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【本編完結】わたしさえいなければ、完璧な王太子だそうです。  作者: ふらり
前世編

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19/28

王を殺した男 ー前世編ー

今生の二人じゃなくて申し訳ないです…。王位を簒奪した理由です。ラストの方にディルニアス出てきます。

 貴族のウィンダリア家は王国の中で中立派であった。言い方を変えれば、日和見主義であった。「我は神である」と宣言する王に「忠実なる神の僕」として仕えていたが、王ではない唯一神を崇めている教会にもこっそりと献金をしていた。

 そんな教会から、「神の御使いが現れた」という知らせが発布された。当主が直々に教会に行っているのを見つかると色々と難しくなるので、まだ子供である嫡男が代わりに教会に様子を見に行くことになった。

 教会には親のいない子供たちの面倒をみる建物も併設されていたので、教会ではなくその子供たちの為の生活費、として献金されていた。


「おお、ありがとうございます。どうぞ、子供たちの様子も見てやってください」


 そう言って、嫡男を教会の中へと招き入れた。嫡男は奥へと進み、本が沢山収められた部屋へと案内された。何故こんな所に案内されたのかとぐるりと部屋の中を見渡せば、床に蹲るようにしている金色の髪の子供がいた。

 寝ているのか? と数歩踏み出して覗き込んで見れば、細く小さな腕を動かし何かを一心不乱に書き続けていた。足元に散らばっている紙を拾い上げて見れば、子供らしい、まだペンが上手く握れないような安定感のない字ではあるが、読むことは出来た。


「これは……」

「素晴らしいでしょう! まだ三歳なのに、『神代史』を書き写しているのですよ!」


 嫡男は子供を見下ろした。三歳よりもまだ幼いのではないか、と思うほどに痩せて、小さく、腕など握っただけで潰してしまえそうな細さである。その腕を、絵を描くように、ずっと動かし続けていた。

 『神代史』というのは、昔々の神々と人間との契約や暮らし、出来事などが書かれた半分おとぎ話のような物語であったが、書かれている言葉は、日常では使われないような難しい単語が多く、子供だけではなく大人も忌避するような物語である。

 嫡男自身ももちろん苦手で、何の意味がある教科なのかと思っている。書き写す、というだけでも見慣れない単語なのでゆっくりと比べながらになり、時間がかなり取られてしまう。なのに、自分よりも十歳も年下の小さな子供が、既に覚えているというような勢いで手を動かしている様子に、嫡男は驚いた。


「まさに天才です! さすが御使い様です!」


 確かに天才と言えるであろう。だが、このようなことで御使い様と言うのはどうなのだろうか?


「……おい。お前は、本当に神の御使いなのか?」


 声をかけても無視されたので、ひたすら書き綴っている紙を踏みつけると、ようやくこちらを見上げてきた。

 綺麗な顔をした子供だった。紫水晶の瞳がこちらを見ていたが、その目には何の感情も浮かんでいなかった。


「声を出せないようなのです」


 ここに来てから一度も話をしたことがないと言う。じゃあ、どうして御使いだと思うのかと訊くと「神が連れてきた」と興奮して語りだした。多くの聖職者が目撃したので間違いないと断言するが、言い換えれば教会の関係者の証言しかないことになる。

 嫡男は、帰宅してから当主の父親に見たまま、聞いたままのことを報告した。


「……確実ではないな」


 当主の一言で、現状維持、つまりは教会には与しないとなった。どこの家も教会側に付く家はなかった。教会は、様々な家に声をかけ続けていたようだが、数年後。


「御使い様が、神からの神託を受ける為に旅立たれた」


 ああ、追い出されたのか、と嫡男は思った。嫡男が十八歳の時だった。

 それ以降、御使いという子供のことを気にかけたことはなかった。忘れていたと言えるだろう。国は殆ど毎年不作不漁で、家畜も痩せ衰え、民はいつもお腹を空かせて子供や老人を捨てたり殺したりしている話が珍しくもない。貴族たちはせめて自分の領土を守ろうと必死に奔走する中、王族だけが享楽にふけっていた。

 昔から、王を暗殺しようとした者は少なからず存在した。だが、毒を飲ませても矢を射ても、剣で切り付けても槍で刺しても、王は傷つかなかった。血さえ流れることはなかった。それ故に人々は、王は人間ではない、神なのだと恐れ、全てを諦めていた。王が老衰で死に、次の王が少しでもマシなことを祈るしかなかった。


