親父の味
農業をやり始めて一年。すくすくと育った農作物を見ながら、佐藤静雄は昔のことを思い出していた。
「親父はいつもこんな気持ちだったのかな」
佐藤の実家は農家だった。だった、ということは今はそうじゃない。
地元の土地開発で、佐藤の父は、街の為に、ということで畑を売ったのだ。それも二束三文な値段で。
農業をやっていた父は、それ以降暇を持てあましていた。縁側に座りながら日がな一日ボーとしていることが多くなった。
仕事をなくしたことで、生きる活力もなくなったのか、病にかかりあっさりと死んでしまった。
佐藤が今農業をやっているのは、自分が定年になり自由な時間が増えたことが大きい。暇を持てあましている自分が、幼い頃見た父と重なったのだ。そう思うと、自分が生きることに希薄になっているのに気付いた。
農業をやり始めて、佐藤は活き活きとしていた。
そんな自分の顔を鏡で見て、ふと懐かしさを感じる。
今の自分は、父とそっくりだというのに気付いた。
やはり、親子だな、としみじみと思う。
立派に育った野菜を収穫する。
「自分で作った物を刈るって気分がいいな」
佐藤は収穫した野菜を見て、ため息を吐く。
「残念なのは育てた物を味わえないことだな」
コンピュータのソフトで、彼は農業をしていた。ディスプレイには収穫した野菜が山積みになっている。
佐藤は目を閉じて、自分が育てた野菜の味を思い浮かべる。
その味は、父が作った物とまったく同じだった。
おわり
短いのを色々と書いているので、よかったら他のも見てください。