5 第二次成長
金吾の体が明らかに変わってきた。
胸筋がついてきて、二の腕なんかも太くなってきているのだ。太腿も以前のようなひょろひょろではなくなった。
見かけだけではなく、腕立て伏せも100回くらいは楽勝になってジャンプ力もついた。
「おまえ、なんかジムとか通ってんの?」
7月にプールの授業のあと、億田が金吾に訊いてきた。
「いや‥‥特には‥‥。家で筋トレくらいはしてるけど‥‥。」
相変わらず金吾の運動神経はよくはない。ただ力がついて見かけが少しカッコよくなった——というだけだが、それでもグループの中での金吾の位置は少し変わってきていた。
片腕だけの腕立て伏せを見せたことで金吾は一目置かれるようになり、イジられ役は新川になった。
あれ以来新川はプロレス技をかける方ではなく、億田にかけられる側になった。
女子にも話しかけられるようになった。
「ねえねえ、力こぶ触らせて?」
そんなことを頼まれたりすることもあって、金吾は少し有頂天になっている。
これまでの金吾史上なかったことが起きていて、金吾は少し足が地面から浮いていたのかもしれない。
厚かましく胸筋を触らせてほしいと言ってきた女子にも、金吾は「いいよ」と触らせてやった。
「ちんちん立てんじゃねーぞ?」
だから億田がそんなことを言ったときも、いつもの冗談だろうと思っただけだった。
その言葉の裏に、妙な棘があったことにも気づかなかった。
ある日、億田から体育館裏に来いと言われた時にも、別に危険というほどのものも感じてはいなかった。
何かエッチな動画でも見せるつもりなのかな——くらいにしか考えていなかったのだ。
おかしいと気づいたのは、そこにグループのメンバーが全員先に来て待っていたのを見てからだった。
筋力がついても、ニブいという点では以前の金吾と変わりない。
何か空気がおかしい。
これからリンチでも始まるような雰囲気だった。
「最近えらくチョーシこいてるそうじゃん? サエナイ金吾くん?」
グループNo.2の丹馬が首を左に傾げながら金吾に言った。
丹馬は放課後は一緒にツルむ仲間だが、クラスは別なのでいつも一緒にいるわけじゃない。
グループの中ではワル側でケンカも強く、噂ではストリートで高校生をKOしたということだった。
ケンカだけなら億田よりも強い。
億田が丹馬の後ろで、冷ややかな目をして腕組みをしている。
ここにきてようやく金吾は悟った。
億田の前で億田よりも女子の注目を集めたことが、億田の気分を害したのだ——と。
たしかに‥‥これまでの根深いコンプレックスが解消されて調子に乗っていたかもしれない‥‥
「いや‥‥ぼ‥‥僕は、別に‥‥」
「いっちょ、どれだけ強くなったか、オレが試してやるよ。」
丹馬が足を前に踏み出す。
「ケンカやろうぜ。」
「ぼ‥‥僕は、そんなことは‥‥」
情けないことに、金吾は子どもみたいに泣きそうになった。
丹馬がツカツカと間合いを詰めてきて、怖じける金吾の足にローキックを放った。
ビシッ! と強い音がした。
‥‥が、金吾が意外だったのはそれほど痛くなかったことだ。
手加減してくれたのかな? と思ったが、どうやらそうではない。
丹馬が足を戻して顔を歪めていた。
それから丹馬は顔を真っ赤にして目を怒らせ、胸ぐらをつかんで金吾の体勢を崩しにかかろうとした。
‥‥が、金吾は崩れない。
それどころか、やや不審そうな目で丹馬を見ている。
あれ?
こいつ、意外と力弱い。
まるでムキになっている小学生を受け止めているような感じだ。
いや‥‥、こいつが弱いんじゃない。
俺の筋力の方が上なんだ。
ついに、日ごろの地道な筋トレの成果が成長期の金吾の体に現れてきたのだ。
金吾の中に、ふと黒い思念が湧き上がる。
これまでは、屈辱的立場に甘んじてきた。
しかし‥‥これからは違う。
金吾は自分の胸ぐらをつかんでいる丹馬の両腕を両手でつかみ、外側へと開いた。
「う゛‥‥」といううめきと共に、丹馬の腕は簡単に外れた。
新川の時ほどふにゃふにゃではなく、それなりの抵抗感はあったが、なんだ、この程度か、と思うほど呆気なかった。
丹馬の顔が苦痛に歪む。
金吾の中に復讐心に似た嗜虐的な感情が現れた。
丹馬個人に恨みがあるわけではない。‥‥が、さらに強く丹馬の腕に握力を加える。
「うが‥‥っ!」
丹馬がうめき声をあげたところで、突き放すようにして手を放した。
丹馬は後ろによろけて、そのまま尻もちをついた。
金吾につかまれたところが赤くアザになっている。
恐怖の表情で金吾を見上げる丹馬を金吾が見下ろしている。
あまりの展開に、その場にいた全員が呆気にとられた顔をしている。
「僕はやりたくないけど‥‥、丹馬くんがどうしてもって言うんならやってもいいよ? ケンカ。」
金吾が、にたあ、と笑った。
その顔は普段イジられてばかりの金吾とは別人だった。