 だが、或る日。


「お久しぶりです。神からの言葉を預かりましたので帰ってまいりました」


 御使いが、精悍な若者になって教会に戻ってきた。

 この国では珍しい金色の髪は同じであったが、紫水晶の瞳は金色の瞳になっていた。声が出ない筈だったのに、とても饒舌に話せるようになっている。別人ではないのか? と疑ったが、本人でなければ分からない筈の記憶を持っていた。


「貴方は、俺が図書室で床に蹲って綴りの練習をしていた紙を踏みましたよね?」


 そう指摘され、嫡男はこの男は御使い本人であると認めざるを得なかった。


「神は唯一です。王は、勝手に神を名乗っている冒涜者にしかすぎません。不死? いいえ、老衰まで待つ必要はありません。神の御使いである俺なら大丈夫です。俺だけが、殺せます」


 感情のなかった紫水晶の眼は、強い志を秘めた金色の眼になっていた。

 綺麗な顔をしていた子供は、綺麗な顔をした男になっていた。天才だと言われて勉強が出来ていた男は、素晴らしい剣や弓の技量を身に付けていた。

 男は、御使いであることに懐疑的な人物には、空中に炎や水を起こして見せて、信頼を得ていった。人々は、面白い程に男の元に集まった。ウィンダリア家でも御使い側に付くことになり、嫡男は何とか男の傍に侍る位置を確保した。

 男は、周囲からの崇拝の視線に無関心であった。会議に出て発言はするし、的確な意見も述べるが、個人的なことは決して話そうとしなかったし、世間話などの会話もしようとしなかった。

 ただ、王家を打倒することにだけに邁進していた。

 そんな中、男に判断を任されて意見を述べ、結果を報告することが多い嫡男に、羨望の視線は多く集まった。

 嫡男は気分が良かった。自分が一番この男の近くにいると、一番自分が男のことを理解しているのだと、男を遠巻きに見ている周囲の人間とは違うのだと得意になっていた。

 だから。


「御使い様、王を倒したらその後はどうされますか?」


 何気なく、他の者には許されていない世間話を投げかけた。


「……結婚式が、あちこちで行われているような、そんな国にしたいな」


 返事があったことに、嫡男は喜んだ。ほら、やはり自分は周囲の人間と違うのだ、と得心した。


「へえー。結婚したい好きな女性がいるんですか?」


 嫡男としては、世間話を長引かせたいという深く考えていない言葉であった。だが、男から返ってきた惚気のような言葉に、内心がっかりした。


 好きな女を待っているなんて、まるで普通の男のようではないか。


 嫡男は、男に対して落胆した。だが、その後、王家を滅ぼすまでの男の働きに、落胆は何処かに吹き飛んだ。

 神と言われていた王を殺した男に、喝采が起こった。

 男は無表情だった。

 王の親衛隊であった屈強な兵士たちも次々と男に殺され、歓声が起こった。

 男は落胆したような顔をしていた。


 凄い! やはり御使い様は凄い方だ! このような方に必要とされている自分は、何て素晴らしいことだろう!


 けれども、男は段々と嫡男の言うことを聞いてくれなくなった。

 戴冠式の日取りを決めなければ、新しい国名を決めなければと進言しても、「そんなことはどうでも良い。勝手にしろ」と嫡男の言うことを聞いてくれなくなった。

 国名もお前が適当に決めておけと言われても、そんな重大なことを一人で勝手には流石に決められる訳がない。周囲の人間は、まだ王を説得できないのかと役立たずを見るような目で見てくるように嫡男には思われた。

 耐えられなかった。蔑みの目を向けられることが、耐えられなかった。

 自分はお前たちとは違う、特別なのだ。あの方は自分だけに心を開き、信頼してくれている! だから、国名も自分に決めるようにと仰ってくれているのだ。お前たちと違って、自分はそれだけ信頼されているのだ! 自分だけが、分かっている。理解している。だが、周囲の愚かな人間たちは理解してくれない。


 ────王が、周囲に示してくれないから。


 嫡男は、そう思った。愚か者でも分かるように、周囲に「信頼しているから全て任せる」と誰もが理解できるように行動してくれないからいけないのだ、と考えた。嫡男を誰よりも信頼していると態度で示してくれなくては、自分が周囲から侮られるではないか。

 全て、王のせいだ。

 だから。


「どうでも良いなら、私が貰っても良いですよね?」


 王を、刺した。


「はははは! やったぞ! やってやったぞ! これで、私が王だ!」


 王位を譲るほどに信頼されていたのだと、これで周囲も自分を認めるだろう!


