11 路上の怪物
この中学生は、いったいどういう体の鍛え方をしているのだろう?
ギャラリーのみならず、魔沙鬼でさえそんな疑問を持った。人間離れしている。
ところが、金吾自身の中には不思議なことにそんな疑問が湧いていない。
特別なトレーニングなどはしていないことは、金吾がいちばん知っているはずなのに——だ。
まるで道路標識の鉄柱くらいならひと蹴りで曲げられて当然であるかのように感じている。
何かが金吾の中で暴走していた。
普通の男ならこの状況に驚いて動きが止まるところだ。
しかし、そこはキングと呼ばれる魔沙鬼。すかさず金吾の軸足にタックルして引き寄せ、金吾の体を激しい回転と共に宙に浮かせる。
金吾は背中からしたたかにアスファルトの路面に叩きつけられた。
これが路上の怖いところだ。
叩きつけられるところは硬いアスファルトであり、柔道の畳やプロレスのリングではない。
下手をすれば一生車椅子生活になりかねない危険と隣り合わせなのだ。それどころか後頭部を強打すれば、生命にも関わりかねない。
格闘技の訓練を正式に受けていない金吾は、受け身もとらずに背中を強打した。
首に力を入れて頭だけは打たないよう守ったが。
これは、いっちまったな‥‥。
ギャラリーの誰もがそう思った直後。
金吾が背筋をバネにして、跳ね上がるように起き上がった。
片足だけで路面に立ち、つかまれている方の足を魔沙鬼の体ごと高く振り上げる。
魔沙鬼の体が宙に浮いた。
そのまま踵落としのように足を振り下ろして、魔沙鬼をアスファルトに叩きつけようとする。
すんでのところで魔沙鬼は手を放し、路面に向けて身体につけられた加速度に相撲の構えのような姿勢で両足を踏ん張って耐えた。
跳び下がって間合いをとる。
それから横っ跳びに跳んで金吾の視界から消えた。
金吾が魔沙鬼の動いた方に顔を向けた時には、すでに魔沙鬼の拳が金吾の顔のすぐ前にあった。
ガードが間に合わない!
ビシッ! と魔沙鬼の拳が金吾の顎をかすめるように撃ち抜いてゆき、金吾の意識が一瞬宙に舞った。
脳が揺れ、金吾が全身の筋肉のコントロールを失ってふらつく。
キマったな。
魔沙鬼もギャラリーもそう思った。
これで路上に崩れ落ちるだろう。
「中学生にしては‥‥」大したやつだ。俺をここまで追い詰めたやつはおまえが初めてだよ——。
満足そうな笑みと共にそう言おうとした魔沙鬼が顔をこわばらせた。
金吾がさっきとは比べ物にならない勢いで魔沙鬼に襲いかかってきたのだ。
動きは格闘技のそれではない。
めちゃくちゃな動きだが、しかし魔沙鬼がかわす方向へ方向へと腕や足が伸びて襲いかかってきて息つく暇もない。
魔沙鬼は防戦一方になった。
金吾は目がすでにイっている。どうやら意識がないらしい。
なのに体だけが凄まじい攻撃性を見せているのだ。
とろん、とした表情のままで金吾の体だけが魔沙鬼に襲いかかってくる。
これは‥‥まるで、ゾンビだ。
魔沙鬼はストリートファイトで初めて恐怖を覚えた。
魔沙鬼は回り込みながら金吾の膝に横からローキックを放つ。
何度も何度も放つ。
膝を破壊して金吾の足を止めるためだ。
金吾の膝が腫れてきた。
魔沙鬼は容赦なくそこを攻め続ける。
一生まともに歩けなくしてやる。中学生だろうが、もはや手加減などしない!
一方、金吾の目はまだイったままだ。とろんとしていて、どこを見ているのかもわからない。
それが魔沙鬼を戦いづらくしていた。攻撃の予測がつかないのだ。
しかもそのスピードとパワーが人間離れしていて、でたらめなフォームで打ってくるパンチをさばいているだけで腕の骨が折れそうになる。
とにかく魔沙鬼は金吾の攻撃を受けないように素早い動きで回り込み、執拗に膝への攻撃を続けた。
おかしい。
普通、ダメージを受けて腫れているならその腫れは柔らかいはずだ。
なのに、金吾の膝回りの腫れはタイヤでも蹴っているように硬い。
魔沙鬼は攻撃場所を太ももやふくらはぎに切り替えてみた。
関節がダメなら、筋肉そのものにダメージを与えようという戦術だ。
金吾の脚が妙な方向に曲がって、状態がぐらりと揺らいだ。
よし、効いた!
と思った瞬間、信じられないことにその曲がった脚を軸にして、魔沙鬼の死角から金吾のハイキックが襲ってきた。
+ + +
魔沙鬼を倒した男——
ストリートの怪物——
意識を取り戻したとき、金吾はそんな呼ばれ方をする伝説になっていた。




