お買い得だよ? 9
「……まずは、王子妃を容姿だけで選ぶ訳にはいかない。いくら容姿が整っていても、中身が空っぽであれば良からぬ者に利用されたり、愚かな命令を下したりする可能性が高くて害しかない。これは、分かるだろう?」
「はい」
ディルニアス王太子殿下も同じようなことを言っていたなと思いながら、ダイアナは頷いた。
「僕は、容姿だけで中身のない人間を好きになるほど愚かではないつもりだし……いや、その辺りは人の好みの問題だから深くは追及しないけど。とにかく、僕は君が可愛いと思っているし、義姉上を支えようと頑張っている君の中身も格好良いと思っている。義姉上が本当に羨ましい。だけど、ねえ?」
レイモンドはダイアナの目を覗き込むように、顔を近づけた。
「君は、どうして自分を可愛くないと思っているの?」
ダイアナは一瞬、言葉に詰まった。
「それは、……そう、言われたからです」
「誰に? 君のご両親に?」
「いいえ」
「ご兄姉に?」
「いいえ」
「公爵家の人たちに?」
「いいえ」
「ヴァイオレット義姉上に?」
「いいえ!」
ダイアナは、思わずレイモンドを睨むように声を上げた。
「そんなこと、言われていません!」
叫んでから、気が付いた。
そうだ。自分の大切な人たちは、誰も「可愛くない」なんて言わなかった。寧ろ、「可愛らしい」と言ってくれていたのに、自分が意固地になってその言葉を信じてこなかった。
「可愛くない」と言ってくるのは、自分を敵対視する人たちだった。ヴァイオレットの傍にいることに、王家と近しい位置に在る子爵家の娘を蔑み、嫉妬している人たちだった。
思い返してみれば、子供の時に自分に「可愛くない」と嗤った三人の婦人も、子爵家の娘が王太子の婚約者の遊び相手をしている、という立場を羨み、八つ当たりでこき下ろしてきたのだろう。子供の時はそんなことは分からなかったから、言われた言葉をそのまま受け取り、深く、深く刺さってしまっていたのだ。
ダイアナは、今更ながらに気が付いた。
「知っていた? 君に暴言を吐いたご婦人三人は、それぞれ領地に謹慎させられていて、未だに王都には出てこられないんだよ」
「え?」
初耳であったダイアナは驚いた。
「公爵家と兄上を怒らせたからね。でも、この話には続きがあってね」
レイモンドは、我慢できないというようにくすくすと笑った。
「その時、まだ子供の義姉上が、『この婦人たちに装飾品やドレスを売る商会からは自分は一生何も買わない』って宣言したんだ。未来の王太子妃、王妃にそう言われたら誰もその家には販売しないよね」
あの日のことを、ダイアナはヴァイオレットに話したことはない。
知っていたのか、と。
知っていて、何も言ってこなかったのかと胸がいっぱいになった。
ダイアナが意固地な性格であることをよく理解しているヴァイオレットだからこそ、黙って見守ってくれていたのだろう。
「ヴィオラ様らしいですね」
ダイアナは、微笑を浮かべた。
「分かるだろう? 君は、君を大事にしている人たちの言葉を信じずに、君を傷つけてやろうとした人たちの言葉をまんまと信じてしまったんだ」
そう、なのだろう。理性では理解している。
でも。
「だからって、じゃあわたし可愛いんだわ! なんて思えません!」
「そりゃそうだよね。分かるよその気持ち!」
レイモンドは力強く、うんうんと頷いた。
その様子を怪訝に思い、ダイアナは身を引こうとしたが、レイモンドはずっとダイアナの手を掴んだままだったので、顔を少し反らす程度しかできなかった。
「君は可愛くないから僕の隣に立つのに相応しくないって言うけどさ。さっきも言ったけど、僕だって、小さな頃から周囲の人間に地味だとか見劣りするとかぶさいくだとか言われてきてるからね」
「……だから、誰がそんなことを?」
思いの外低い声が出たダイアナに、レイモンドは小さく笑った。
「純血統主義って言うのかな。開祖である金髪金目の英雄を崇めている人たちが居てね。僕みたいなくすんだ色の金髪に茶色に近い琥珀色の瞳は、蔑まれているんだよ。兄上を崇拝している人たちだと言えば分かるかな?」
ダイアナは思いっきり、眉を顰めた。
「何なんですかその人たちは! 殿下は格好良いし、頭も良いし、政治的策略も出来る腹黒さを持っている立派な王子様なのに!」
