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……インターフォンの音が、熱で重い頭にゆっくり染み込んだ。


まぶたが重くて、身体も思うように動かない。

それでもなんとか起き上がり、モニターを覗く。


そこには、心配そうに眉を寄せた芹沢さんが立っていた。


シュンとしたワンコくん……。

その表情に、少しだけ気持ちが和らぐ。


「はぁ~い……」


通話ボタンを押すと、すぐに慌てた声が返ってきた。


『大丈夫ですかっ!? あっ、芹沢です!』


ダルそうな声に驚いたのだろう。

モニター越しに見る限り、彼の怪我はもう大丈夫そうで、それだけで少し安心した。


「風邪をひいてしまって……熱があるので、寝てました」


『あぁ! 起こしてしまい、すみません! あの……お見舞いに色々持ってきたので、ドアノブに掛けておきますね! 後で回収してください!』


「……待ってください。 直接、受け取ります」


少し考えてからそう伝え、カーディガンを羽織って玄関へ向かった。


ドアを開けると、重そうなレジ袋を提げた芹沢さんが立っていた。

直接受け取って正解だった。あれをドアノブに掛けられたら壊れていたかもしれない。


「突然すみません! 『ロワール』へ行ったら、佐伯さんが体調不良で休んでるって聞いて……。 大丈夫なんですか?って聞いたら、オーナーに“代わりに様子を見に行ってくれ”って頼まれて……来てしまいました」


心配そうに顔色を窺いながら、早口で説明してくる。


「……オーナーが押し付けたみたいで、こちらこそすみません」


「いやっ、違います! 俺が……心配で、会いたかったんです!」


勢いよく詰め寄られ、香澄は驚いて後ずさる。

熱のせいで脚に力が入らず、よろけた瞬間──


芹沢さんが腕を掴んで引き寄せ、そのまま抱きとめてくれた。


「……?」「……っ!?」


驚いたように目が合う。

熱で潤んだ視界が揺れて、距離感が曖昧になる。


息が止まったような静けさの中で、互いに固まり、しばらく見つめ合ってしまった…。


***


「本当に、失礼しました!」


ベッドの横で、芹沢さんが深々と頭を下げる。


「大丈夫です。 気にしないでください」


香澄は熱で赤くなった顔のまま、弱々しく微笑んだ。


玄関で抱きとめた時、彼女の体温が驚くほど熱くて──

翔は胸がぎゅっと締めつけられた。


「あっ、熱い……! とにかく横になってください!」


慌てて手を引き、ベッドへ誘導した。


熱はまだ高い。

ツラいだろうな……。


翔はレジ袋から、飲料や冷却ジェルシート、レトルトのお粥などを取り出し、机に並べた。


「よかったら使ってください。 食欲ないかもしれませんが……お粥もありますから」


すると香澄は、吊り目をふにゃりと下げて笑った。


「……こんなに、たくさん。 ありがとうございます……」


熱のせいで潤んだ目、赤い頬。

無防備な笑顔が可愛くて、翔はしばらく見惚れてしまった。


──あぁ、俺……佐伯さんのこと、本当に好きなんだ。


風邪で休みだと聞いて、心配でたまらなかった。

顔を見るまで安心できなかった。

毎日でも『ロワール』へ行くつもりだった。


……重い?

いや、でも本当にそう思ったんだ。


自分の気持ちに呆然としていると──


「あの……風邪がうつったらいけないので、そろそろ……」


香澄が起き上がろうとした瞬間、翔は咄嗟に肩へ手を伸ばし、そっと押しとどめてしまった。


驚いたように目が合う。

熱で潤んだ瞳が揺れていて、吸い込まれそうだった。


その距離の近さに、胸の奥がふっと熱くなる。

息が近い。

鼓動がうるさい。

距離が、もう戻れないところまで近づいていた。


気付いた時には──

唇が触れていた。


熱のせいか、触れた瞬間に体温が伝わってくる。

柔らかくて、息が近くて、胸の奥が一気に熱くなる。


角度を変えて重ねると、香澄が小さく息を漏らした。

その反応が愛しくて、翔はそっと抱きしめる。


「うわ……可愛い……」


思わず口に出てしまい、香澄はさらに真っ赤になる。


(……猫耳つけたら、もっと可愛いんだろうな)


心の中だけのつもりだったその言葉が、声になって漏れていたことに、翔は気付いていなかった。


「……え? ね、猫耳……?」


香澄がぽつりと呟いた瞬間、翔は「しまった」という顔で固まった。


「い、いやっ! 違っ……違うんです! その……いや、違わないんですけど……!」


慌てふためく翔を前に、香澄は熱で赤い頬のまま、さらに真っ赤になって俯いた。


追い込まれた猫みたいに固まった香澄を見て、翔の胸はまたぎゅっと締めつけられた。


耳元に唇を寄せ、震える声で告げる。


「……佐伯さんが、好きです」


くすぐったいのか、香澄はふるっと震え、涙目で顔を肩に埋めた。


「……弱ってるときに言うのは、ズルいよ……」


その言葉が可愛くて、胸が締めつけられる。


「……もう少し、キスしていいですか?」


小さく頷くのを確認して、そっと唇を重ねる。

深くはしない。

ただ触れるだけの、優しいキスを何度も。


香澄の息が熱くて、触れた指先にまで伝わってくる。

額に触れると、彼女は「ん……」と小さく息を漏らした。


その反応が愛しくて、もっと触れたくなる。

けれど──


「……っあ、ダメ……!」


涙声で止められ、翔はハッと我に返った。


目を潤ませ、息を荒げた香澄が、苦しそうに首を振っている。


「……ごめんなさい! 佐伯さんが可愛すぎて……やりすぎました!」


翔は必死に謝った。

体調が悪いのに、気持ちが暴走してしまった。


熱が上がったように見える。

本当に申し訳ない。


「……お大事にしてください!」


これ以上一緒にいたら、理性が持たない。

翔は断腸の思いで部屋を後にした。



……やってしまった。


体調が悪いのに、弱っているのに、あんなふうに触れてしまった。


『……っあ、ダメ……!』


涙声で止められた時、翔は一気に現実へ引き戻された。

必死に謝りながらも、胸の奥では別の感情が暴れていた。


触れた唇の柔らかさ。

熱で潤んだ瞳。

肩に触れたときの震え。


全部が、頭から離れない。


理性は“最低だ”と責めてくるのに、心臓はまだドクドクとうるさく鳴っている。


部屋を出て、冷たい夜風に当たった瞬間──

胸の奥の熱が、さらに強くなった。


「……香澄さんのことが、好きだ」


口に出した途端、自分の鼓動が跳ねた。


後悔もある。

情けなさもある。

でも、それ以上に──

香澄さんのことを想う気持ちが、どうしようもなく溢れてくる。


帰り道、足取りは落ち着かないまま、ずっと胸の奥がざわざわしていた。



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