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【本編完結】わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。  作者: ふらり
前世編

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20/28

ただ、それだけが、わたしの希望(願い) ー前世編ー

前世のヴィさん視点です。

 気が付いたら、彼女は一人だった。

 

 植え付けられた知識で、全てのことは分かっていた。自分は地上に残された最後の神であること、他の神々は自分を残して皆天界に帰ってしまったこと。人間が、神との契約を破棄するように導く為に自分は醜い姿で創り出されたこと。この責務が終わったら、本来の姿に戻り父神が望みを一つ叶えてくれるということ。

 彼女の両腕と、蛇のようになっている腰から下は地中に埋まり、周囲を木々に囲まれている今いる場所から、動くことは出来なかった。ある程度、森の中に移動することは出来たが、それ以上は見えない壁があるように阻まれた。

 彼女の世話をする役目という四大精霊がいたが、彼らとはお互いの意志を通じることはできるが、会話は出来なかった。四代精霊たちに、感情はなかったからだ。

 彼女の居る空間の頭上は、木々はなく、空を見上げることが出来た。だが、雨が降っても濡れることはなく、風は彼女の周囲に吹くことはなかった。

 煌びやかに飾られた馬や鎧を着た人々が、偶に訪れては彼女の前に様々な動物の死骸や果物やお酒を置いて、さっさと帰っていった。彼女はお腹が空くことはなかったから食べ物には手を出さなかったが、頭の上の蛇たちがそれらを貪り食べていた。

 王たちは定期的にやってきた。彼女の感覚からすれば、また来たのかと思うほどに短い期間であった。

 暫く後、捧げられた動物の死骸に代わって、生きた人間が置いていかれることがあった。

 彼女は喜んだ。会話が出来る! と嬉しくて口を開いて言葉を話そうとしたら、人間は隠し持っていた刃物で自害した。

 彼女は、衝撃を受けた。

 そんなに自分は醜い姿をしているのかと、恐怖を抱く姿なのかと衝撃を受けた。

 彼女は、それから口を開くことはなくなった。

 暫くはずっと、生きた人間が置かれていき、皆、彼女の前で自害した。死体は、全て四代精霊の『火』が焼失させた。

 彼女は苦しかった。目の前で人間に死なれることが苦しかった。自分の姿の醜さを、孤独を思い知らされて苦しかった。何故、自分にこんな辛い想いをさせるのだろうと契約者である王を怨んだ。この神としての彼女の不満が、王は契約を満たしていないことになり、農作物が不作になっていっていることを彼女は知らなかった。

 ある時、王は何も持ってこなかった。煌びやかな馬と鎧は王だけで、後は大勢の兵士たちを連れてきていた。王や兵士たちに突然攻撃され、彼女は驚いた。彼女が創られて初めての衝撃だった。実際に受けた痛みにではなく、契約者である人間から向けられた悪意、怒り、力の差、反抗できない自分の非力さ。そういった事実に、彼女はどうすれば良いのか分からくて、混乱し、叫び声をあげた。


「怪物め!」


 人間が口々に喚く声が耳に入った。

 怪物? 誰が? 自分が怪物? 何を言っているのこの人たちは?


 訳が分からなかった。痛くて。怖くて。乳白色の液体()が沢山流れ出た。

 でも、目の前で人間に死なれるよりは良い、と彼女は思った。

 思ってしまったのだ。

 だから、神は満足したと捉えられ、神と王との契約は続行された。彼女から流れ出た乳白色の液体()は、国を潤すことになった。

 それから、代々の王はいつの間にかこの儀式を行うようになり、神である彼女はいつの間にか怪物になってしまった。

 彼女は自分の身体から力が抜け落ちていることが分かり、自分を神だと信仰してくれている人間は誰もいないのだと理解した。


 もし、彼女が、この怪物と扱われて攻撃されることを不満と思っていれば、この時点で神と王との契約は不履行となり、彼女は天に帰ることが出来ていたし、王は不死を失っていたであろう。

 けれども、彼女は寂しかったのだ。

 攻撃される痛みよりも、一人である寂しさの方が辛かった。

 耳を澄まし、人の言葉を覚えても、誰も自分と話してはくれなかった。偶に迷い込んで来た人間も、叫び声を上げながら走り出し、崖から落ちてしまった。四大精霊たちに頼み、周囲の怪我人を連れてきて貰い助けても、彼女の乳白色の液体()を拒み、地元の教会に預けてもそのまま衰弱死してしまった。

 助けた人間なら会話をしてくれるかもしれない、という打算もあって助けていたが、人間はなんて脆弱なのだろうと憐れみを覚えた。けれども、脆弱であっても自分に助けられることを拒むのかと落ち込んだ。

