21 戦う筋肉
魔沙鬼のパンチを金吾の歪んだ顔面がはじき返すと同時に、金吾の足が魔沙鬼の顔面を襲う。
だが遅い。
格闘技の基本ができていない金吾の動きは無駄が多く、魔沙鬼のガードを許してしまう。
以前なら、金吾の蹴りは魔沙鬼の腕ごとへし折っただろう。
しかし魔沙鬼は金吾の蹴りを片腕を上げただけの通常のガードで受けた。道路標識のポールをへし曲げたあの蹴りを——だ。
魔沙鬼がにやりと笑う。
金吾も歪んだ顔で笑っている。
「はは! ははははははぁー! 楽しいぜぇ、魔沙鬼さん!」
億田と丹馬が遠巻きに、それを呆然とした顔で見ていた。
あれは‥‥
あの2人は‥‥人間なのか‥‥?
特に、金吾はすでに人間の姿とさえ言えない。
あの、異様に膨れ上がった首と顔は何だ?
顔面の片側に筋肉が浮き上がり、顔が曲がってしまっている。
金吾自身は気がついているのか?
あれは‥‥本当に‥‥あの金吾なのか?
あの、弱々しく、いじられていただけの‥‥
魔沙鬼の方も明らかにおかしくなっていた。
丹馬が知っている以前の魔沙鬼は、たしかに逞しくはあったがまだ人間の身体のプロポーションだった。
いや、学校に金吾を誘いにきた時だって、まだ人の姿をしていた。
それがどうだ。
戦いを続ける間にどんどん筋肉が盛り上がってきていて、今やまるで映画の中の超人ハルクだ。
ダブダブだったカーゴパンツの大腿部は、はち切れそうにパンパンになっている。
金吾に至っては、すでに学生服のシャツは破れ、ボロ切れのようになって上半身にまとわりついているだけだし、ズボンもはち切れて大腿部が露わになっている。
それでも2人とも気にする様子もなく、互いを打ちのめそうとぶつかり合っている。
最初は沸いていたギャラリーも、次第に静かになってきている。
あちこちでボソボソとささやき合うような声が聞こえるだけになっていき、次第にギャラリーは遠巻きになっていった。
これってニンゲンの戦いじゃない‥‥
+ + +
光太郎は長森先生と一緒に整骨院に帰ってきて、午後4時からの通常の治療に従事した。
「ここでのことは全て機密だからね。守秘義務がある。」
そう念を押されて帰ってきたが、光太郎は長森先生みたいに全くのポーカーフェイスができているかどうか自信がない。
というより、たぶんできていない。
「樋山先生、なんか元気ないね。どうしたの? 彼女にでもフラれた?」
常連のおばさん(お婆さんに近い)が話しかけてくる。
「あ、いや‥‥。彼女いませんから。指、変ですか?」
「いいえぇ、そっちは大丈夫。気持ちいいわよ。そーぉ、彼女いないの。なんならわたしがなってあげようかぁ? 毎日体触ってほしいわぁ。」
やめてほしい。そういう冗談。
夜7時になって患者も途絶え、他のスタッフも帰り始めたころ、光太郎は長森先生から手招きされた。
カルテの確認をするようなふうだが、それではないと光太郎にはわかる。
「お先ぃ」と最後に残っていたスタッフが帰ってゆくと、長森先生が光太郎にスマホを確認するように言った。
光太郎がロッカーからスマホを出してきて見てみると、早速特対の篠島課長から連絡が入っていた。
「明日の午前中、もう一度行くことになる。今夜どうやら大捕物があるらしい。上手く捕獲できれば、明日私たちがその患者を治療することになる。」
光太郎が露骨に嫌な顔をしたんだろう。
長森先生は、もうひとつ言葉をつないだ。
「口座を確認してごらん。」
光太郎が口座を開いて見てみると、驚くような金額の契約金がすでに振り込まれていた。
「悪くないだろ?」
そう言って長森先生はにこっと笑う。
たしかに‥‥。
これは、やる気出るかも——。