「え? それ、褒めてる?」
「褒めてます! 王太子殿下の腹黒さに引けを取りませんよ!」
「うーん、兄上に引けを取らないというのは、喜ぶべきなのかな……?」
そう納得しようとしているレイモンドに、これはなかなか根が深いな、とダイアナは思った。兄のディルニアスが完璧な王太子であるが故に、色々と比べられてきたのだろうなと容易に想像出来てしまった。
「でもまあ、君が格好良いと言ってくれるのは嬉しい」
照れたように目元を赤く染めながら、レイモンドは破願した。まるで、褒められた子供のような嬉しそうな表情に、ダイアナはどきりとした。
「……あの、殿下。手をそろそろ離していただきたいのですが」
「え? 嫌だよ」
「喉が渇いたから、お茶を飲みたいのです!」
「うーん、じゃあ」
そう言って、離してくれたのは片手だけだった。ダイアナは本当に喉が渇いていたので、片手でグラスを掴み、既に温くなってしまったお茶を一気に口にした。
礼儀作法も淑女の礼も何もない、ごくごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干し、だんっ! と音を立ててテーブルにグラスを置いた。高いグラスなので実際には「とん」という音であったが、それでも淑女としてはマナー違反である。
ちらりとレイモンドを見ても、怒ることも眉を顰めることもなく、感心したような笑顔でダイアナを見つめていた。
「もう一杯いる?」
そう言って、ようやくダイアナの手を離し、立ち上がって自らピッチャーを取りに行った。
「……なんで殿下が注いでいるんですか」
ダイアナは精神的に疲れ果ててしまったので、こぽこぽと注がれる琥珀色の液体を見ながら問いかけた。
「見様見真似だよ。好きな人の世話をする、というのに憧れていたんだ」
レイモンドの琥珀色の目は、嬉しそうに輝いていた。
「兄上がいつも嬉しそうに義姉上の世話を焼いているだろう? どんな気持ちなのかなってずっと想像していた」
世話をされる身なのに、世話を焼くことに憧れていたというレイモンドと、注いでもらったグラスをダイアナは見比べた。
レイモンドは自ら椅子を移動させて、ダイアナの隣に腰を下ろした。
「殿下は王族としての責務をきちんと果たしていらっしゃるのに、考え方は王族らしくないですね。まるで」
まるで、普通の男の人みたいだ。
そう思い、ダイアナはその言葉を口にすることに躊躇した。
けれども、レイモンドはダイアナが飲み込んだ言葉を分かっているというように、満面に笑みを浮かべた。
「ようやく、僕を一人の人間として見てくれたかい?」
ダイアナはうっ、と言葉に詰まった。
「ばれていない訳ないだろう? 王子としてはそつなく扱ってくれるけど、君を誘っている言葉も日常会話も挨拶も全て! 『ヴァイオレット様にお伝えしておきますね!』って、僕の話の内容を全然聞いてくれていなかったもんね?」
「いや、それは、仕方ないと思いませんか? まさか第二王子様がって思うじゃないですか?」
「多くの貴族令嬢は思わないんだけどね」
そういうものなのか……? とダイアナは首を傾げた。
「まあ、君は、王子の僕じゃなくても相手が誰でも聞き流していたから良いんだけどさ」
「え? そうなんですか?」
他にもいたの? と驚くダイアナを、レイモンドはもの言いたげな目で呆れたようにダイアナを見た。
「君はもてていたよ。可愛くて、明るく、元気で貴族の令嬢で、王太子妃の傍付きでお気に入りなんだからね」
なるほど。出世を狙う変な輩に目を付けられていたのか、とダイアナはすぐに理解した。
「そういった輩も含めて、僕とロイで色々と潰して回っていたんだけど」
「え? ロイが?」
ということは、かなり危ない人にも目をつけられていたのだろうか? とダイアナは今更ながらに慄いた。
「ひとまず、気長に人間として見てもらえる日を待とう、と思っていたら条件を満たした人と結婚する! とか言い出してさ。これはもう、悠長にしていられないと思って、求婚したんだよ」
そこで何故求婚をするのだろう? とダイアナは不思議に思った。普通はお付き合いを申し込むとかではないのだろうか?
