5 異世界人を怒らせてはならない
制服を着た女子高生っぽい少女が、目を細めて笑っている。
「あたしも人形が大好きなんだ! だから、あなたの特殊技能が羨ましくて。あたしのは【風魔法】なんだけど、平凡すぎてちょっとつまんないかな。あっ、テントに入っていいかしら?」
少しくらいならいいだろうと思ったが、少女は許可する前に入ってきた。師匠を見つけ、指で撫でる。
「ちょっと古そうだけど、とても美しい人形ね。惚れ惚れしちゃう」
「そ、そうか?」
少女の真ん丸な目がこっちを向く。
「あたしはラン。あなたのお名前は?」
自己紹介しなきゃならんのか。
「乙門だ」
「えっと……。それって、どこまでが苗字? どこからが名前かな~」
「乙門はすべて苗字で、名前は颯太だ」
「じゃあ、颯太って呼ぶね。だからランって呼んで。互いに敬称なしで」
「わ、わかった」
なんだ、このランって少女は。
「あたし、玩具屋でのバイト経験あるんだ。人形に囲まれて最高だったな~。ところでその人形はどこで買ったの? えっ、そうなの。ふうん、預かってるだけかぁ。ちゃんと返すためにも、元の世界に戻らなくちゃね。それに、いつまでもこの変な世界にいたら、カノジョさんだって寂しがっちゃうだろうし。えっ、いないの? うっそだぁ~」
嘘じゃない。カノジョなんかいるものか。妻はいるが。
まあ、もうすぐ離婚することになっているけどな。
「別に誰も寂しがっちゃいないさ」
「またまたぁ。颯太、モテるでしょ」
いや、俺、オッサンだし。
その後もランという少女は喋り続けた。
「あっ、ごめん。長居しすぎたみたい。また明日。おやすみ、颯太」
「おや……おやすみ……」
ようやくテントから出ていった。
はあ、疲れた。
くくくっと、師匠人形が笑う。
「なんだよ」
「ずいぶん気に入られたわね、颯太」
そんなんじゃねえよ。
「いきなりこんな世界に迷い込んじゃったわけだし。誰かと話していないと寂しいんだろ。きっと」
だから俺は少女をテントから追い出すようなことはしなかった。
「とぼけているつもり? 好意を持たれて嬉しくはないの?」
「仮に好意を持たれていたとしても、彼女は高校生くらいだったじゃないか。うちの娘よりも年下だぞ」
うちの娘……。苺香は実の娘じゃなかったが。
「でもランって子、あなたよりも年上よ」
「えっ!!!」
「五十は過ぎているわね」
マジ?
師匠人形の話によると、きょう異世界から来た四十六人のうち、見た目と実年齢に不一致のある者が、三割か四割ぐらいいたらしい。中には八十代もいたとか。
翌日の早朝――。
「師匠、師匠、師匠っ」
「どうしたの? それより師匠って呼び方、どうにかしてくれないかしら」
「なら、なんと呼べば?」
「わたしの名前、知っているはずよ」
子供の頃に池畔で遊んだ少女の名前のことか。
んんんん……。思い出せない。あまり名前で呼び合わなかったし。
忘れたとは言いづらいけれど、ここは素直に謝ろう。
あっ、待てよ。思い出した。
「姫だ」
「覚えていたのね。ごく偶にだけど、わたしをそう呼んでたわ。では正式名もきちんと言えるかしら?」
「うーん、さすがにそれは……。ごめん、昔のことなので記憶にないんだ。姫の本当の名前、教えてくれないか」
「月輝姫よ」
「ああ、そうだった。月輝姫だ。誓う。二度と忘れない」
「わかったわ。それでわたしにどんな用事?」
そうそう、見せたいものがあったのだ。
人形の月輝姫を抱え、テントの外へ連れ出した。
空はまだ薄暗く、テントの外には誰もいなかった。
ふわりと式神を宙に浮かせた。
「ここからだ。見てくれ!」
式神が十メートル以上も飛んだ。
「遠くまで飛ばせるようになったのね。スピードもついてきたし」
「それだけじゃないぜ」
式神はくるりと宙返り。そのままUターンした。
「驚いたわ。短い時間に、ここまで扱えるようになったなんて。やはり才能があったようね」
そう言われると気分がいい。きょう早朝から練習した甲斐があったというものだ。それにしても式神操作って、なんて面白いんだろう! ぶっちゃけ【お人形さん遊び】を取得できたのは幸運だったと思う。師匠の月輝姫には感謝しかない。
「これで目からビームが出せたら最高だな。ハハハハハ」
「不可能ではないわ。ただし目を描く必要があるわね」
何っ? できるのか!