 嫡男の頭の中には、その思いしかなかった。

 だが。

 刺された男が、自分に笑いかけた。


 ────何故?


 嫡男は、ここで初めて我に返った。

 何故、刺した自分に笑いかけたのか理解出来なかった。


 王は、とても綺麗な微笑みを浮かべて、死んだ。


 嫡男はもう、後には退けなかった。再び、自分を狂気に落とし込んでいった。


 何故、王は殺されなければならなかったのか。

 あんなに素晴らしい王が!

 いつも民のことを考えていた。

 私は王の意志を継ぐ。

 王から託された位を受け、国の為、民の為に働こう!

 ああ、王よ、何故死んだ。

 何故、あなたは死ななければならなかった──!


 新しく王となった男は、本気で泣き崩れた。


「王の遺品はどうしましょうか?」


 僅かな粗末な着替えと前王を殺した槍と剣。そして、読めない文字で書かれた日記のようなものだけであった。王の遺品と言うには、余りにも粗末なものである。


「王には家族がいなかった。だが、私を家族のように大事にしてくれた。王は私にとっては家族だ。私が全て預かろう」


 そう言って、本来の長さから三分の一程になった槍と剣を自分の部屋に飾り、衣服や日記は倉庫へと仕舞い込むように指示をした。


「これが不死である王を殺した槍と剣なのですよ」


 王は来客がある度に、見せびらかした。



 王位を託されたウィンダリアの王は、国の基礎を整えるように頑張った。元々、貴族の家である。貴族たちへの恩恵も上手に配分し、「御使いである王を殺したのではないか?」という周囲からの疑いを打ち消し、この王に仕えると得があると思わせた。

 まずは国内を固めることを前提とし、有力貴族の娘と政略結婚をした。そうして、子供が生まれ、成長し、次の王となる息子は隣国の王女と結婚をして、孫となる男の子が産まれた。


 孫は、金色の髪に金色の眼をしていた。


 事情を知らない周囲の人間たちは、この国を救った御使いである英雄と同じ髪と瞳の色だ、と喜んだが、王は喜べなかった。


 王は、思い出してしまった。


 ────自分が、王を殺したのだと。


 王は、蓋をしていた自分の罪に気が付いてしまった。


 ────自分が、王位を簒奪したのだと。


 気が付いてから、王は怯えた。周囲に気づかれないように平静を装ったが、孫にはあれこれと理由をつけてなるべく会わないようにした。だが、赤ん坊が大きくなり、はっきりと目が開くようになると耐えられなかった。

 王は秘密裏に侍女に金を握らせ、何処かに連れ出して殺すように命令を出したが、その侍女は晴れた日に庭でびしょ濡れになって溺死していた。次は兵士に殺すように命令を出したが、その兵士は城の廊下で焼死体になって発見された。黒焦げとなっていたが不思議なことに服は燃えておらず、身元が判明した。

