ディルニアスが生まれる日
今まで殆ど出てこなかった両親視点です。
ディルニアスが産まれた日。
待望の第一子、しかも男子であった。その上、賢君が持つと言われる金髪に金目であった為に、国を挙げての祝いとなったが、親となったガジェット国王とアイリエッタ王妃は戸惑っていた。
歴史を勉強した者であるならば、金髪金目の王族の始祖が当時この辺りを治めていた暴君に対して反乱を起こし、その後自らがこの地を治め拡大していったのがウィンダリア国の始まりであること、何世代か毎に「金髪金目」の王が現れ、腐敗した政治や派閥を一掃し、民に善政を施した、ということを習っているが故に「賢君」であると評価されていることを知っている。
だが、王家の者が習う内容は少し違う。代々、王家の者だけが受け継ぐ知識の中に、「金髪金目の賢君」についての項目もあった。
「金髪金目」の始祖のことは、妖精や神も存在していたと言われているような時代なので、詳しくは王家に伝えられていなかった。ただ、本人が書いたと言われる書き物が残されていたようだが、現在では使われていない古い言葉であった為、誰も読み解くことが出来ず、本物は崩れて消え去り写しだけが残った状態となっていた。
代々の「金髪金目」の王たちは、皆、古い言葉での書き物を残して逝った。書いてある内容は分からなかったが、文字が後の代の王ほど乱れていっているのは明らかであった。最後の「金髪金目」の王は、同じ言葉らしき文字だけで殴り書きのように埋め尽くされていた。
どの世代の賢君も、笑うこともなく、慈悲なく、容赦なく、害となる存在を苛烈に断罪し、処刑し、排除した。人外の美貌を持っているが、婚姻をした者はおらず、寿命を全うした者もいない。皆、三十歳になることもなく亡くなった。
「……陛下」
王妃は震えた。どう考えても、幸福とも穏やかとも言えない人生をこの腕の中の子供は送ることになるのかと。
「……大丈夫だ。成長するにつれ、髪や目の色が変わることはよくあることだと聞く」
それは、願望だった。そうであって欲しいという願いだったが、王も王妃もその願いに縋るしかなかった。
しかし、二人の願いは虚しく、金色の髪と目の色は変わらないまま、何の手もかからない赤ん坊としてすくすくと育っていった。「さすがは賢君」と周囲の者たちが褒めそやす度に、王と王妃は誰にも言えない不安が大きくなっていった。
そんな或る日。
「おねがいがあります」
三歳のディルニアスの言葉に、王も王妃も驚くと共に嬉しく思った。何を贈っても喜ばず、自分から何も強請った事のない子が初めて「おねだり」をしてきたのだ。
「何か欲しい物があるのかい?」
そう訊ねながらも、二人は何としてでも叶えてやりたいと思っていた。
「おとうとが、ほしいのです」
想像していたよりも、子供らしい「おねだり」の内容に、二人は微笑んだ。困るとか戸惑うよりも先に、ディルニアスの子供らしさに二人は安堵を覚えた。小さな子供が兄弟を欲しがるなんて、とてもよくある話ではないか。
だが。
「かのじょいがいとむすばれるきは、ありません。わたしに、あとつぎをきたいしないでください」
だから、おとうとをつくってください。
安堵を覚えてしまった分、二人が受けた衝撃は大きく、深かった。
「……あ、貴方は……」
何と言葉を続けようとしたのか、王妃は自分でも分からなかったのに、ディルニアスはあっさりと頷いた。
「ええ、そうです。すべて、わたしです」
そうして、説明が足りなかったと思ったのか、更に言葉を付け足した。
「このきんいろのめは、すべて、おなじにんげんです」
じっと、金色の目で王を見つめた。
分かっているだろう。
知っているだろう。
代々、王家に金色の目を持った者がいるだろう。
金色の目は、そう語っていた。
「では、おねがいします」
王も、王妃も、ディルニアスが部屋を出て行っても、暫くは何も言葉を発することが出来なかったが、王妃は倒れ、そのまま寝込んでしまった。無理もない、と王は王妃を気遣ったが、本音を言えば自分も倒れてしまいたかった。
薄々と、そんな予感はしていたのだ。しかし、代々伝わる王家の覚書にもそんな記述は残っていなかった故に、自分の思い過ごしだろうと目を瞑ってきた結果、本人からはっきりと告げられてしまった。
