6 対戦に汗を流すのもいい
グムル人との特殊技能の対決が始まった。
「まずは僕にやらせてほしい」
一人の真面目そうな日本人が前に出てきた。
彼の特殊技能は【火魔法】だという。
対戦者として立候補したグムル人は三人。それぞれ【砲炎魔法】【爆炎魔法】【炎竜の息吹】といった火系特殊技能の取得者だった。
勝負する相手について、日本人側に選ばせてくれた。
日本人の彼は、対戦者として【爆炎魔法】の者を指名。
特殊技能の取得日は、両者とも一昨日とのことだ。
聖騎士たちが用意したのは、水に濡らされた丸太だった。
早く着火させた方の勝利という対戦方法に決まった。
「つまんねえー。殴り合わねえのか」
そんなヤンキー男のことは放っておいて、勝負が始まった。
覚えたての火魔法を日本人が発動する。魔法を連発するが、着火どころか丸太を乾かすことさえ難しそうだった。五発目を終えたところで、その場にしゃがみこんでしまった。魔力のスタミナ切れか。
一方、グムル人の爆炎魔法の威力は凄まじかった。彼が発するごとに「おお!」と歓声があがるほどだった。五発目を終えた頃には、丸太はすっかり大きな炎をあげていた。
グムル人の圧勝だった。
次の対戦へと移る。
前に進み出るグムル人がいた。
彼の特殊技能は【氷結の刃】だという。
先ほどの【爆炎魔法】といい、グムル人の特殊技能はカッコ良すぎる。
対戦者として立候補できるのは、特殊技能の系統が近い者のみだと指示があった。グリム人側が【氷結の刃】なので、それに似た特殊技能の者しか立候補できなくなった。
挙手した日本人は二人。それぞれ【氷霧魔法】と【風刃】の取得者だった。日本人からも、ちょっとクールな感じの特殊技能取得者が現われた。
グムル人が対戦相手として選んだのは、【風刃】を取得した日本人だった。
聖騎士が用意したのは毛皮の盾。先に切り裂いた方を勝者とするそうだ。
「刃同士で喧嘩させりゃいいだろうがっ」
そんなヤンキー男のことは無視して勝負が始まった。
両者がいっせいに特殊技能を発動する。
日本人の発する風刃は目視することができなかった。ただ、盾が微妙に動いている。風の刃は間違いなく発せられているようだ。それでも盾にダメージは見られない。
グムル人が飛ばすのは円盤だった。特殊技能の名称からして、たぶん氷製なのだろう。一度目の発射で、きちんと盾に傷をつけていた。四発目で盾は真っ二つ。勝負あった。
その後も日本人側の敗戦が続いた。
俺としても、ちょっと悔しい気分だ。
新たな出場者として出てきたグムル人の特殊技能は【衝撃波魔法】だった。ところが日本人側の立候補者はいなかった。連敗に意気消沈してとか、相手に萎縮してとかではないと思う。たぶん衝撃波に似た特殊技能の取得者がいなかったからだろう。
しかしヤンキー男はそんな考えに至らなかったようだ。
「てめぇーら、ビビってんじゃねえぞ! だったらいい。俺、甘巻銀兵がやってやるぜ」
パッと上着を脱ぎ捨てた。ついでにTシャツも。そのパフォーマンスの意味は不明だが、気合だけは感じられた。かなり鍛えられた体だった。彼が特殊技能を問われて答える。
「【猛ダッシュ】だ!!」
聖騎士団長は首を横にふった。特殊技能に共通性はなく対決方法も思いつかないと。だが甘巻銀兵というヤンキー男は、その説明に納得しなかった。
「共通性? 猛ダッシュも衝撃波も男の勢いだろ」
「認められない。対決方法がない」
「対決方法だったら決まってらぁー。喧嘩だろ!!」
甘巻銀兵が【衝撃波魔法】を持つグムル人に指を向ける。
「俺と戦え。逃げたら承知しねえぞ」
「駄目だ。そんなものは認めない」
聖騎士団長は両手を広げた。
グムル人の目つきが鋭くなる。
「俺は元の世界では武人をやっていた。決闘を申し込まれたら、受けないわけにはいかない。勝負させてもらえないだろうか」
女聖騎士がやってきて、聖騎士団長にぼそっと言う。
「この目で【衝撃波魔法】を見ました。その威力には圧倒されました。大声で騒ぐ彼が勝負を望むのでしたら、好きにさせてやれば如何でしょう。きっと完全な敗北を喫して、少しは大人しくなると思います」
聖騎士団長はしぶしぶだったが勝負を認めた。
そして【衝撃波魔法】と【猛ダッシュ】の決戦が始まった。
「さあ、来い!」
甘巻銀兵は【猛ダッシュ】を発動せず、何故か仁王立ち。
グムル人が衝撃波を放つ。
甘巻銀兵の体は吹っ飛んだ。
「ぐへっ」
地面を三転四転……。それでも立ちあがった。笑顔を作る。
「まさかそれが全力じゃあるまいな!!」
「ほう、全力を見たいのなら見せてやろう」
グムル人がふたたび衝撃波を発する。
「ぐごっ」
今度は甘巻銀兵が耐えた。
ではここから彼の猛ダッシュが見られるのか?