 王は、恐怖した。

 もう、平静を装う気力もなく、決して孫に会おうとはしなかった。周囲は、初孫となる、幼い子供を怖がる王の態度に困惑した。

 疲れ果てた王は、王位を息子に譲って自分は何処か遠くへ隠居しよう、とようやく決断を下し、自分の部屋へと戻った時。


「おかえり」


 金髪金目の幼い孫が、壁に飾っていた筈の槍を持っていた。


「ひっ……!」


 王は思わず叫び声をあげて飛び退った。


「ひさしぶりだね」


 幼い孫は、困ったように首を傾げた。


「どうしたんだい? おれはべつに、きみにころされたことは、うらんでいないよ?」

「………………っ!」


 王は叫びそうになった。だが、声が出てこなかった。


「むしろ、もう、つかれて、いきるきりょくがなくなっていたから、ころしてくれてたすかったよ。ありがとう」


 幼い孫はにっこりと笑った。その笑顔が、自分が殺した男の死に際の笑顔と重なって見えた。


 ────ああ、本人だ。間違いなく、本人だ。


 王は、震えながら確信した。


「だけど、こんかいはだめだ。おれは、かのじょをさがさなければ、ならない。ころされるわけには、いかないんだ」


 その言葉に、自分が何度も殺しかけたことがばれている、と王は悟った。


「かれらは、かのじょのやくそくのままに、そばにいるだけなんだけど、むりょくなこどものあいだは、じどうてきにまもってくれるらしい」


 金髪金目の子供が、何を言っているのか分からなかった。


「……このやりをしょぶんしたくて、へやにはいったんだ」


 金髪金目の子供の手の中で、槍が一瞬で燃えて消えた。


「かのじょが、こわがってはいけないだろう?」


 目の前で、槍が消え、白い灰になって床に落ちていく様を王は眺めた。


「あぁ……ああっ、御使い様! さすがです! さすがの奇跡です!」


 王は、歓喜した。金髪金目の子供の前に、縋りつく勢いで膝をついた。

 王は御使いに心酔していたのだ。誰よりも美しく、気高く、周囲に惑わされずに己の道を進む姿に、憧れを抱いていたのだ。群れず、一人孤高に立つ姿に、皆遠くからうっとりと眺めていた。

 自分が、自分だけが、唯一御使い様の傍に居ることが許された、信頼された人間なのだと、それだけが王の、嫡男の最大の矜持として生きていた。

 好きな女性がいる、という普通の人間と同じようなことを言ってがっかりとさせられたし、一番信頼している人間だと周囲に説明してくれなくて恨んだりもしたけれども、こうして、自分の元に再び戻ってきてくれたことが嬉しかった。


「どうぞ、私を褒めてください! 貴方の望むままに、この国を成長させようと頑張ってきた私を褒めてください! そうして、また私の名前を呼んで傍に侍る栄誉をお与えください!」


 王は、よくやった、という言葉を貰えると信じていた。さすがは俺の──だと言って貰えると思っていた。期待に満ちた目で、ひれ伏している姿勢から幼い子供を見上げた。


「なまえ……? おまえの? おぼえてないけど?」


 王は、固まってしまった。


「な、何を仰ってるんですか? 私ですよ? いつも貴方の傍にお仕えしていた」

「ああ、よくみるかおだな、とはおもっていたが、なまえはしらない」


 憶えている訳がないだろう、と王は子供が嗤った気がした。


「みな、ひとしく、きょうみはない」


 ────お前は、特別ではない。


「うう、うわああっ!」


 王は、思わず手を伸ばした。


 違う。私の御使い様はこんなことは言わない! 言う筈がない!


 自分に都合の悪いことを言う御使い様を、自分の理想ではない御使い様を()()()()()()()()と思った。


 どんっ、と何か大きな塊に強く身体を押されるような衝撃を王は受けた。

 そのまま、王は窓から外へと身体を押し出され、地上へと落下していった。


「今の叫び声はどうされましたか!」


 部屋の外の護衛の騎士が、慌てたように部屋の中に入ってきた。


「……わからない。さけびごえをあげながら、おじいさまが窓から……」


 そう言って、金髪金目の子供は窓を指差した。

 その後、城は大混乱に陥ったが、誰も幼い子供を疑うことはなかった。


 


 槍を消すついでに、自分に手を出すなと、忠告をするつもりなだけだった。

 彼女を見つけなければいけないのだから、早々に死ぬわけにはいかない。

 素晴らしい国を作ってくれればそれで良かったのだ。

 王が誰であっても、良かったのだ。


 金髪金目の子供は、どうして彼が自分を殺そうとしたのか分からないまま、王が落ちていった窓を見つめた。

 

 名前など、大切な彼女の名前以外、何の意味もないのだから……。

 ああ、早く彼女の名前を呼びたい────!


 そう、思いながら、騎士に部屋まで送られた。


よく考えたらディルニアス(前世)も王を殺した男なんですよね。ディルニアスは昔から狂信者が出来てしまいます。

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― 新着の感想 ―
何事も執着しすぎるといけないのでしょうね。仏教用語に「中道」という言葉がありますが、まさにその通りかと、、つくづく思う今日この頃です。でも、彼には出会ってほしい。と思ってしまうのです。がんばれ!ディル…
ジョンレノンとか世のストーカー殺人とかと同じ理由なんですねぇ。 傍迷惑な……。
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