行動力があるのよね。カイゼルもアデルを見習ってはっきり言葉と態度に出せばいいのに)
二人は中央ホールで踊るカイゼルをフィーアを見ていた。恥ずかしそうに踊るフィーアと、それを愛おしそうに見つめるカイゼル。
アデルとエルジェは自然と口元が緩む。曲が止まるとアデルは言った。
「ファーストダンスが終わったぞ。僕は礼儀上、誰かと踊るが、お前は王太子殿下を断ったのだから踊らない方が良いんじゃないか?」
「そうかも。私は庭を散歩してくるわ」
アデルに手をふり、エルジェはすぐに庭へ出た。
散歩しようと外へ出たものの、ホールから出た所で立ち止まった。魔王城の庭は鬱蒼としていて、灯りもない。とても散歩する雰囲気ではなかった。
(魔族は庭を整えたりしないのね)
会場に戻る気もないので、エルジェは庭へ続く階段を少し降りてそのまま座り込んだ。
会場からは死角になっていて見えない。
鬱蒼としていた庭を見る。暗闇に目が慣れてくると光る虫が数匹飛んでいるのが見えた。
「ふむ。これはこれで風流ね」
「聖女殿?」
背後から聞こえた声に、エルジェはすぐさま振り向いた。
「ゼルヴァン···卿」
「私の名前を覚えておいででしたか。敬称はいりません。我々に人族の様な階級はありませんから」
(わぁぁあ!推しが近付いて来る。カッコいい!背高い。カッコいい)
エルジェの脳内は一気に騒がしくなった。
(え?どうしてここに?私に会いに来たの?)
「ゼルヴァン様、どうされました?」
「あ、いえ。外に行かれるのが見えましたので」
(やっぱり私に会いに?!)
思わず手を組んで拝みそうになる。
「陛下が様子を見てこいと」
その言葉でエルジェは項垂れた。
いきなり倒れ込みそうになったエルジェに、ゼルヴァンは目を丸くした。
「聖女殿?やはり気分が良くないのでは?どなたか呼びましょうか」
エルジェは慌てて頭を上げた。
「いえ!呼ばなくて大丈夫です!」
「しかし···」
「あのような場は苦手でして、抜け出してしまいました。ゼルヴァン様さえ宜しければ、少し話相手になっていただけませんか?」
エルジェは手を組んだまま、上目遣いに言った。なんとしても、なんとしても好印象を残したい。さっきからゼルヴァンのエルジェを見る目は、奇異な者を見る目だった。
ゼルヴァンは小さく息を吐いた。
「かまいません。陛下からの伝言もありますので、私で良ければ」
エルジェの目は輝いた。
「嬉しいです!あなたとお話がしたかったので」
ゼルヴァンの警戒が伝わってきた。エルジェは慌てて取り繕う。
「あ、いえ、エルフの方にお会いする機会がないので···」
「ふむ。それはそうでしょうね。とりあえずここは寒いでしょう?場所を変えませんか?」
「いえ、私は大丈夫です」
移動する間も惜しいのだ。にこにこと言うと、ゼルヴァンはまた目を丸くする。エルジェの見間違いかもしれないが、一瞬ゼルヴァンの口角があがった気がした。
「では、とりあえずこれを」
そう言うと、ゼルヴァンは自分のコートをそっとエルジェの肩にかけた。
聖女とは言え、村育ちで旅暮らしの身だ。異性からこんなふうに扱われたことはない。
エルジェの顔が赤くなる。
(く、暗くて良かった。なんて格好良いの。仕草も声も···!)
ゼルヴァンはエルジェの隣に腰掛けた。
「それで私に話とは」
「えっ」
ゼルヴァンはエルジェが何か改まった話があると思っているようだ。エルジェは内心焦った。畏まった話などないのだから。
「え、ええと、ゼルヴァン様の好きな物は何ですか?食べ物でも良いし、趣味でもいいです。あと、どこに住んでいますか?何歳ですか?あと···」
ハッとしてエルジェは固まった。しまった。これは聖女が魔王軍の幹部に聞く話題ではない。
ゼルヴァンを見ると、明らかに眉間に皺が寄っている。金の瞳が下を向き、斜め上に動いた。
「······好きな食べ物、は、肉料理。趣味は読書で···今は魔王城の一室を貰ってそこに住んでいる。歳は百三十になったな·····聖女殿は、魔族の生態に興味が?」
至極、真面目な顔で言われた。
魔族の研究をしているとでも思ったのだろうか。
「ふふっふふふ。いえ、そうではありません。貴方に興味があるのです」
ここまで言っても、ゼルヴァンは分かっていない。
「なるほど?ダークエルフに興味が···」
(真面目な人なのね)
堅物アデルと話が合うだろう。アデルも当初、王女からの好意に全く気付いていなかった。
(珍しい物を見る目で私を見てるけど、貴方の方がずっと珍しいわ。百三十年も生きていて、恋愛のアプローチを受けた事がないのかしら?この見た目で?)