彼女以外と結ばれる気はない、跡継ぎを期待しないで欲しい、と言われれば、過去の金髪金目の賢君たちが婚姻をせずに亡くなっていった理由も理解できるというものだ。
王は、混乱した。
ディルニアスと、否、あれとどう接すれば良いのか分からなくなった。正直に言えば、自分の息子だと、子供だと、人間だと思えない。異質なモノとして、本能的におぞけを感じ、金色の目を気味悪く思った。
あれの言う通り、というのもどうかと思うが、早く次の子供を作らなければならないだろう。王はそう思ったのだが。
「何を仰るのです!」
ベッドの上で身を起こした王妃の叫びに、王は驚いた。
「あの子は、何百年も……いえ、千年以上も! たった一人の人を想って、孤独に何度も短い人生を生きてきたということでしょう? ……わたくしだったら、耐えられません」
「女」であるからか、「母」であるからか。王妃はディルニアスに情を移していた。最愛の妻に指摘され、王も自分であったらと想像してみたが、きっと、途中で会えないことに絶望し、全てを諦めてしまっていただろうと思った。愛する者がいる一人の男として、彼に同情を覚えた。
「王家としては、確かにもう一人男子がいた方が良いでしょう。ですが今、あの子に言われたからと弟を作れば、あの子は完全にわたくしたちを他人として扱う気がします。そうなれば、あの子は今回もまた独りになってしまう……」
親子である事実を諦めようとしない王妃に、王は折れた。嫌悪感が完全に拭えた訳ではなかったが、父親として息子に接するように努力した。ディルニアスは、今まで通り特に何の反応も示す事はなかった。
そうして、ディルニアスが四歳になった時。
「おねがいがあります」
ディルニアスの言葉に、二人は身構えた。
「な、何か欲しい物があるのかい?」
「はい。マリーベル・グランドリア侯爵令嬢を私の婚約者候補にして欲しいのです」
王と王妃は、思わず顔を見合わせた。
「マリーベル嬢が、貴方の探していた人なのですか?」
「いいえ、違います」
王妃の問いに、ディルニアスはあっさりと首を振った。
「私も初めての経験なので、よく分からないのです。でも、マリーベル嬢は彼女に関係しているとしか考えられない」
よく見なければ分からない程の、ディルニアスの微かな表情の動きと、戸惑っている空気。それは、初めて見るディルニアスであった。
「……確か、他国の王族からの婚姻話にグランドリア侯爵令嬢が候補に挙がっていた筈だ」
「駄目です! それは駄目です! 彼女は、絶対にこの国に生まれて来る筈だから」
王の言葉に、ディルニアスは弾かれたように言葉を返した。
「でも、貴方はマリーベル嬢を婚約者にするつもりはないのよね?」
「はい」
「……婚約者候補の一人であっても、マリーベル嬢は今後他からの婚約話を受けることは出来なくなるわ。貴方に、彼女の人生に瑕疵を付けることなく、責任を取ることが出来るの?」
「全力を尽くします」
王と王妃は、それぞれに深く息を吐き出した。
「では、貴方の望む通りに致しましょう」
「王家も、マリーベル嬢に瑕疵が付かないように全力で保護をするようにしよう」
そう言って、二人はディルニアスに微笑みかけた。
「貴方の大切な人に会えると良いわね」
「何か私たちに出来ることがあれば、相談しなさい」
ディルニアスは、驚いたように目を僅かに見開いた。王妃は、ディルニアスが感情を見せてくれた事に対して嬉しく思いながらも、この子は本当に独りで生きているのだなと哀しく思った。こんな言葉をかけただけで驚かれるということは、親である自分たちにも何も期待していない事がよく分かる。
「全て、自分でしようとすれば時間も手間もかかるものだ。人を上手く使いなさい」
王の言葉に、ディルニアスは小さく頷いた。
マリーベル・グランドリア侯爵令嬢がディルニアスの婚約者候補の一人に正式に決まって暫くした後、王妃は二人目を懐妊した。ディルニアスが優秀であっても二人目を待ち望まれていたので、城内は一気に明るい雰囲気になっていた。王も王妃もディルニアスの反応を気にしたが、特に何も変わらなかった事に、取り敢えず二人は安堵した。
二人目のレイモンドが産まれ、ディルニアスと対面させた時も、「良かったです」という一言を発しただけだったが、王と王妃は微笑んだ。素っ気ない言葉であったが、以前よりも言葉が柔らかくなっていると感じたのだ。
