3 違和感
樋山光太郎は眉根を寄せた。
妙だ・・・。
指の感触が、である。
通常、固まった筋肉には指が入っていかない。
そういう状態で患者は体の痛みを感じる。
年齢がいって、いわゆる体が固くなった高齢者などもそういう状態になりやすく、光太郎の勤める整骨院にも高齢の患者が多い。
またスポーツ選手などでも、無理をして酷使した筋肉はそうなっているものだ。
それをマッサージで揉みほぐしてゆき、柔軟な状態に戻してゆくのが彼ら柔道整復師の仕事だ。
「柔道整復師」というのはそうした技術を持つ国家資格の名前で、別に柔道に限った話ではない。
光太郎は長森整骨院というところでマッサージ技術者として働いている。
専門学校を出て働き始めて3年目で、まだまだこの世界では駆け出しというところだ。
「なんだか樋山さんの指で押されていると熱を感じるよ。温めた石か何かで押されているみたいで気持ちがいい。」
常連のおじいちゃんおばあちゃんから、そんなふうに言われることがある。
「そうですか?」
「ああ。ゴッドハンドならぬホットハンドじゃな。」
それは一応‥‥褒められてる、と受け取っていいんだろうか?
光太郎は取り立てて変わった指技をやっているつもりはない。学校で習ったことを忠実にやっているに過ぎない。
他の先輩たちに比べても、その人の状況に合わせた微調整を施した指技ができているとは自分でも思えないのだ。
そのあたりは経験量の差だろう。
「院長先生の指は柔らかい」などという人が多いが、それはたぶん長森院長がそういう微調整を見事にやれているということなのだろう——と思う。
指が熱い、というのは別の言い方をすれば指技が固いということかもしれなかった。
院長の長森さんなんかは全日本のホッケーチームのトレーナーなんかもやっていて、時々海外遠征についてゆくこともある。
光太郎もいつかそんなふうに、どこかのスポーツチームのトレーナーになることが夢だ。
トレーナーになるには、指技だけでなく筋肉の使い方も含めて選手にアドバイスできるくらいにならないといけない。
それには学校の知識だけでなく、多くの経験を積む必要がある。
だから、中学や高校のスポーツ大会で整骨院の宣伝も兼ねてボランティアの出張整骨院を開催する時など、積極的に参加をしていた。
トレーナーになるための訓練になるからだ。
光太郎が妙な感触を覚えたのは、そういう現場でチームで調整を頼みにきた中学生たちのマッサージをしていたときのことだ。
なんだろう、これは?
若い筋肉は、特にスポーツ選手の筋肉は、本人もケアに気をつけているので基本は柔らかい。
指は入っていく。
が、それは柔らかいという感触ではなかった。
どちらかといえば、逃げる、という方が近い。
想像できるだろうか?
筋肉が揉みほぐされるのではなく、ぐに、っと光太郎の指を避けるように逃げるのである。
気持ち悪い。
と思ってしまった。
目の前の中学生には悪いが‥‥。
「もう終わりっすか? 帰っていいっすか?」
手を止めた光太郎に、その男子中学生は不機嫌そうに言う。
もともと施術を嫌がるようなそぶりを見せていたのだが、先生に言われて渋々施術台にうつ伏せに乗ったような少年だった。
「あ、はい‥‥。」
光太郎も思わずそう迎合してしまった。
少年は目を合わせることもなく、「ありがとう」の一言も言わないで、背中を丸めてそそくさとコートの方に戻っていった。
指技、失敗して痛かったんだろうか?
あの妙な感触は、自分の指技の至らなさで起こった事故だったんだろうか?
だとしたら、あの中学生には申し訳ないことをした。
あのあと変な後遺症が出てなきゃいいけど‥‥。
それにしても‥‥、何をどう間違えたらあんな指の入り方をするんだろう?
学校でも習った覚えがない。