しかし彼は動かず、ただ挑発するのみ。
「大したことねえな。ちっとも痛くねえぞ!!」
グムル人が衝撃波を連発する。
甘巻銀兵は衝撃波を体で受けるだけ。身体を手で覆おうともしなかった。
ゆっくりと対戦相手のグムル人に向かって歩いていく。
見ているこっちが痛くなった。
甘巻銀兵は笑っている。きっと馬鹿なのだろう。
いよいよ彼はグムル人のすぐ前までやってきた。
気合の入った声で叫ぶ。
「猛ダッシューーーーーーーー!!」
右ストレート。甘巻銀兵のコブシがグムル人の頬に入った。
やはり馬鹿だろ。それのどこが【猛ダッシュ】なんだ?
グムル人は地面に落ちるように倒れた。脳震盪を起こしたか?
甘巻銀兵が馬乗りになる。
ここで聖騎士たちが彼を制止する。
「勝者はグムル人側とする」
「は? コイツ倒れたし、勝ったのは俺だろ!!」
甘巻銀兵は聖騎士の判定を認めない様子だ。
「さっきのは【猛ダッシュ】ではなかった。これは特殊技能の対決だ。それ以外の方法で勝負を決めようとすれば、反則になるのも当然だ」
甘巻銀兵は無言でその場を退いた。
しかしその顔には、スッキリしたような満足感があった。
溜息をつく聖騎士団長。彼の周囲の空気は重くなった。
「困ったものだ。何かもっと和むような勝負にできないだろうか」
「あっ、こんなときには!」
女聖騎士が何かを思いついたようだ。聖騎士団長に提案すると、どうやらそれが認められたらしい。
次の対戦者は聖騎士団長が指名するそうだ。
グムル人からは長い髪の女。彼女の特殊技能は【仙山の舞】とのことだ。
なんとかの舞って、踊るやつか? そんなものが特殊技能なのか? 勝負方法はどうするつもりだろう。対戦者として相応しい者っているのか?
聖騎士団長が日本人の中から対戦者を指名する。
彼の指の先には俺がいた。
マジ?
ははん、俺の後ろの……。振り向いてみたが誰もいなかった。やはり俺が指名されたらしい。そして特殊技能を言わされた。どうしても口に出さなきゃならんのか。
「【お人形さん遊び】だ」
その場に大きな笑いが起きた。グムル人の誰もが笑っている。俺の特殊技能を初めて聞く日本人も多くいた。
悪い空気が少しは良くなったかもしれないけどさ……。
くそっ。俺、お笑い担当かよ。
対戦内容については、多くの者を魅了させた方の勝ちとするが、どちらか片方ずつ披露していくというものだった。両者が同時に競技を始めるのではなく、例えばフィギュアスケート競技のように順番に見せ合うものだった。
まずはグムル人。【仙山の舞】を見せてくれた。取得が一昨日なので、まだぎこちない動きだった。しかしそれなりに美しい舞だった。聖騎士たちの話によれば、彼女の舞が上達すれば、仲間への回復魔法の役割を果たすようになるらしい。
彼女の舞が終わると拍手が起きた。日本人からも鳴り響いた。女聖騎士の思惑どおりといったところか。
続いて俺の番。女聖騎士が小声で尋ねる。
「きのう特殊技能を取得したばかりだったはずだが、何かパフォーマンスできるだろうか。もし無理ならば終了で構わない。対戦に形だけでも参加してくれたことに、心より感謝している」
「できないこともないけど、きのうみたいに紙とハサミを用意してくれないだろうか」
彼女は不思議そうな顔をしながらも、紙とハサミを持ってきてくれた。
大勢の注目を受けながら、紙にハサミを入れる。どうせ、皆、俺が人形の月輝姫と遊び始める、とか思っていることだろう。違うんだな。
式神人形が完成。じゃあ披露してやるぜ。
「飛べ」
