8 そこに小屋があった
聖騎士団長から緊急連絡があった。
ある地に向けて聖騎士が出動することになったのだ。異世界人も同行するということが決まった。その話に、日本人もグムル人も苦い顔をした。自分たちが敵のようなものとの戦いを強いられるのではないかと思ったからだ。
案の定、そのとおりだった。
向かう先は北フンディナの森。目的は魔族討伐。
大勢の集団行動って、面倒臭いんだよな。
グムル人の女が猛抗議を始めた。
「あたしたちをこの城に連れてきた理由って、恐怖の大王から世界を救うことだったわよね? 魔族のことはあたしたちと無関係のはずじゃない!」
いいぞ、言ってやれ。
それに答えるのは聖騎士団長だった。
「諸君に求める協力は、恐怖の大王の対応に限ったことではない。人類滅亡の危機全般に対してなのだ。恐怖の大王が現れる前に魔族に滅ぼされては、すべて意味がなくなってしまう」
「あなたたちだけで戦えばいいでしょ」
そうだ、そうだ!
「我々だけでは手に負えないのだ。魔族と言えば得体のしれない化け物だ。どんな幻術を使ってくるのか推測もできない。だから特殊技能を持つ諸君の手が必要なのだ」
「今度は恐怖の大王じゃなくて魔族に滅ぼされる? 何それ。ナントカの森に引きこもっているのなら無害でしょ。放っておいたらいいじゃないの」
そうだ、もっと言ってやれ!
「無害なんてとんでもない。ヤツらは森を拠点としているが、引きこもっているわけではない。うーん……。ならば諸君はこんな話を聞いても、他人事だと聞き流せるだろうか。森の近隣で、町や村が非常に残酷な方法で壊滅させられた。武器も特殊技能も持たない町や村の人々は、抵抗する手段がなかった。女は殺される前に凌辱され、男は生きたまま皮を剥……」
耳を塞いだ。グロい話の内容は、ある種、俺たちへの拷問だった。
わかったから、もう言うな。
それに、もし同行を拒否したら元の世界へ戻してもらえなくなる。だから一緒に行って戦うしかなかった。俺たち異世界人は、ちょっとばかり待遇のいい奴隷でしかないのかもしれない。
だが異世界人は半数のみの参加でいい、と言うではないか。
さすがに全員参加というわけでもなかったのだ。
それでも喜んだのは束の間のこと。
俺もメンバーにしっかり選ばれていた。
女聖騎士が屈託のない笑顔を向ける。
「あなたの【お人形さん遊び】に、皆が期待している」
うるせ、黙れ。
あのとき【目からのビーム】を披露するんじゃなかった。
つくづく後悔した。
二日後。
聖騎士・兵士・異世界人を合わせた軍隊が、北フンディナの森へと向かった。
恐ろしい森だった。足を踏み入れた途端、皆の気分が悪くなった。
森一帯に【瘴気】が立ち込めているためらしい。
そこで全員に容器が配られた。中に入っているのは瘴気の特効薬とも言える聖水だった。ほんの少しずつ聖水を頭に垂らしながら、森を進む。
それにしても気が乗らない。他の異世界人たちもそんな様子だ。しかし一人だけ乗り気なヤツがいた。甘巻銀兵というヤンキー男のことだ。なんでアイツはそんなウキウキできるのだ。いったい何が楽しい?
この瘴気の中、甘巻銀兵が何やら口ずさんでいる。
それって昭和のロックンロールか。おいおい、あちこち歌詞が飛んでるじゃん。曲が古すぎるから、思い出せないんだろ。てか、歌ってると年齢バレるぞ?
と思ったら、歌をやめた。
嬉しそうに高い空を指差す。
「来たぁー。敵発見!」
大きな鳥の群れが飛んでいた。甘巻銀兵が第一発見者かよ。くっそ、一丁前に手柄をあげやがって。
兵士たちが叫ぶ。空の大きな鳥について、魔道具の腕輪では『ハーピー』と翻訳されていた。
けどさ。あれらの姿、あまり人間っぽくないよな。俺たちの目的は『魔族』退治だっただろ。でも『魔族』というより、『魔獣』とか『魔鳥』って呼んだ方がしっくりくるんじゃね?
