最終話《家族という、光のなかで》
星付きレストランのメインダイニングを貸切りにしたウェディング会場は、柔らかな照明と花の香りに包まれていた。
信じられないほどの縁が重なって、今日という日を迎えられたのだと思うと胸が熱くなる。
「本日はおめでとうございます!」
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます!」
何度も繰り返す挨拶に、少しだけ気疲れしてきた頃──
「香澄さん、大丈夫? もう少しでケーキだよ!」
「うん、頑張る……。 なんか、すごく盛大になっちゃったね」
兄さんを説得した後、私たちは“こぢんまりしたパーティーでいいよね”と話していた。
けれど兄さんが如月夫妻に相談してくれたことで、思いもよらない形で今日の会場が決まった。
──縁って、本当に不思議だ。
先ほどから、ピアノの生演奏が会場の空気をやわらかく包んでくれている。
「そういえば、あの柏木さんってピアニスト、俺の会社の取引先の息子さんなんだよ」
「……システムトラブルで駆けつけた、名古屋の取引先……だったよね?」
「そう! 病気療養中だった社長が順調に回復してて、もうすぐ復帰するって聞いたよ」
「良かったね。 本当に、いろんなところで繋がってるんだね」
ピアノの音色は、どこか懐かしくて、胸の奥に静かに染み込んでいく。
初めて聴く演奏なのに、不思議と印象に残る音だった。
ふと視線を向けると、如月さんが優しい表情で音色に耳を傾けていた。
まるで、彼の奏でる音に“何か”を知っているような…そんな表情で。
そして──
今日のウェディングケーキは、あのクリスマスイブのケーキ店のもの。
「引出物はお菓子にしようと思うんだけど、香澄さんは何か希望ある?」
「希望は特に……あっ! ウェディングケーキは希望あるかも!」
あの特別なケーキを、もう一度食べたい。
そう思った瞬間、胸がきゅっとした。
「レストランのパティシエさんに失礼かな……?」
「説明すれば大丈夫だよ。 二人の記念のケーキなんだから」
支配人は快く承諾してくれた。
そして依頼に行ったケーキ店で──
「あっ!? あの時のお客様ですよね!」
「クリスマスケーキの店員さん……? パティシエだったんですか!?」
「まだ見習いです! あの時、お客様が譲ってくださったおかげで、私はパニックにならずに済みました。でもそれ以上に、先輩が作った即興のアレンジをお客様が『世界に一つ』と喜んでくれたのを見て…『お菓子には人を感動させる力があるんだ』と確信して、この道に進もうと決めたんです!」
あの日の小さな出来事が、誰かの未来を動かしていた。 その事実に、胸がじんわり温かくなる。
「特別な日のケーキをお願いしたくて来ました」
「ぜひ! 全力で作らせていただきます!」
先輩パティシエさんも加わり、今日のケーキが生まれたのだ。
***
「香澄さん、お待ちかねのケーキだよ!」
「すごい……! 綺麗で……美味しそう!」
ワゴンで運ばれてきたケーキは、あの日よりもさらに美しくアレンジされていた。
見た目だけじゃない。“美味しそう”と思えることが、私にとっては何より大事だ。
「はい、香澄さん。 あーんして?」
差し出されたスプーンには、これでもかというほど大きなイチゴと、たっぷりのクリーム。
私の口のサイズを考えてる? と聞きたくなるようなボリュームだけど、彼の瞳は驚くほど真剣で、愛おしそうに私を見つめている。
「……うん。 やっぱり衆人環視は恥ずかしいけど……」
口に入れた瞬間、疲れが溶けていくように甘さが広がった。
「香澄さん? 俺にも食べさせてよ?」
「あっ……どうぞ!」
慌てて口元へ運ぶと、翔くんが嬉しそうに頬張る。
「ところで、この飾り……」
「持ち帰り用に特別に作ってもらったの。 見習いパティシエさんに!」
キャラメル頭のワンコと、吊り目の黒猫。
ウェディング仕様のマジパン人形だ。
「このカップルに産まれる子供は……?」
「それは、産まれてからのお楽しみ!」
そう言いながら、そっとお腹に手を当てた。
──妊娠していると知ったのは、つい最近。
身体が重いと思ったり、白米が妙に美味しく感じたり……桂良さんに相談して婦人科へ行ったら、妊娠していた。
「翔くんみたいな、ふわふわの髪の子がいいなぁ」
「俺は香澄さんみたいな黒髪がいいけど?」
お互いに無い物ねだりだけど、新しい命のことを話すだけで胸が温かくなる。
「翔パパ? これからもよろしくね」
「うっ……ヤバ……香澄さん、それ反則……!」
翔くんは涙目になりながら、私を睨む。
その顔が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「香澄さんは……ママっていうか、お母さんって感じなんだよなぁ」
「……年上だから?」
「いや、何だろう……甘いだけじゃなくて、母性があるっていうか」
「翔くん、それはまだ早いよ?」
でも、翔くんが嬉しそうにお腹を見つめる姿を見て、
胸がじんわりと満たされていく。
──こんな不器用な私でも、家族を持てるんだ。
「翔くんの奥さんになれて、すっごく嬉しいよ」
「……っ、やっぱりギャップが……ヤバい……!」
翔くんはキャラメル頭を抱えて悶えている。
首まで真っ赤だ。
「……香澄さん。 俺と家族になってくれて、ありがとう」
「うん……私も。翔くんと一緒にいられて幸せだよ。 愛してる」
「……ヤバ……無理……泣く……! 俺も……愛してる……」
翔くんが泣き出してしまい、兄さんが「しっかりしろ!」と背中を叩いていたらしい。
***
その後に産まれたのは──
ふわふわ頭で、少し吊り目の可愛い女の子。
兄さん夫婦も、咲良ちゃんも、如月夫妻も、晃汰くんも…みんなが順番に娘を抱き上げて、嬉しそうに笑っていた。
小さな手を握られるたびに、娘はくすぐったそうに身をよじる。
その仕草が可愛くて、みんながつい甘やかしてしまう。
その光景を見ているだけで、私は嬉しくて泣いてしまった。
「結婚式では泣かなかったのに? 香澄さんらしいね!」
翔くんは笑って言った。
ここにいる全員が笑っていて──
この時間が、少しでも長く続けばいいと願える自分がいることが、胸の奥をそっと温かくした。
この温かさを抱いて、これからも家族で歩いていける気がした。
※ここまでが、リライトして再投稿した話です。
※物語の整合性を整えるため、少し修正を加えました。
香澄たちの物語を見守っていただけると嬉しいです。




