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35 聖騎士団長は泣きたい



 ヤンキー男の甘巻銀兵は、敬礼のポーズを解いた。赤面しながら頭を掻く。


「これどーなってんの?」


 それはこっちが聞きたいことだ。

 元の世界に戻っていったのではないのか。


 皆の視線が聖騎士団長グリガンに集まった。


「「「どういうことだ」」」


 大勢でグリガンを責めまくった。


「俺にもわからない」


 グリガンはそう答えるのだが、質問攻めを受け続けた。


「私たちを返すというのは、初めから嘘だったんじゃないの?」

「そんなつもりはなかった。俺も返せると信じていたのだ」


「これまでも異世界人は来てたんだろ。返した実績はあるのか?」

「むろん実績はあった。きちんと記録に残されている」


「記録だと? 返したのって、いつの話だ?」

「約四百五十年前のことだ」


「ふざけないでよ。そんな昔のことだったの?」

「ふ、ふざけたつもりはない」


「それ以降、異世界人は来なかったというのか」

「いいや。一応、何度か来ているが……」


「ならば前回の異世界人はどうなった?」

「我々からの協力要請を拒否し、北の方へと去っていった、と聞いている」


「前々回の異世界人はどうなった?」

「俺の生まれる前の話だが、我々を信じず反乱を起こし、軍と衝突した結果、全滅したらしい」


「その前の異世界人は?」

「聞かされていない」


 魔法陣による転移魔法の失敗は、グリガンとしても予想外だったようだ。


 グリガンに異世界人を欺く意図はなかったのだろう。たぶん、ほとんどすべての異世界人もそう思っているのではなかろうか。なんにせよ、元の世界に帰れないことが現実となった今、皆の落胆はすこぶる大きかった。



   ◇  ◇  ◇



 翌日、王国政府から声明が出された。


 元の世界への転移に失敗した理由について、魔法陣の劣化によるものだと結論づけられたそうだ。複雑で繊細な魔法陣の各部分に綻びがあったというものであり、特殊技師による修復が必要らしい。


 しかし修復が完了するまでには、十年かかるかもしれないし、五十年かかるかもしれないという話だ。


 一応、異世界人の生活は保障されるようだ。ルウェット城の近郊に異世界人のための移民村を建設してくれるらしい。いくらかは安堵したものの、決して喜ぶことはできなかった。


 結衣姫の遺体は共同墓地に埋葬してもらえるそうだ。聖騎士の命を奪った脱走奴隷の死後の扱いとしては、極めて異例の措置だと言えるのではないか。その決定にはありがたく思った。


 だが、彼女はこの国の共同墓地で眠りたいと思うだろうか。いいや、望むはずがない。俺としては、できれば西の国の近くに埋葬してあげたい。


 軍馬車を借りたい、とグリガンに頼みにいった。

 遺体を埋葬にいくためだ。


 グリガンは多くの異世界人から文句を浴びて弱り果てていたためか、いともあっさり軍馬車を貸してくれた。御者もつけてくれた。



 結衣姫の棺を軍馬車に乗せ、西タクッド山脈へ向けて出発。


 もちろん月輝姫と雪綺姫もいっしょだ。しかし今回の馬車の御者はノーシェではなく、見知らぬ兵士のオッサンだった。オッサンといっても、俺の実年齢より若いのだろう。


 西タクッド山脈は巨大人頭像の山とは異なり、日帰りできるほど近くはない。もし御者がノーシェだったら、美女三人との長旅になっていたわけだ。それと棺で眠る結衣姫も含めれば美女四人だな。まあ、でも月輝姫と雪綺姫は人形だから、美女としてはノーカウントだろう。


 西タクッド山脈近くまでやってきた。

 

 ここから先、馬車では進めない。


 御者と馬車をその場に残し、棺を引きずって進む。


 子供の頃にやったロールプレイングゲームで、主人公が仲間の棺を引きずる場面があった。草原でも森でも不自由なく引きずっていた。しかし実際やってみると、結構無理がある。死ぬほどキツい。ゲームの棺は軽くする魔法でもかけられていたのではなかろうか。