聖騎士が声を張りあげる。
「上空のあれらは、討伐対象の魔族ではない。魔族は別にいる。だが、我々が先に進むためには、あれらを倒さなければならない!」
だってさ。やっぱり、あれらハーピーは魔族じゃなかったらしい。
弓兵部隊が地上からハーピーの群れを一斉攻撃した。しかしかなり高く飛んでおり、矢を当てられる者はいなかった。そこで特殊技能を取得した異世界人の出番となった。
ところが特殊技能の火系にしろ、氷系にしろ、風系にしろ、空高くまで届かせられる者はいなかった。皆、まだまだ訓練不足だったのだ。
女聖騎士がこっちにきた。
えっ、なんだと? 俺もやれって?
いや、無理無理。式神はあんなに高く飛べないって。
何っ、目からビーム?
いま瘴気で頭痛が激しくて。式神に意識集中は難しいんだけど……。
わかったよ。やるよ。
ガンガン痛む頭に手を置きながら、手から式神を放した。
一方、ムスッとしている男がいた。ヤンキー男の甘巻銀兵だ。彼の自慢の特殊技能は【猛ダッシュ】だ。他の異世界人とは正反対にヤル気満々なのだが、上空の敵には為すすべがなかった。
するとなんと、甘巻銀兵は味方を襲いやがった。
たちまち弓兵から弓と矢を奪ったではないか。
あの馬鹿……。
「貸せ、俺がやる。見てろよーーーっ」
甘巻銀兵が矢を放つ。
あっ!
誰もが目を丸くした。
飛びあがったばかりの式神を射抜きやがったのだ。
「いやあ、わりぃー」
わりぃー、じゃねえ!
しかもあの馬鹿はほぼ真上に向けて放ったものだから、あがった矢はやがて味方の方へと落下。危うく仲間まで射抜くところだった。
敵から反撃がきた。
ハーピーの群れはそれぞれの口から何かを吐きだした。俺たちの方へと落ちてくる。地面に触れた物体は爆発を起こした。
パニックとなった。
聖騎士団長が撤退を命じる。
軍隊は敗北を喫したのだ。
俺たち異世界人は軍事訓練をじゅうぶんに受けておらず、ただ逃げ惑うばかりだった。皆、瘴気による頭痛やめまいなども忘れ、必死に走って散り散りとなった。敵への反撃の機会など知るものか。自分の命が助かることが最優先だった。
皆とはぐれた。
聖水は残り少ない。城までの帰り方も知らない。俺は一人ぼっちだ。でも月輝姫がいてくれた。人間ではないが、誰もいないよりずっとマシだった。
いつの間にか森の瘴気はおさまっていた。
ありがたいことだが、瘴気がおさまったのは何故だろう。もしかして俺たちが撤退したからか。仮にそうだとしたら、さっきの瘴気は誰かの手で意図的に撒き散らされたことになる。ハーピーについてもそうだ。
それはさておき、瘴気によって苦しめられた体は、まだじゅうぶんに回復していない。
夜がくる前に森を出たい。そのためにはどの方向に歩いていけばいいのだろう。地図も磁石も持っていないし、体もまだ少し弱っている。それでも、なるべくまっすぐ歩こうと努めるしかなかった。
おや? あれは。
小屋を見つけた。
ということは人間がここに?
いいや、ありえない。ここは魔族の住む森の中だぞ。
だったら、その魔族の住処だろうか。
誰かが住んでいるような感じはしなかった。空き家に違いない。体が弱っているので、ここをちょっと借りよう。
ドアを開けた。
ハッ
額から汗が流れ落ちた。
無人だと思っていたのに、人間がいたのだ。
物音一つとして無かったはずだったが……。
そこにいたのは、美しい若い女だった。