「君にお付き合いを申し込んでも、認識してもらえないからね。求婚を申し込んで衝撃を与えないと、僕を認識してくれないでしょう」
「まさか、さすがにそれは」
「そうだった」
レイモンドは強く断言した。
過去にお付き合いを殿下から申し込まれたことがあったのか? いやしかし全く覚えがないのだが? と記憶を掘り起こしてもやはり何も思い出せることはなく、ダイアナはそのまま黙ることにした。
「君に好意を抱いているまともな男もいるよ。君が出した条件を了承してでも君と結婚したいと思う男はいるだろう。だから僕は焦った。大体、まずは僕を人間として見てもらうところから、って本当に僕は涙ぐましくない?」
「そうですね」
確かに人間として見たことがなかったので、ダイアナは憐憫の目でレイモンドを見つめた。
「……僕は、王子だから。普通の貴族令嬢なら、喜んで僕の求婚を受けるだろう。だけど、君は違う。王子の僕に、これっぽっちも興味を持っていない。人としても見てくれなかった。僕は今日、全てを君に曝け出したつもりだ」
────僕をどう思う?
「……ずるい人、ですね」
真っ先に浮かんだ、ダイアナの感想だった。
王命で、ダイアナの意志など無視して結婚を命じることも出来る人なのに、わざわざ弱小貴族の娘の気持ちを確認しようとしてくる。
ずるい人だ。
自分の気持ちを素直に口にしなければならないではないか。
「僕は、恋愛結婚しかするつもりはないからね。僕に許されている、唯一の我儘だ。どんな手でも使う」
公の場と同じように、微笑みを浮かべた表情だった。だが、琥珀色の瞳が不安に揺れているのが、ダイアナには分かった。分かるようになってしまった自分に、ダイアナは苦笑した。
「……わたしは、殿下は物語の中の王子様のようだと思っていました。格好良くて、賢くて、いつも微笑みを浮かべて誰にでも親切で」
そうして、隣に座るレイモンドに向き合った。
「そういう美しい、自分とは無縁の世界の住人なんだと思っていました」
レイモンドは微笑って頷いた。
「今は?」
「今は……」
本当に言って良いのかな、と悩んだのは一瞬だけだった。考えるまでもなく、今日はダイアナは、レイモンド殿下の前でいつも通りの自分を出して話をしていたのだ。今更、不敬だと怒られることはあり得ないだろう。
「最初、『条件に当て嵌まるから』と結婚を申し込まれた時は、本当に悲しくて悔しくて、何て意地悪な人なんだと腹が立ちました」
「ごめん。わざと意地悪な言い方をした。今まで全く気が付いてくれなかった君に、ちょっと仕返しをしたかったんだ」
「もうしないでくださいね」
「……うん。うん、もうしないよ」
レイモンドはダイアナに伸ばしかけた手をぎゅっと握りしめ、自分の膝の上に置いた。
「真面目な方だと思いました。きちんと王家の責務を全うしている。苦労性で、責任感の強さ、孤独さを想いました」
「ありがとう。理解してくれて、嬉しい」
レイモンドは、ほっとしたように微笑んだ。
「よく笑う方だな、と。子供のように、何がツボに嵌っているのか分からないことで涙まで流してげらげらと」
「だって、君の言動が面白いんだから仕方ないよ」
「まあ、失礼な」
「褒めているんだけどな」
レイモンドは、楽しそうに笑った。
「それに趣味がとても悪い」
「それは、違うよ。僕は、とても見る目があるのさ」
自信満々に、レイモンドは笑った。
くるくると、レイモンドの笑顔が変わっていく。
「……それで?」
レイモンドが、緊張した表情で口にした。
ダイアナは、自分の心の中を見つめた。
嫌な人ではない。尊敬できる人だ。涙を流してお腹を抱えて笑っている姿は、年上の人なのに、子供のようで可愛らしかった。公の微笑みよりも、くるくると変わる楽しそうな笑顔の方が好きだ。いつも、こんな風に笑っていて欲しい。
好き、だとは思う。
だけど、恋愛としての好きなのかは分からない。
だから、正直に言った。
「今まで人間として見ていなかった人を、今日突然、恋愛として好きになるわけないじゃないですか!」
「君が心からの本音で言っているのが理解できるから、かなり傷つくんだけど!」
開祖の英雄(過去のディルニアス)はウィンダリアの王家とは血が繋がっていないのですけど、千年の歴史の中でそうなっています。簒奪しましたとは残せなかったでしょうし、途中で何度も金髪金目の賢王が存在していますから、普通に先祖だと思われています。
さて、次で最終回です! まだ最後まで書いてませんが大丈夫だと思います。次は12/8(月)投稿予定です。よろしくお願いします。




