16 伝説の男
「紗枝内さん、街、行かないんすか?」
丹馬が媚びた笑い顔で金吾に聞いてきた。
金吾がじろりと丹馬を見る。机に両足を上げたままだ。
その脚はひと頃とは別人かと思うくらいに筋肉が隆々としていて、学生服のズボンがはち切れそうだ。
「へへ‥‥」と丹馬が揉み手をした。
金吾のそういう態度を億田も咎めようとはしない。それどころか、億田も金吾を恐れているようだった。
相変わらず億田グループのトップは億田だったが、何を決めるにも必ず金吾の意向を聞いてくるようになっていた。
「つまんねぇ。」
金吾はぼそりとつぶやく。
たしかに、見える景色は変わった。
今や金吾をイジったりするようなやつはいない。ばかりか、どんな不良グループであろうと、金吾の姿を見ればこそこそと道を空けた。
あるいは憧れの眼差しを注いでくる。
魔沙鬼はあれから街に出てこなくなったという。
『デュエルゲーム』は他のメンバーによってまだ続けられているようだったが、魔沙鬼のいない『デュエルゲーム』になど出ていったところで面白くもなんともない。
金吾もあのあと一度だけそこで名乗りをあげてみたことがあったが、対戦相手として名乗り出るものが誰もいなかった。
馬鹿馬鹿しくなって、金吾もそれ以来行っていない。
「つまんねぇ。」
もう一度つぶやく。
あれ以来、金吾の中でどうしようもない欲求がマグマのように噴出口を求めてたぎっている。
金吾はそれを持て余していた。
ぶっ倒してぇ。
思う存分、暴れまわりてぇ。
だが、ハメを外し過ぎてそれをやれば警察のご厄介になる。
それくらいのことは金吾にもわかっていた。
「うおおおおおおおおおお!」
コンクリートブロックを5つ積み重ねさせて、拳ひとつで叩き砕いてみせる。
それがもう人間わざとは呼べない、ということになぜか金吾は気がついていなかった。
以前と違って女も寄ってくる。
しかし、ややおっかなびっくりという感じで、その目の中には憧れと共に恐れが存在している。
こんなんじゃねぇ。こんなのが欲しかったわけじゃねぇ。
そんな頃だった。
金吾の通う中学の校門に、あの魔沙鬼がやってきたのだ。
億田や丹馬が顔を引きつらせて立ち止まる。
金吾だけがさらに歩いて魔沙鬼に近づき、にたりと嬉しそうに笑った。
魔沙鬼も同じように、にたりと笑う。
「『デュエルゲーム』にご招待にきた。紗枝内くん。」
「もっかい、やりますか?」
「もちろん。メインイベントでリングを用意したい。」
「俺、あの時よりさらに強くなってますよ?」
「俺も、あの時の俺じゃないよ? 伝説くん。」
そう言う魔沙鬼の体軀も、あのときよりひと回り大きくなっているように見えた。
2人とも笑っている。
笑っているのに2人の間に殺気の圧力が増してゆき、周囲にいる者たちに息苦しささえ覚えさせた。
勝負は金曜日の夜10時から——と魔沙鬼は伝えた。
「メインイベントの前に雑魚どもの前座も用意しておく。そこの喧嘩自慢くんもひとつどうだい?」
視線を向けられた丹馬は思わず目線を地面に落として後退った。




