ホームセンターのATMにて
【ホームセンターのATMにて】
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連休に入った週末、
家族でホームセンターへ出かけた。
5月を新しい布団カバーで迎えたい。
そんな気分が家族の中に自然に広がっていた。
シロクマ柄の涼しげな水色のカバー。
ボタニカルなデザインで、清涼感のあるカバー。
みんな、それぞれに気に入ったものを見つけた。
ぼくはと言えば、
「汚れても目立たない紺色がいいかな」
そんな現実的なことを考えていた。
ふと財布を見ると、
このあと行く予定のラーメン屋で払うには、少し心もとない。
ATMでお金を下ろすことにした。
妻は、土日にATMで現金を引き出すのをすごく嫌う。
「利息もつかんくせに、手数料だけは一丁前に取るけん!」
いつも笑いながら、でも本気で怒る。
そのたびに僕は、冗談めかして言う。
「まぁ、昔お世話になったけん、ちょっとくらい返さんとね。」
……そう、昔ぼくはこの銀行で、10年ほど働いていた。
ATMは混雑していた。
2台あるうちの1台が故障していて、列がじわじわと伸びていた。
そこへ、初老の二人組がやってきた。
銀行のATMセンターの職員らしく、工具箱を手に持っている。
並んでいる客に、申し訳なさそうに頭を下げながら、故障対応に取りかかった。
……あれ?
小柄で濃い顔のおじさん。
丸顔で愛嬌のある中年男性。
見覚えがあった。
間違いない、あの二人だ。
三浦さんと、吉兼さん。
若い頃、僕が銀行にいたころ、
この二人は検査部の臨店検査班に所属していた。
半年に一度、予告もなく支店に現れる。
支店の事務処理にミスがないか、
不正がないか、
行員たちの勤務態度に問題はないか……。
細かくチェックしていく、いわば「銀行内の監察官」。
検査で不備が見つかれば、
支店長はもちろん、役席も、末端の行員も、
昇格が遅れるなどのペナルティを受ける。
誰もが、検査部の臨店検査を恐れていた。
朝、開店前の支店に彼らが現れたときの、あの空気。
ピリピリして、重くて、ひどく居心地が悪かった。
そんな恐ろしい存在だった、三浦さんと吉兼さん。
でも今、目の前には……
故障したATMに頭を下げながら、汗をぬぐう、ただのおじさんたちが立っている。
ぼくは声をかけようか、迷った。
でも、ええい、と決心して言った。
「……三浦さん、ですよね?」
おじさんは振り返って、ぱっと顔を明るくした。
「おおー! 誰やったっけ!? 呉服町とか箱崎におった辞めた子やろ!!」
「大津です。」
「あああ、大津くん、大津くん! 死んだ中島支店長が可愛がっとったね〜!」
吉兼さんも、ニコニコしながら、
「こんなとこで会うとはなぁ!」と手を振ってくれた。
「でも、髭やら生やして身体もデカくなったね! 今なにしよっと?」
「あー、サラリーマンは向いてないとようやく気づいて。大型トラック乗っとります!」
すると二人、顔を見合わせて、
「あー君は銀行員向いてなかったばい!」
と声を揃えて大笑いした。
懐かしい検査部時代の話になった。
僕の机を最後の日にこっそりチェックして、
点数を帳尻合わせしてたこと。
あんまり不備が見つからず点数が良すぎる時に、
「2〜3点の不備は絶対僕の机に隠れている」と確信していたらしい(笑)。
今は二人とも、定年後にATMセンターへ再雇用されていること。
そして「爺捨て山」と呼ばれるその部署には、
かつて僕が仕えていた支店長たちも何人かいること……。
冗談交じりに、でもちょっとだけ寂しそうに、そんな話をしてくれた。
ふと見ると、
僕を探しに来た妻がこちらを見ていた。
老人手前のおじさんたちと談笑する僕を見て、
妻は嬉しそうに笑った。
そして、ぺこりと二人にお辞儀をした。
──妻が美人でよかった。
銀行を辞めても、なんだか幸せそうだな、って思ってもらえる気がした。
銀行を辞めるとき、僕の人生はぐちゃぐちゃだった。
営業車で昼寝をし、
喫茶店で漫画を読み、
担当案件は放置したまま。
どうしようもなくなって、人事部に呼び出された。
支店の上司も、
本部勤務の通りすがりの元上司たちも、
「土下座してでも家族のために残れ」と言ってくれた。
でも……
言うことを聞かなくてよかったと思う。
今が幸せだから。
別れ際、
三浦さんと吉兼さんがにこにこしながら言った。
「大津さんが幸せそうで、ほんとよかった。
辞めたとき、心配しとったんよ。多分ね(笑)」
「ありがとうございます。お元気で。」
そう言って、ぼくは二人に深く頭を下げた。
──これが、僕が土日でもATMを使う理由です(笑)。