⑦
ドアが閉まったあと、
部屋の静けさがゆっくり戻ってきた。
さっきまで隣にあった体温が、まだ腕に残っている気がする。
胸の奥がじんと熱い。
風邪のせいだけじゃない。
……どうして、あんなに優しいんだろう。
ベッドに腰を下ろすと、
ふわりと息が漏れた。
身体はだるいのに、心だけが落ち着かない。
触れられた肩の感触。
近くで聞こえた息づかい。
名前を呼ばれた声。
思い出すたびに、
胸の奥がふるっと震える。
唇が触れた瞬間のことを思い返すと、顔が熱くなって、毛布に顔を埋めた。
……弱ってるときに、あんなの、ずるい。
そう思うのに、嫌じゃなかった自分がいて、そのことのほうがよっぽど苦しい。
熱が上がったのか、気持ちのせいなのか、もう自分でもわからない。
静かな部屋の中で、胸の奥だけがずっとざわざわしていた。
香澄は熱の残る頭で、先ほどの出来事をぼんやりと反芻していた。
──芹沢さんがお見舞いに来てくれて。
心配して、色々とあんなにたくさん買ってきてくれて。
机に並べられた品々を見ながら、胸の奥がじんわり温かくなる。
大人になってから、誰かが“様子を見に来てくれる”なんて初めてだ。
前の職場では、体調を崩しても電話やメールで確認されるだけで、誰かが来てくれることなんてなかった。
お互いの関係は、どこか希薄だった。
なのに──
知り合って間もない芹沢さんは、当たり前のように心配して来てくれた。
嬉しいような、恥ずかしいような。
胸の奥がじんわり熱くなって、泣きたくなるほどだった。
だから、居たたまれなくて。
風邪をうつしたくないし、泣きそうな顔を見られたくなくて、帰ってもらおうとしたのに──
起き上がろうとした瞬間、肩を掴まれて。
驚いて目が合って。
気付いたら、キスされていた。
告白されて…嬉しくて、素直に応じてしまった自分がいる。
だって、普段のワンコくんじゃなかった。
あの時の芹沢さんは──
“私が欲しくてたまらない男の人の顔” をしていた。
思い出すだけで、ゾクリとする。
嬉しくて、恥ずかしくて、気持ちよくて……
優しい指先の感触を思い出すと、胸の奥がきゅっと疼く。
「もっとキスしてほしかったけど……熱とか、汗とか……下着とか……色々あるし……」
あのまま止めなかったら、きっと最後まで流されていた。
そう思うと、顔が熱くなる。
「……私、芹沢さんのこと好きなんだ……」
自覚した瞬間、さらに熱が上がった気がした。
「ダメ……! とりあえず何も考えずに寝る!」
毛布を引き寄せて目を閉じると、ふわりと残り香がした。
芹沢さんの香り。
それだけで、不思議と安心して眠りに落ちた。
翌朝、目を覚ますと身体はまだ少しだるいが、熱は下がっていた。
シャワーを浴びながら、深く息を吐く。
「ふう……」
洗面台の鏡に映る自分の顔を見つめていると、
ふと昨夜の声がよみがえる。
(……猫耳、似合うかな……)
毛先をつまんだ指先に、じんわり熱がのぼる。
「……似合わないよね……でも……」
ちょうど、そのタイミングでオーナーから連絡が入った。
「芹沢くんに様子は聞いてるよ~。 とにかく三日は休むように! お大事に~!」
どこか楽しげな声だったのが気になるけど…。
ありがたく、養生させてもらうことにする。
冷蔵庫から、芹沢さんにもらった《ほろ苦キャラメルプリン》を取り出し、スプーンを入れる。
ほろ苦いカラメルが甘さを引き立てていて、思わず頬が緩む。
──そういえば、あの日の限定カボチャプリンは食べ損ねたんだった。
無念……!
でも、このプリンも十分に美味しい。
芹沢さんの差し入れは、いつもハズレがない。
ふと、お礼のメールを送ろうと思ったが──
連絡先を知らないことに気付いた。
「今度『ロワール』に来てくれた時に、絶対聞こう……」
アイコンは……猫耳をつけた私にしたら喜ぶかな?
色は黒だな、と考えてひとりで笑ってしまう。
さて、ワンコくんの反応はいかに。
(……翔くん、撃沈のち悶絶!)
※ひとまずは、ここまでです。(読みやすさ重視で!)
プロポーズ的な話も存在しますが…ご興味がありましたら、よろしくお願いします。