てのひらから式神が浮あがった。そのまま頭上を旋回する。これが俺の人形遊びだ。でもさっきの舞と比べたら地味だよな……。
そういえば月輝姫が言ってたっけ。目からビームも出せるようになると。
ふたたび女聖騎士に頼み込む。
「ペンも貸してほしい」
別の聖騎士が持っていたので、それを借りた。
式神に目を描く。謎の一ツ目だ。これでよし。
「飛べ」
ふたたび式神が飛ぶ。
「さあ、ビー厶だ!!」
式神は俺の命令に従った。
ズドーーーーーーーーーーン
本当にやりやがった。
初めの一発で成功したのだ。
しかもインパクトは最高のものだった。ここまでグルド人が披露してきた特殊技能でも、これほど人々を驚愕させたものはなかったはずだ。
城内の建物の一部が破壊された。
小さな紙製の式神が発したものによって。
この対決、当然俺の勝ちだ。
しかし聖騎士団長は顔面蒼白のまま微動だにしなくなった。
彼の耳元で女聖騎士が言う。
「団長、これ絶対に叱られますね。今年の我々のボーナスは無いかもしれません」
イベントは中止となった。
俺の勝利も告げられなかった。
それでも多くの日本人が肩を叩いていく。
「驚いたよ。きのうは馬鹿にしたけどゴメン」
「お人形さん遊び、きっと最強に違いないぜ」
「鳥肌立ったわ、お人形さん遊び」
「まさかこんなお人形さん遊びを見られるなんて」
「よっ、お人形さん遊びの達人!!」
はたして褒められているのか、それとも馬鹿にされているのか。
グムル人も六人ほど近づいてきた。
その中には舞を披露した対戦者もいた。
俺が警戒していると、向こうは頭をさげてきた。
「ごめんなさい。頭に血がのぼりやすい人が、わたしたちの仲間に多くて」
「それはこっちのセリフだ。うちには一人、甘巻銀兵がいてさ」
六人のグムル人は頭をあげてニッコリする。
「すばらしかったわ、あなたのパフォーマンス」
「まったくだわ。建物を一瞬で破壊させちゃうなんて!」
「あたしたち異世界人同士、協力していかないとね」
「ねえ、お名前訊いても?」
突然、俺は横からギュッと腕組みされた。その人物は六人のグムル人の誰かではなく、日本人のランだった。
「さっきの颯太、カッコ良かった~」
無邪気に頭を俺の肩に当ててきた。
「カノジョ持ちだったみたいね」
「あたしもそうだと思った」
「邪魔しちゃ悪いわね」
六人のグムル人たちは踵を返していった。
「なあ、ラン。くっつき過ぎじゃないか」
「そうかなあ」
「誤解されるだろ」
「いいじゃない。赤の他人に誤解されたって」
イベントは終わったが、聖騎士たちの仕事はまだ続く。
またもや新たに異世界人が、この城内へと連れてこられたのだ。
この日の特殊技能授与は、午前と午後に分けられた。
午前の部の特殊技能授与を終えた新入りたちが、ぞろぞろとやってきた。
「颯太。あたしたち、彼らの先輩になるのね」
どうでもいいけど、ラン?
その手、放してもらえないだろうか。
新入りたちが、広大な訓練場に視線を巡らせる。
大勢いる先輩たちに驚いているのではなかろうか。
新入り日本人の一人が、先輩たちの方へと歩いてくる。
俺たちの中に知り合いでも見つけたのだろうか?
というか俺の方に向かっているようだ。
誰だ。あんな男、知らないぞ。
ランが俺の腕をパッと放した。
どうやら俺ではなく、ランの知り合いらしい。
ランの額から一筋の汗が流れ落ちた。
「あ……あなたもこの世界に?」
「お前、蘭子だな。その男と何してるんだ」
なあ、これって……。
修羅場みたいなものか、ランちゃん?