4 逆転
体育館で体育の授業の後、そのまま放課後の時間になった。
だいたいこういうシチュエーションでは、格闘技ごっこが始まる。マットがあるのだ。
「片付けておけよ」の一言で先生はいなくなる。
部活が本格的に始まるまでの間、正面ステージの上で広げたマットの上は格闘技の技試しには最高の舞台になるのだ。
男の子である。
技をかけられる役は、いつも金吾だった。
かけるのはたいてい『シン日本プロレス』を自称する新川である。
こいつも決して体育の成績がいいわけじゃない。太っているから走るのなんか金吾よりも遅い。
そういうコンプレックスも手伝っているのだろう。そのガタイを利用していつも金吾にヘッドロックなんかをかけてくる。
今日みたいにマットがあれば、金吾は新川のスープレックスやボディスラムの餌食だった。
「よし! 今日は新しい技『イービル』な。」
さすがに金吾は後退る。
「あ‥‥あれ、顔面から落ちるやつじゃん?」
「だぁいじょーぶだって。マットあるから。」
「おい、怪我させんなよ? あとがうるさい。」
億田が新川の腿に軽くローキックを入れながら言った。
「だぁいじょーぶ、手加減するからさ。ゆっくりやるから。金吾、ちゃんと腕で受け身とれよ?」
そう言って新川は、ガッと金吾の頭に向き合う方向でヘッドロックをかけてきた。
そのまま顎を抱えて、一旦金吾を上むきに反らせる。
そこから片足を上げて、それを振り下ろす勢いと共に顔面をマットに叩きつける技だ。
うわっ! いやだ。
そう思った瞬間、片足を上げた新川の体の方がバランスを失ってマットの上に、どうっ! と仰けに倒れた。
どっと笑いが起きる。
「さっすが新川ブタ。お笑いの才能あるわ、おまえ。」
新川は真っ赤になってマットから起き上がった。
「あ‥‥新しい技だかんな。今のは失敗。もう一回行くぞ。イービル!」
新川が金吾の頭を抱え込む。
金吾はそれをふりほどこうと新川の太い腕をつかんだ。
腕はいとも簡単に頭から外れた。
あれ? こいつこんなに力弱かったんだ‥‥。
「やだって。」
金吾が初めて笑顔を消して自分の意思を表明した。
金吾が手を放すと、新川が腕を押さえるようにして顔をしかめている。何か得体の知れないものを見たような表情だ。
「お〜い。シン川豚、金吾コングを怒らせるとコワイぞぉ?」
億田がそう言って、またどっと笑いが起きた。
その時はそれだけで終わった。
問題は学校帰り、いつものゲーセンで遊んだあと「じゃな」と億田が言って、グループがばらけた後だった。
すでに西の空の茜は紫色になり、夜の闇が空を侵食し始めている。
繁華街の表道路の方では、街路樹でねぐらを争うムクドリの鳴き声がうるさく聞こえていた。
今日も億田に「金かせ」と言われて臨時サイフにされた。
今月の小遣いはもう、ほぼない。
明日からはゲーセンに行ってもただ見てるだけになる‥‥。
もちろん「貸せ」と言われたといっても返ってくる金ではない。それは金吾も諦めてしまっている。
無制限にカツアゲされるわけじゃないだけ、まだいい。
防犯灯に照らされた団地の道をとぼとぼと歩いているとき、金吾はふいに後ろから声をかけられた。
「おい!」
驚いて振り返ると、すぐそこに怖い顔をした新川が立っていた。
「よくも今日は恥かかせてくれたな? 金吾のくせに。」
新川は金吾の頭にヘッドロックをかけてきた。
「俺の技はちゃんと全部受けろ。金吾のくせに。それができないなら億田みたいに俺のゲームの金も出せよ。」
いつものふざけ合いとは違って、ぐいぐい力を入れてくる。
こめかみが痛い。
金吾はヘッドロックを外そうとして、新川の腕をつかんだ。
驚いたことに、それはまたへにゃりと金吾の片手で外されてしまう。
「痛い! ‥‥痛い。」
金吾の片手で腕をつかまれた新川が、顔を歪ませて泣くような声を出した。
金吾の中で、ふとどす黒い怨念が頭をもたげる。
いつも、こいつは金吾が「痛い」と言ってもやめない。
にぎる手に少し力を加えた。
「い‥‥痛い、痛い! やめて!」
泣き声を出した新川の腕を放すと、そこに赤く金吾の手の痕がついていた。
新川はその腕を抱えて、恐怖を浮かべた目で金吾を見ている。
「明日からは、誰か他の人に頼んでね。」
グループ内の最底辺が入れ替わった瞬間だった。
*注
川豚の本来の読み方は「ふぐ」です。中学生の方は特に間違って覚えないようにしてください。
今回は「新川ブタ」のあだ名に別の意味を持たせるためにあえてこの振り仮名を打ちました。知ってる人は「シンふぐ」と読んじゃいそうなので。。(^◇^;)