少しずつ変わってきているようだ、と二人は期待した。
マリーベル嬢には申し訳なく思い、王家として彼女の周囲には気を配ったが、それでも彼女から笑顔が消え失せていくことに心を痛めて見守った。
やがて、ディルニアスの婚約者候補を解消するという正式な手続きも完了し、マリーベル嬢とディルニアスの従兄でもあるマクシミリアン・オルトニー公爵家嫡男との婚約と結婚式が終わって暫くした後。
二人の間に第一子が誕生した。
「私と彼女との婚約を認めてください!」
頬を紅潮させ、金色の目をきらきらと輝かせながら、ディルニアスが二人の前に現れた。
「ようやく! ようやく、この日が来た! 彼女がこの世界に生まれてくれた! この日の為に僕は……!」
興奮のまま声を上げるディルニアスに、王は驚き、苦笑した。
「落ち着きなさい、ディルニアス」
「落ち着いてなんていられません! もし、……もしも、もしも認めて貰えないならば、俺はこの国を草一本も残らぬ程に徹底的に壊し、潰し、追われる心配がないように全てを皆殺しにして彼女を攫って二人で生きていく……!」
一変し、虚ろな金色の目を向けられ、王は戦慄した。十三歳の子供から発される圧に、肌が総毛立った。本気なのだと、嫌でも痛感した。
「……ようやく出会えたのね。おめでとう」
王妃は一つ息を飲んだ後、静かにディルニアスに声を掛けた。
「…………はいっ!」
圧は一瞬で消え、ディルニアスは幸福そうに笑った。
ああ、これは……駄目だ。
王と王妃は理解した。決してこの二人を引き離してはいけないのだと、十分に理解した。
「でも、生まれたばかりの赤ちゃんの婚約を承知してくれるかしら?」
「王命にしてしまえば、何とかなるだろう。マクシミリアンの父親は、私に王位を押し付けたんだから、そこを盾にして言い聞かせてもらおう」
「大丈夫です! 『娘が産まれたらディルニアス王太子殿下と婚約させ、将来は結婚を許す』という契約書を貰っています!」
オルトニー公爵家には申し訳なく思ったが、王と王妃は初めて親子で語り合えたような気持になり、嬉しく思った。
そうして。
無事にヴァイオレット・オルトニー公爵家嫡男の令嬢と婚約が調い、完璧な王太子であったディルニアスが壊れた、と周知されるようになったが、王と王妃は嬉しかった。
ディルニアスがもう孤独ではないということに、ようやく大切な人に巡り会えたという事実に、親として、歴史を知る者として、喜ばずにはいられなかった。
親だと思っているのが自分たちだけだとしても、ディルニアスは大切な子供であるからだ。
だから。
ディルニアスの結婚式の日に。
「本当に、おめでとう……」
「良かったな……」
二人は、泣いた。
ディルニアスは困ったように微かに眉根を寄せていたが、二人は今までのディルニアスを想えば、泣かずにはいられなかった。
「貴方たちが結婚式を挙げる訳ではないんですけど」
「そうなんだけど」
「分かっているんだが」
ディルニアスは暫く泣いている二人を見つめた後、「ヴィの控室に行ってきます」とその場から逃げるように歩き出した。
そして、三歩ほど歩いて立ち止まり、振り返った。
「……父上」
ガジェット国王は、目を丸くした。
「……母上」
アイリエッタ王妃は、思わず涙が引っ込んだ。
「私は、貴方たちの息子として生まれたことを、嬉しく思います」
ありがとうございました。
そう言って一礼をした後に、ディルニアスは決して顔を見せずに速足で部屋を出て行った。
「……どうしたんですか、二人とも」
お互いに抱き合いながらワンワンと泣いている両親に、レイモンドは呆れたように声をかけた。
「だって、今日は、新しいディルニアスが生まれる日なのよ?」
ずっと、ずっと、「彼女」を探し求めたディルニアス。ようやく「彼女」に出会えたディルニアス。そうして今日からは、「彼女」と初めて共に生きて行くディルニアスになるのだ。
「親として、泣かずにはいられないわ」
慌てて化粧道具を持って王妃の傍に駆け寄ってくる侍女に場所を譲りながら、王は、いつまでも部屋の隅で泣き続けて側近を困らせていた。
そんな両親を見ながら、「確かに」とレイモンドは笑ったのであった。
王妃様は強い方です。王様は王妃様にべた惚れです。ディルニアスが社交上以外で「父上」「母上」と呼んだのは、この時が初めてになります。