 それでも彼女は、一生懸命に耳を澄まし、町の人たちの会話を聞いて言葉を覚え、いつか誰かと会話出来る日を夢見て自分を慰めていた。

 人間を怨まなかった。いや、人間を怨めなかった。

 自分が人間の見た目であったら、この会話に加われたのであろうかと、胸をときめかせていた。寂しさのあまり、人間としての生活に憧れてしまっていたので、人間を怨むことはできなかった。

 怨んでいれば、「神は満足していない」と人間の王との契約不履行になり、天界に戻ることが出来て一人ではなくなっていたのだが、彼女はその矛盾に気付くことはなかった。

 全ては、彼女にとっては一瞬の時間。永遠にも思える一瞬の時間。

 彼女は、定期的にやって来る王たちに攻撃されるよりも、助けた人間に拒絶されてそのまま死なれることの方が辛かった。どうあっても自分は拒まれるのかと悲しかった。

 だが。

 今まで見た中で一番小さな幼子が、自分の乳白色の液体(血)を飲んでくれた。飲んでくれたことが、彼女は嬉しかった。驚かせないように、怖がって逃げて崖から落ちてしまわないように、彼女はじっと身を潜めて毎日自分の乳白色の液体()を分け与えた。

 幼子はどんどんと回復していった。だが、彼女が出来るのはここまでであった。人間には食料が必要だが、彼女は幼子に食料を用意することが出来なかった。だから、幼子を教会に連れていくように彼女は四代精霊の『水』に頼んだ。

 

 人間を助けることが出来た! 


 彼女は嬉しかった。この調子でいけば、いつかは人間と会話できるかもしれない、と彼女は希望を持った。

 しかし、彼女は、自分の命がもう長くはないであろうことを理解していた。

 人間の王が持っている槍は「神殺しの槍」であった。人間に与えられた神への唯一の対抗手段。鱗で傷を覆ってはいるが、その槍で出来た傷は治癒することはなく、緩やかに彼女の身体を蝕んでいた。

 このまま死ねば、契約不履行として彼女は天界に帰ることが出来るだろう。元々、自分を醜い姿として創ったのも、そうすれば人間が神を侮り自ら契約不履行を起こすだろう、という父神の思惑であった。

 思惑は当たったと言えるだろう。だが、自分一人だけを地上に残して天に帰った神たちと、自分を怪物として疎外する人間と、一体何が違うと言うのか?

 だから、天に帰れば仲間がいる、とも思えなかった。自分を置いていった神たちが、自分を迎え入れてくれるのだろうかという不安があった。

 

 寂しい。

 寂しい。

 寂しい。


 ただそれだけを嘆く日々を過ごす中、以前助けた幼子が戻ってきた。


「どうして、助けてくれたの?」


 嘘みたい! 信じられない! 現実なのかしら? 


「……かわいそう、だったから」


 会話をしているわ! 逃げ出さずに、わたしと話をしてくれている!


 彼女は、怖がらせないようになるべく自分の姿を見せないように努力した。そうして、口を開かないように気を付けた。

 生まれて初めての会話を、少しでも長引かせようと頑張った。


「僕は、怖がらない! 僕を助けてくれたんだから、怖くないって知ってる! ちょっと待ってて! ここで一緒に暮らせば、きっとそのうち怖くなくなるから!」


 一緒に暮らしてくれると言う幼子の言葉に、目の奥が痛くなり、喉が震えて上手く声を発することが出来なくなった。

 

 何なのかしら?

 わたしは一体、どうしたのかしら?


 彼女は分からなかった。

 「泣く」ということを、「涙」というものを、彼女は知らなかった。

 だから、ただ。


 ────うれしい。


 発した声は小さく、震えていた。

 子供の足が震えているのは、見ていて分かった。それでも、逃げ出さずに自分の傍に居ると宣言する子供の為に、自分は何でもしようと心に誓った。

 もしも神としての力が残っていれば、子供に世界を与えていただろう。

 それほどに、彼女は嬉しかった。自分の血をこっそりと周囲に撒き、獣たちを誘き寄せたり、茸や果実などを実らせたりと、土地に栄養と祝福を与えて子供が食料に困らないように手助けをした。四大精霊に狩の仕方を教えるように命令もした。

 子供は彼女をとても幸福にしてくれた。もう、彼女は寂しくはなかった。

 耳をすませば、世界は例年通りに不作不漁で、民は皆飢えていたけれども、彼女は、自分の傍にいる子供が飢えて辛い思いをしていなければ、それで良かった。


 彼女にとって世界とは、子供を中心としたものになった。


 だから、子供が兵士たちに刺されたのを目にした時、ここに居る人間を皆殺しにようと思った。

 何も冷静に考えられなくなった。

 人間が目の前で死ぬのは嫌だったけれども、いつか仲間に入りたい、一緒に会話をしたいと憧れていたけれども、そんな想いはきれいさっぱりと消え去った。


 ────コロス。

 ────ゼンインコロス。

 ────セカイヲコワス。


 槍が刺さった眼の痛みなど、どうでも良かった。

 戒めで両手首が引きちぎられようと、どうでも良かった。

 人間との契約など、どうでも良かった。

 父神からの責務など、どうでも良かった。


 大切なのは、あの子だけ────!