「うーん」
エルジェはゼルヴァンを見ながら首を傾げる。一目惚れなど前世でも今世でも初めての経験だ。
(どうしたものかしら)
相手には悠久の時があるが、自分にはない。気付かせるだけでも時間を有しそうだ。
「ゼルヴァン様は面白い方ですね。私の突拍子もない質問にも真摯に答えてくれるなんて」
「····聖女殿は、先ほどと印象が変わりましたね?」
エルジェはにっこり微笑ってハキハキと言った。
「こっちが私の素なのです。ところで、先ほど魔王陛下からの伝言があると言ってませんでした?」
「ああ。魔族まで救けてくれた件、陛下が改めてお礼がしたいそうです。何か望みがあれば聞いて来いとのことでした」
「望み···」
(ちょうどいいわね)
ゼルヴァンと二人きりの時間が終わるのは残念だが、これから幾度となく機会はあるだろう。エルジェは決めた。
「直接お伝えしたいです。陛下の所へ連れていってください」
❉❉❉❉❉
魔王は応接室でエルジェを待っていた。エルジェは内心ほっとする。大勢の前でこの望みを言うことは憚られる。
「陛下、聖女殿をお連れしました」
ゼルヴァンが扉を開けた。魔王は正装からゆったりとした衣装に着替えている。
「このような姿ですまないな。とりあえず座ってくれ」
魔王の威圧感と魔力圧は変わらない。大きく開いた胸元の開いた服を着ているので、様々な圧に色気まで足されている。
「さて、有能なゼルヴァンがもう仕事を終えたようだな。聖女殿、私に直接言いたい望みとは何だ?」
魔王は口元に笑みを浮かべている。どう見ても、面白がっているようだ。
エルジェは促された椅子に座ると、短く息を吸って吐いた。
「陛下、私の望みはゼルヴァン様と結婚することです。もちろん、ゼルヴァン様の同意があればですが」
魔王は目を丸くし、魔王の後ろに立っているゼルヴァンも言葉を失っている。しばしの沈黙。エルジェが視線だけゼルヴァンに向けると、分かりにくいが頬に赤みが帯びている。
「フッ。フハハハ!」
魔王が魔王らしく笑う。
「いつの間にそんな仲になったのだ?知らなかったぞ、ゼルヴァン。お前がそんなに手が早いとは。くっくっくっ···!」
「誤解です。陛下」
軽快に笑う魔王に、ゼルヴァンが低い声で言った。エルジェに鋭い視線を向ける。
「何が目的でしょう?」
目的も何も。これだから堅い男は困る。自分に向けられた好意に気づく素振りもないとは。
「そのままです。ひねくれて受け取らないでください。分かりませんか?」
「何を···」
けらけらと笑いながら魔王が口を挟む。
「無駄だ聖女殿。はっきり言わねばゼルヴァンには分からぬ」
「――ふぅ。そのようですね」
眉間にシワが寄ったままのゼルヴァンを、エルジェはまっすぐ見据えた。
「私は貴方が好きなのです。結婚してくださいませ」
「········は?」
ゼルヴァンが呆然と立ち尽くす。思考がストップしたのか、口を開けたまま動かない。
魔王の笑いが収まったようだ。
「ゼルヴァン。して、同意するのか?」
「す、するわけ無いでしょう。同意致しません」
すぐに表情を引き締めたようだが、動揺が見える。
魔王が大げさにため息を吐く。
「――はぁ。だそうだ聖女殿。私としては至極残念でならないが、ゼルヴァンが同意してくれない」
想定内だ。断られると思っていた。
否定の言葉に、エルジェはそこまで傷つかなかった。むしろ口角が上がる。ゼルヴァンが、エルジェの一言で狼狽えている。好意が少しでも伝わったと思いたい。
エルジェはもう一度魔王を見据えた。
「では、望みを変えます。私を魔王城へ残らせてください」
「ほう?何のために?」
「ゼルヴァン様を籠絡させる為です」
エルジェはきっぱりと言った。
「ゴホッ!!」
ゼルヴァンが盛大に蒸せた。
「許可しよう。好きなだけ滞在すると良い」
(やった!)
エルジェはガッツポーズを決めたい所だが、そこは抑えた。
「陛下!」
ゼルヴァンが非難の声をあげる。
「これにはゼルヴァンの同意はいらないのだろう?」
「いりません!」
再度きっぱり言うと、魔王は笑い、ゼルヴァンは絶句した。
「クククッ!ゼルヴァン。聖女殿を客室へ案内してやれ。改めて明日、部屋を用意しよう」
「·······御意」
ゼルヴァンが諦めたように返事する。
(なんとかここに残れそうだわ)
応接室から出ると、ゼルヴァンがじろりと睨む。睨む姿すら好ましいので、エルジェは見つめ返した。
先に目を逸らしたのはゼルヴァンだ。
「私が何に興味があるか分かりましたか?」
「分かりかねます」
ゼルヴァンはくるりと向きを変えて歩き始めた。エルジェは目を見張った。見間違いではない。ゼルヴァンの頬が赤く染まっている。
出だしは好調だ。
「ゼルヴァン様、手を繋いでも?」
「繋ぎません」
エルジェは顔が緩むのを抑えながらゼルヴァンの後ろを歩く。
エルジェの新しい戦いが幕を開けた。
終わりです。
読んでいただき、ありがとうございます。
エルジェの猛アタック編を妄想中なので、また新しい短編か、連載に修整して投稿するかもしれません。
その際には2人のお話をまた読んで貰えると嬉しいです。




