9 ストリート
丹馬の蹴りは決して軽くはない。
空中に放り上げたコンクリートブロックをハイキックで蹴り割ることさえできるくらいだ。
その丹馬のミドルキックを脇腹に受けて「すげえ! 全然見えないっす」と苦しそうな顔すらせずに感心している金吾を、丹馬は気味が悪いと思うのである。
丹馬の感触では金吾の筋肉は異様に硬く、鉄のようなという硬さではないが大型のタイヤでも蹴っているような感じがあった。
いくら蹴っても殴っても、ダメージを与えられているような感じがしない。
金吾の体はこのところ急激に成長してきていた。中1とは思えないほど大きくなってきているのである。
それもまた丹馬に不気味さを与えていた。
金吾が本気で丹馬を倒しにきたら、丹馬の「技」では太刀打ちできないような気がし始めている。
こいつにあまり「技」を教えない方がいいんじゃないか‥‥?
ただ、今のところ金吾は丹馬の弟分という位置に満足しているように見えた。
丹馬はそんな関係性の中で、不安を隠して「兄貴分」を演じている。
そんな日々の中で秋も深まった頃、夜の街を並んで歩いていた丹馬と金吾に思いもかけない男から声がかけられた。
「おまえらか? 最近ここらで鳴らしてるっていう中学生は——。」
金と黒に髪を染め分けた背の高い男が、丹馬と金吾の前に立った。
目が冷たい。
服の上からでも鋼のような筋肉がわかる。立っているだけで威圧感があった。
「い‥‥いや‥‥俺たち、別に‥‥」
「この街は俺のリングなんだ。」
男がにこりともせずに静かに言った。
「ヤバい。魔沙鬼だ。」
丹馬が金吾の耳に口を寄せて小声で言う。
魔沙鬼。
金吾もその名前は聞いてはいた。高校生だとも言われるが、年齢はよくわからない。
路上のキングと呼ばれ、この場所よりももっとアブナイ場所で週末ごとに『デュエルゲーム』を開催しているという話だ。
丹馬も金吾もそういう場所には近づかなかった。
高校生以上の年齢の猛者たちが、肉体だけでその雌雄を決する決闘場。いわば夜の地下格闘技戦が催されている場所。
その主催者でもあるキング・魔沙鬼はストリートでの不敗伝説を持っている。
ストリート。というのはルールのあるリングの上の格闘戦とは違って、なんでもありの喧嘩だ。
もちろんヌンチャクや木刀、チェーンなどの武器も自由だが、あくまでも男のプライドをかけた「格闘」である。
武器など使って負けた日には、二度と街に顔を出すこともできない恥になる。
そうして魔沙鬼はそういう武器を持った相手を完膚なきまでに叩きのめし、ことごとく病院送りにしてきた。
魔沙鬼の不敗伝説は、そういう圧倒的な強さと共にある。
その魔沙鬼がなんでこんなはずれの方に‥‥?
「ひとつ俺と勝負しないか?」
丹馬は思いっきりビビった顔になった。
「お‥‥俺たち‥‥そんな‥‥。ま‥‥まだ、中学生ですし‥‥」
ところが。
金吾があまり怖がった表情をしていない。
金吾自身、自分で自分のその反応に驚いていた。むしろ、やってみたい、という思いの方が体の内から湧き上がってくるのを抑えられない。
魔沙鬼が冷ややかに、しかしずしりと響く声で丹馬の言葉に覆い被せた。
「そんなことは関係ない。この街は俺のリングだ。高校生でもぶっ倒してると聞いたぞ。不敗伝説とやらは、どっちだ?」
丹馬は哀れなほどに真っ青になった。
はらわたが抜け落ちそうになるほど怖しい。
丹馬が土下座して許しを乞おうと膝を曲げかかったとき、すぐ横で落ち着いた声がした。
「僕です。」
金吾が怖れた様子もなく、魔沙鬼を正面から見ている。
「な‥‥ばか! おまえ‥‥」
丹馬は止めようとしたが、手が出せない。
それはいつも見ている金吾ではなかった。
体から発する威圧感がハンパない。魔沙鬼とタメを張るほどだ。
な‥‥なんだ? こいつ‥‥。
これが‥‥金吾なのか‥‥?
そこにいるのは丹馬の知っている「サエナイ金吾」ではなく、キング魔沙鬼に引けを取らない何かの化け物だった。