 タカガ人間ガ、ワタクシノ唯一ノタカラニ……。


 ────ゼッタイニコロス。


 それは、一瞬にも満たない間の決意。

 だがその時、彼女は命の灯が消えかけている子供の微かな呼吸音を聞いた。


 まだ、生きている!


 彼女は、我に返った。

 この瞬間、世界は、人間は命拾いをした。


 子供の命が消えかけているのが分かった。

 死なせたくなかった。

 死なせはしないと思った。

 自分がどうなっても。

 世界がどうなっても。


「ごめんなさい。あなたは、少し、人ではなくなるかもしれないけれども……。ああ、お願いよあなた達。この子の傍にずっと居てあげてね」


 子供が今後どうなっても、死なせたくなかった。

 彼女は、自分の口を開けた。

 裂けるように広がった口の中から、先が二股に分かれた長い舌がだらりと落ちてきた。舌先を固めて、まだ無事な自分の片目に突き刺し、抉り出した。

 良かった、と彼女は思った。

 このおぞましい長い舌が嫌で、決して見られないように口を開けないで過ごしてきたが、両手首より先がない今、この長い舌を持っていて良かった、と彼女は初めて父神に感謝した。

 自ら抉り出した金色の眼を小さく圧縮して、子供の喉の奥深く、腹の底へと押し込んだ。


 彼女はもう、何も見えなかった。だが、子供が無事に回復し、嫌だ嫌だと駄々を捏ねる声が聞こえて、とても嬉しかった。

 悔いは、何もなかった。

 何もないと思っていた。

 でも。


 あなたと、生きたい────。


 いつの間にか、何にも代えられない希望(願い)が出来ていた。




 見つけるわ。

 あなたがどんな姿になっていたって、何者になっていたって、絶対に見つけ出してみせるわ。

 わたし、知っているのよ。

 あなたは、わたしととても手を繋ぎたがっていた事を。四大精霊たちが手を取ると、反射的に振り払って嫌がるのに、わたしの手首や地面をじっと見つめていた事を知っているわ。土人形のわたしに、とても嬉しそうに紫水晶の瞳を輝かせて手を差し出してきたわ。やっと手を繋げると思ったのでしょう?

 触れられると壊れてしまうというのは嘘じゃないけど、嫌に決まっているじゃない。初めてあなたと手を繋ぐのが、土人形だなんて許せる筈がない。


 生まれ変わるわ。

 絶対に。

 あなたと。

 手を繋ぐの。

 町を一緒に歩くの。

 一緒にご飯を食べて。

 一緒に眠って。

 一緒に生きていくの。

 ああ、父神(お父)様お願いです。

 わたしのたった一つの願い事。

 どうか、わたしを人間に生まれ変わらせてください。

 あの子がわたしを見つけてくれなくても、わたしが探すわ。

 探し出すわ。

 わたしの加護を与えているから、わたしには分かるもの。

 え? わたしの記憶を消すのですか?

 何も憶えていない状態で生まれ変わる?

 代わりに、あの子にわたしが生まれることを知らせてくれる?

 見つけ出してくれるか分からない?

 ……そうですね。

 あの子を人間ではないものにしてしまったかもしれない。

 もしかしたら、わたしは憎まれているかもしれない。

 それでも。

 あの子がわたしを怨んでいても良いの。

 憎まれていても良いの。

 殺されても良いの。

 あの子が満足するなら、それで良いの。

 記憶を失っても、出会えばきっと分かるわ。

 あの子が、わたしの全世界(唯一)だと。

 この想いだけは、消えることはない。


 ────幸福に、してあげたい。


 だって、わたしはとても幸福だった。

 あの子から沢山の嬉しさを、楽しさを、歓びを貰ったの。

 だから、今度は。

 わたしが、あなたを、幸福にする。


 ただ、それだけが、わたしの希望(願い)なの。


前世編これで終わりです! ここまでお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
前世編、ありがとうございました。なんかねー、泣きながら読んでしまって。嬉し泣きでしょうか。「唯一無二」なんでしょうね。2人ともが。とうに忘れていた感情を掘り起こしてくれました。ありがとうございます。今…
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