ビームなんて冗談で言っただけなのに。
俺は猛練習を続けた。
太陽が城壁の上から顔を出した頃、朝食が配給された。
「颯太ぁー。いっしょに食べよぉー」
ランだ。朝食の乗ったトレイを持ってやってきた。
女子高生っぽい制服を着ているが、元の世界に戻ると五十過ぎだ。
制服は似合っている。高校生の頃、男連中から人気あったかもな。
だが一つ、彼女のイヤな部分を発見してしまった。ある所作が圜子にそっくりなのだ。なあ、ランちゃんよ。五十歳を過ぎてその箸の持ち方、おかし過ぎるだろ。
朝食後、特殊技能の訓練場に移動となった。
聖騎士副団長についていく。広大な城壁内を歩いた。
「諸君、ここだ」
訓練場に到着したらしい。その場には、俺たち以外の日本人らしき者たちが大勢いた。彼らは先に転移してきた人々だろう。俺たち四十六人と合わせれば、軽く百人を越えるのは確かだ。
さらには別の団体も、聖騎士たちに連れられてきた。
俺たち日本人とは、また感じが違う。肌の色がほんの僅かに緑色を帯びており、元の世界にはいないタイプの人種だ。顔立ちは結構整った感じの人が多い。
聖騎士団長が言うには、彼らも異世界人であり、最近転移してきたばかりとのことだ。皆、俺たちと同じ魔道具の腕輪をしている。
俺たち日本人と彼らを合わせると、ここにいる異世界人は数百人にもなる。この中で最も目立っていたのは、ある日本人だった。
彼は現在では、絶滅危惧種と言っていいのではなかろうか。丈の長い長ランに、金髪リーゼント。ヤンキーと呼ばれる古代種の人間だ。彼は俺やランと同じく、こっちの世界で若返った『オッサン』または『おじいちゃん』に違いない。たぶんあの服装は、昔に着ていたものなのだろう。
歩き方を見ればわかる。若返ったことがとても嬉しいらしい。上体の揺らし方や足のあげ方は、必要以上に大げさだった。
しかし彼はやらかしてしまった。
地面にツバを吐き、淡い緑色肌の異世界人にガンを飛ばす。そして一言。
「なんで肌、緑なん? きっしょ」
あの馬鹿、他集団を挑発しやがって。
向こうの集団は激昂した。翻訳機の魔道具である腕輪をしているため、言葉の意味が互いに理解できるのだ。
「我々からしてみれば、貴様らの外見の方が、よっぽど気持ち悪いぞ」
「ああん? こらぁ、てめ。やるのか?」
淡い緑色肌の異世界人にたちまち囲まれた。
そして頬に一発パンチを食らい、背中から倒れた。
ほーら見ろ。
ところが彼は背中を地面につけたまま、両足を大きくあげ、反動の勢いでぴょんとジャンプするように起きあがった。今度は囲んでいた数人の男を殴り、殴り、また殴り、殴り倒す。
へえ、なかなか強いじゃん。
おっと、感心している場合か。
俺たち日本人は皆で彼を止めた。
そして彼に代わって頭をさげた。
淡い緑色肌の異世界人たちの怒りは、なかなか収まらない様子だった。結局、俺たちと彼らの間に溝ができてしまった。あの馬鹿のせいで。
彼らは聖騎士たちに猛抗議した。
「こんなヤツらと一緒に訓練なんてできるものかっ」
聖騎士団長が頭を抱える。
例の女聖騎士の顔も困り果てていた。
「団長。もはや両者の連携なんて、無理だと思われます」
「こうなっては仕方ない。しばらくは両者を協力させるのではなく、逆に張り合わせることにより、互いの力を高めていってもらうしかなかろう」
聖騎士団長が訓練場の中央に立つ。
異世界人の両者を交互に見ながら話し始めた。
淡い緑色の肌を持つ彼らは『グムル人』という。彼らのいた世界には、昔、いくつかの他属の人間も住んでいた。その多くはグムル人の肌の色や、頭にツノも触角もないことに偏見を持ち、迫害を行なってきた。
あるとき、グムル人は溜めていた怒りを一気に爆発させ、他属の人間を滅ぼした。彼らにはそんな歴史があったそうだ。
聖騎士団長の提案により、これからあるイベントが行われることとなった。『日本人VSグムル人』の特殊技能による競技大会だ。
とはいっても、特殊技能をきのう取得したばかりの者は、まだ訓練も始めていないのだ。なので全員参加のイベントではない。特殊技能の発動に成功し、それなりに自信を持てた者だけが参加する大会となった。
「よっしゃーーーーー!」
この競技大会を最も喜んでいるのは、皮肉にも騒ぎの元凶となったヤンキー男だった。




