10 ストリート
丹馬は怯えた顔で2人を交互に見ながら、じりじりと後退った。
こいつは、誰だ?
ついさっきまで丹馬の弟分だったはずのこいつは‥‥本当はなんなんだ?
殺気があたりの空気を重くする。
「いい度胸だ。楽しい夜になりそうだ。」
魔沙鬼が頬を引き締め、胸の前で拳をにぎる。
「お手柔らかに。」
金吾がそう言って、拳をにぎった腕を顔の前に上げて顔面をガードする。
ボディがガラ空きだ。
次の瞬間。
魔沙鬼が一瞬で間合いを詰め、左拳を金吾のストマックに叩き込んだ。さらに間髪を容れず、右フックが脇腹を襲う。
肋が折れた。
‥‥‥‥はずだった。
が、なんのダメージもないかの如く金吾の右フックが魔沙鬼の顔面を襲ってくる。
魔沙鬼はそれを左腕でガードした。が、まるで重機にでも押されるみたいにその腕ごと左顔面まで押し込まれた。
「ぶっ‥‥!」
魔沙鬼が跳び下がって間合いをとる。
魔沙鬼の表情に驚愕の色が現れた。
おそらく‥‥。魔沙鬼にこんな表情をさせたのは金吾が初めてなのではないか。
金吾が押し込むように前に出る。
その脚に、魔沙鬼の重いローキックが膝も砕けよとばかりに炸裂した。
‥‥‥‥のに。
金吾の前進は止まらない。
なんだ? こいつの体‥‥。
まるで大型トレーラーのタイヤでも蹴っているような筋肉の硬さ。
こんなやつとは初めて対戦する。
速くはないが、重さのあるパンチが次々に魔沙鬼に向かって繰り出されてくる。
魔沙鬼は回り込みながら金吾の足を止めようとローキックを何度も繰り出したが、金吾はまるでこたえていないように前に出てきた。
普通なら魔沙鬼のローキックをこれだけあびたら足が使い物にならなくなるはずだ。
魔沙鬼がこんなふうに逃げ回るような戦い方をするのを、常連のギャラリー連中も初めて見る。
中坊なんぞ一撃で沈めるだろう。調子に乗りすぎるからだ、かわいそうに。
——と誰もが思っていた対決は、誰も想像しなかったような展開を見せ始めた。
そんな中で金吾が初めて魔沙鬼に対してローキックを放った。
魔沙鬼がローキックを放った後で若干体勢を崩していたとはいえ、そのキック1つで魔沙鬼がよろけた。
こんなことは『デュエルゲーム』が始まって以来、初めてのことだ。
ギャラリーがどっと沸いた。
丹馬は恐怖と驚愕に顔を歪めたまま、ただの観客になっている。
ただ他のギャラリーみたいに沸くこともできなければ、金吾に声援を送ることもできないでいた。
逃げなきゃ‥‥と思うが、足がすくんで動けない。
金吾が勝てばいい。しかし、勝てなかった時には(たぶん勝てないだろう、いくらなんでも‥‥)丹馬もどんな目に合わされるかわかったもんじゃない。
魔沙鬼は戦いながら顔に笑いを浮かべている。
その笑みは凄絶と言ってもいい。
まさに、自身が最初に言ったように「楽しい夜」であるらしい。
金吾は‥‥? と丹馬が見ると、金吾も同じような笑みを浮かべていた。
2人とも、地獄の悪魔ならこんな笑いを浮かべるだろう、というような闘うことそのものを楽しんでいる笑いだった。
狂ってやがる! こいつら‥‥。
「ぎっっ!」
金吾の2発目のフックがガードした魔沙鬼の腕の上からヒットしたとき、魔沙鬼の笑いが少し歪んで体ごと20センチも横に吹っ飛ばされた。
打たれた方の腕がだらんと下がり、魔沙鬼がいったん距離をとる。
「大したもんだ。さすがにヌケヌケと名乗り出ただけはある。」
魔沙鬼の目が猛獣の目のように光った。
「だが、まだここからだ。」
魔沙鬼のスピードがそれまでとは変わった。
打たれた右腕はまだ回復していなさそうだったが、ノーガードのままでステップを踏む。
前後左右のステップが速く、金吾の目が追いつかない。
打った! と思ったところに魔沙鬼はおらず、いきなり後頭部の方からパンチが飛んでくる。
魔沙鬼が金吾の頭部を狙いはじめた。
ガードを上げていても、側頭部や後頭部からパンチが襲ってくるのだ。
頭に筋肉はない。
司令塔である脳が揺らされれば、ダウンということもあり得る。
どうやら魔沙鬼は金吾がガードで上げた腕の陰になるように動いて、金吾の死角からパンチを出しているようだった。
金吾はガードをやや下げた。
見える。
再び死角に回り込もうとする魔沙鬼に向かってローキックを放つ。
足を止めてやる!
しかしそのローキックは魔沙鬼の脚ではなく、道路標識の鉄柱に当たった。
それを見越しての魔沙鬼の動きだ。これが、リングとは違う路上である。
だが、金吾の体も常軌を逸していた。
ガン!
という音と共に道路標識がくの字に折れ曲がったのだ。
ギャラリーからどよめきが起きた。




