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《同棲編》


翔くんと暮らし始めて、初めて迎えるクリスマスイブの勤務明け。

退勤前に、珍しく嶋田オーナーから声をかけられた。


「…佐伯ちゃんは、結婚するの?」


「は?」


あまりに唐突で、思わず素っ頓狂な声が出た。


「いや、清掃のパートさん達から聞いてくれって頼まれてさぁ。 こんなのセクハラだから嫌だって言ったんだけどねぇ?」


……それでも聞いたということは、オーナー自身も気になっていたのだろう。


翔くんと同棲していることは隠していない。

どこかで見られたのかもしれないし、心配されているのかもしれない。


「今のところ、そんな話は出ていませんよ?」


「あっ、そうなの!? あれ? 芹沢くんは……てっきり……」


「何のことですか?」


「……何でもありません! お疲れ様~!」


オーナーの態度に引っかかりを覚えつつも、疲れていたので深く考えず帰宅することにした。


今日はクリスマスイブ。

ラブホ勤務になってから、イブの夜に家にいるなんて初めてかもしれない。


ケーキも予約して受け取りに行くだけ、プレゼントも用意してある──

我ながら準備は万端だ。

翔くんの喜ぶ顔を思い浮かべるだけで胸が弾んだ。


(翔くん、今日は早く帰れるといいなぁ……)


予約したケーキを受け取りに行くと、店頭で男性客が店員を責めていた。


どうやら、注文したケーキが用意できていなかったらしい。


店員は平謝りし、代替品を提示しているが──

男性客は譲らない。


見ていて胸が痛くなる。

以前の自分を思い出すから。


逃げられない状況で、ひたすら謝り続けていた日々。


だから、気付けば声をかけていた。


「あの……このケーキを予約してましたか? よかったら、私の予約分をお譲りします」


香澄は静かに言った。

男性客は驚き、店員も驚き、店内の視線が集まる。


すると、男性客は態度を軟化させ、香澄が譲ったケーキを提げて店を出て行った。


店員は涙目で香澄へ感謝して、パティシエは代替のケーキに特別なアレンジを施してくれた。


世界に、ひとつだけの特別なクリスマスケーキだ。

限定スイーツに弱い香澄は、思わず笑みがこぼれた。


帰宅してスマホを見ると、翔くんからの着信とメールだった。


名古屋へ向かうことになり、今夜は帰れない──

慌ただしい中で送ってくれたのだろう。


香澄は返信して、ケーキは明日一緒に食べようと決めた。


寂しさはある。

でも、翔くんの事情もわかる。


そして──

明日会えるのが楽しみだった。


***


「芹沢くん、お願いだよ~! 今年こそ家族でクリスマスを過ごしたいんだ!」


「俺だって! 家で彼女が待ってるんですけど!?」


昨年、引き継ぎをしてくれた先輩が育休から復帰していた。

昨年は出産と育児で大変で、イブは発熱からの入院という災難に見舞われて。

今年こそ家族で過ごしたいと意気込んでいたのに──

問屋のシステムトラブルで名古屋へ行かねばならなくなったらしい。


終業時間ギリギリ。

今から向かえば、今夜中には帰れない。


翔も、香澄と過ごす約束をしていた。

彼女も楽しみにしていたはずだ。


胸が痛む。


「……俺が行きます。 先輩は帰ってください」


「えっ!? でも……大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないですけど……仕方ないのは、わかってくれると思います」


本当は、了承させたくない。

でも、先輩の気持ちも痛いほどわかる。


翔は、静かに覚悟を決めた。


***


問屋の倉庫での作業は混乱していた。

システムトラブルの影響で商品が届かず、代替案を決める必要があった。


そこへ、取引先の柏木(かしわぎ)社長代理が現れたお陰でスムーズに作業が捌かれていく。


仕事を怒涛の勢いで片付け、休憩に入った時──

香澄からの「お疲れ様!」メールに気付いた。


優しい心遣いに胸がぎゅっと締めつけられる。


すぐに電話したが繋がらず、翔は「絶対に始発で帰るから!」とメールを送った。


***


香澄はうたた寝から目覚め、翔からのメールを確認した。


始発で帰る──

その言葉に胸が温かくなる。


シャワーを浴び、軽くメイクをし、家で過ごすには少し特別なニットワンピースを選んだ。


翔くんに可愛いと思ってほしかった。


インターフォンが鳴る。


『香澄さん!ただいま~! 開けるよ?』


翔くんは鍵を持っていても、必ずインターフォンを鳴らす。

香澄を驚かせないため、そして「おかえり」を言い合うためだ。


「翔くん、おかえりなさい。お疲れ様でした」


翔くんは驚いたように目を見開き、「ワンピ可愛い……会いたかった」と抱きしめてきた。


嬉しくて胸がきゅっとなる。


軽くキスを交わしていると、翔くんのお腹が鳴って二人で笑った。


朝食を作り、昨日の出来事を話し合いながら食べていると、何か引っかかることがあるような気がして。


そして──

香澄はふと思い出して言った。


「そういえば、オーナーに“結婚するの?”って聞かれたよ」


「……えっ!? バレてる……?」


「何が?」


「いやっ!? ケーキ食べようか!!」


誤魔化した。

絶対に何かある。


「翔くん、何か隠してるでしょ」


「気のせいだよ!」


嘘だ! 目が泳いでいる!


「ケーキは私が一人で食べるから。 無理しないで?」


「なんでそんな意地悪言うの!?」


「だって、正直に言ってくれないんだもん」


「……言ったら困るクセに」


「困らないよ。 翔くんが好きだから!」


言った瞬間に、顔が熱くなる。

逃げようとしたら、翔くんに捕まえられた。


「香澄さん、言い逃げは許さないよ」


後ろから抱きしめられ、

耳元にふわりと息がかかる。


「な、何してるの……?」


「匂い嗅いでる」


「変態! 頭の匂いなんて嗅ぐの翔くんだけだよ!」


「好きな子の匂いは、どこも良い匂いだよ」


耳の裏に鼻先が触れ、スンスンと熱い息がかかる。


擽ったくて、ゾワッとする。


そして──

そっと耳に触れた温かく湿った感触に、香澄は思わず声を漏らした。


「あっ……翔くん……!」


その瞬間、

二人の距離はまた少しだけ縮まった。



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