【祝!100万PV】ヴィのダンス
ディルニアスとヴィの結婚式の後(ep10)で、レイモンドがダイアナに求婚する(番外編)よりも前のお話です。番外編は読んでいなくても大丈夫だと思います。
「……知らなかったわ」
ヴァイオレットは項垂れた。
初めて知った事実の衝撃の為に、紫水晶色の瞳にはうっすらと涙が滲んでいる。肩を落とす姿に、皆、同情を禁じ得ない。
しかし部屋に居る誰も、声をかけることが出来なかった。緊張した沈黙が続く中、ヴァイオレットは、ほぅっと溜息を吐き、窓の外へと視線を移した。
「わたしって……」
「ヴァイオレット様……」
「ダンスが下手だったのね」
床にはライアンが倒れ伏していた。
「そんなことはありません! 兄に忍耐力が無いだけですっ!」
「……じゃあ、お前が……相手、役、をやって……みろ!」
ライアンとて、多少の痛みであれば、「大丈夫ですよ」と我慢することは出来る。実際、妹のダイアナのダンスの練習相手を務めてきたのだ。何度も、足を踏まれてきた経験はある。
しかし、ヴァイオレットのそれは、違っていた。
全く容赦がないのだ。
そこに悪意がある訳ではない。だが、ダンスに自信がない令嬢であれば、自分の足の下に相手の足があれば、慌てて足を退けるだろう。何度か続けば、足を下ろすときに気を付けるようになるだろう。
しかし、ヴァイオレットは自信満々に、自分の足を下ろしていた。相手の足を踏みつけていても、思いっきり体重を乗せていた。寧ろ、どうしてわたしの足の下に足を入れるの? と不思議そうにライアンを見上げた。
微塵も、自分が間違っているとは思っていないのだ。
ライアンは頑張った。
しかし。
足の甲をヒールで踏まれ、爪先を踏まれ、脛を蹴られ、脇腹に肘が入り、ライアンの身体が精神よりも先に限界を迎え、床に倒れ伏した。
「いやですわ、ライアンお兄様。淑女のわたくしが男性のステップを踏めるわけがないじゃないですか」
ほほほと笑うダイアナに、ライアンは悟った。「男性のステップももしもの時の為に教えて!」と言われ、もしもの時って何だ? と思いながら教えたのだから、ダイアナが男性側のステップを踊れることをライアンは知っている。なのに、わざわざこんな事を言うということは、ダイアナはヴァイオレットがダンスが下手であることを知っていたのだろう。
もしかして、とこの部屋に居るもう一人の男性、ディルニアスの弟のレイモンドに視線を向けると、レイモンドはライアンに向けてにっこりと笑った。
「いや、ダンスとか以前に、義姉上と踊るなんてことをしたら、兄上に何をされるか分からないからね! 私は命が大切だもの。義姉上と踊ることを許されるなんて、ライアンは本当に兄上に信頼されているよね!」
レイモンドは確かに兄のディルニアスを差し置いてヴァイオレットを踊ることは許されなかっただろう。だが、その満面の笑みにライアンは疑念を抱いた。
「……大体、第二王子殿下がこんなところで何をなさっているのですか?」
「見物……じゃなくて、見学?」
完全に面白がって見に来たな、とライアンはダンスの練習室であるよく磨かれた床に突っ伏した。
「やあ、ヴィ! 私の最愛の妻よ、遅くなってすまない! 寂しかっただろう? 本当に申し訳ない。ああ、君のその儚げな憂い顔はとても美しいが、そうやって陽光を浴びながら空を見つめられると、そのまま私を置いて天に帰ってしまうのではないかと不安になってしまうよ、私の女神。どうかお願いだ、窓の外ではなく、私を見て微笑んで愚か者を安心させてくれないか?」
扉を開けて入ってきた瞬間から語りかけながら、ディルニアスは床に倒れているライアンをわざわざ跨いで、ヴァイオレットに歩み寄った。
ヴァイオレットを抱き寄せ、両の目尻にキスをして、顔中にキスの雨を降らせてヴァイオレットがくすぐったくなり微笑んでディルニアスを見上げれば、ディルニアスは安心したように微笑した。
そうして。
「で、ライアンはどうしてそんな所で寝ているんだい?」
ヴァイオレットには決して見せることのない、ディルニアスの嗤った笑顔に、ライアンは「そんなに言うならヴィと踊ってみるが良い」と言われた意図を察した。
「……殿下、こうなることが分かっていて」
「君がヴィも他国の賓客と踊るべき、なんて言うからさ」
踊るべき、というか結婚をしてディルニアスの妻となり、正式な王太子妃であるのだから本来は当たり前なことである。結婚披露パーティーの時に、「わたしが代わりましょうか」と言ってくれたことから、ヴァイオレット王太子妃に頼む方が楽かも! という打算は確かにあった。
思い返してみれば、今までヴァイオレットがディルニアス以外と踊っているのを見たことはなかった。なかったが、ディルニアスと軽やかに踊っている姿を見てきていたのだ。
まさか、ディルニアス以外と踊れないとは思わないではないか。
「ねえ、ディー。わたし、ダンスが下手だって知らなかったわ……」
「下手だって? そんなことある筈がないだろう! ヴィは小鳥のように軽やかに踊っているし、みんな君に見惚れているじゃないか!」
「だけど……」
ヴァイオレットは、倒れているライアンに視線を落とした。
「ああ、ヴィ。違うよ。君のダンスを一番上手にリードが出来るのは、私だけってことさ。何しろ、ヴィにダンスを教えたのは私だからね!」
恐るべし、ディルニアス。
自分以外と踊れないようにヴァイオレットが子供の頃から教え込んでいたのか、とその場に居る人間は戦慄すると同時に納得した。
「……良いなあ」
レイモンドがぽつりと呟いた言葉は、幸いダイアナの耳には届かなかった。
100万PV達成記念に書きました。ありがとうございました!
ダイアナは男性パートを覚えてからヴィと踊ったことがあるのですが、ヴィはダイアナが慣れていないからステップを間違えたのだろう、と思っておりました。ダイアナは、その時に色々と察しました(笑)
ヴィは運動音痴なのでステップが色々とずれるんですが、自信満々に踊っております。ディルニアスが全てヴィに合わせて踊っているので、ヴィは気持ちよく踊っていますし、ダンスは得意だと思っていました。ディルニアスは嘘を教えたわけではなく、矯正しなかっただけです。レイモンドは勿論、ダイアナに会いに来てますが伝わっていません。