 見晴らしのいい場所に埋葬してやりたかったが、山を登っていくのは諦めるしかなさそうだ。足を止めた。


「この辺に埋葬しよう。ここならば西の国にも近いし」


 月輝姫からスコップのような道具を受けとり、穴を掘ろうとした。



 カタカタカタ



 棺から音がした。

 はて……。


「誰か棺に触った?」


 月輝姫も雪綺姫も首を横にふった。

 ならば気のせいか。


 しかしまた棺が音を立てた。

 棺の中には眠った結衣姫しかいないはずだ。


 棺の蓋が勝手に開いていく。


 この様子を見ても『不気味』だとか『恐怖』だとか、そんな感情は不思議と湧いてこなかった。


 蓋を開けるのを俺も手伝った。


 中から小さな人形が出てきた。

 真っ黒に焦げた人形……。


 ハッとした。


 俺が倒したはずの死神、すなわち恐怖の大王ではないか。

 まだ生きていやがったか。


 人形は見る見るうちに人間と化していった。


 その姿は赤い髪の少女だった。

 俺は警戒して身構えた。


 しかし赤髪少女(ヤツ)はこっちを見向きもしない。

 棺を力任せに担ぎあげるのだった。

 そのまま山を登っていこうとしている。


 俺も月輝姫も雪綺姫もぽかんとしていると、初めて赤髪少女が振り返った。


 まるで俺たちに『ついてこい』とでも言っているようだった。

 少なくとも、敵意や戦意や殺気らしきものは感じられなかった。

 黙って赤髪少女についていくことにした。


 赤髪少女は見晴らしのいい場所で棺をおろした。

 俺が穴を掘ると、赤髪少女が棺を埋めた。

 赤髪はふたたび人形の姿に戻った。


 俺は小さくなった人形を墓の上に置いた。

 墓に向いて手を合わせる。

 結衣姫、やすらかに眠ってくれ。


 人形はもう人間を襲うことはなかろう――。

 そう確信したので、そのまま放置した。


 山をおりる。


 突如として、足元に魔法陣が浮びあがった。

 以前、この西タクッド山脈に来たときと同じだ。


 俺の体が魔法陣に吸い込まれようとしている。

 月輝姫と雪綺姫は俺を助けようと、この体を掴んだ。

 しかし、ともに魔法陣の中へと消えていくのだった。


 魔法陣を抜けると、フィオアナのいる西の国だった。



 **** ここから 圜子 視点 ****



 ―― 数日前に遡る ――


 愛するオーキュネンは、聖騎士の中で唯一の貴族であり、公爵家嫡男だった。彼の死後、お腹に子供がいることが発覚すると、両親や親族たちと何度も面会させられた。もう息苦しいったら。


 お腹の子のおかげで、あたしは貴族に列せられ、尊い身分となった。そう、あたしは高貴で社会的に偉くなったの。聖騎士団長グリガンよりも他の聖騎士たちよりもね。



 例の脱走奴隷が憎らしかった。あの性悪女は愛する人(オーキュネン)を殺したのだから、即刻死刑なのが当たり前のこと。なのに同僚であるはずの聖騎士の一部から、死刑に関する慎重論があがったというのはどういうこと?


 乙門颯太や人形を敵に回すことに、きっと怖気づいたのね。ああ、情けないことだわ。それにしても、乙門颯太! ただでさえ顔も見たくない男なのに、邪魔し尽くしちゃって腹立たしいったら!!



 ところで、最近ノーシェよく見かけるようになった。聖騎士としては数少ない若い女であり、チヤホヤされてイイ気になっている。


 現在、例の脱走奴隷と乙門颯太は拘束中の身だ。しかしノーシェという小娘は、それら罪人の待遇の向上に尽力しているそうじゃないの。脱走奴隷の極刑や乙門颯太の厳罰化にも反対しているのだとか。


 ああ、いけ好かない、いけ好かない、いけ好かない、いけ好かない、いけ好かない、いけ好かない……。



 ある日のこと。


 産休に入ってから、食事は聖騎士用の食堂を利用している。食後はよくガムを噛んでいる。この日もそうだった。厳密にはガムではないかもしれないけど、元の世界のガムにとてもそっくりなのだ。たぶん同じものね。


 あたしが食堂から出ると、ちょうどノーシェがやってきた。顔を見るのは、きょう二度目だ。いつ見てもいけ好かない小娘だこと。


 すれ違いざまに、噛んでいたガムを何気なく……。

 そう。気づいてみたら、ペっと口から飛ばしてた。


 ガムはノーシェの髪に貼りついた。


「ワザとじゃないの。ごめんなさーい」


 まあ、このくらいは大したことじゃないわね。元の世界のガムと同じ成分だったら、油で簡単に落とせるんだし。でもそれは教えてあげない。


 ノーシェが髪からガムを剥がそうとしている。しかしガムは余計に伸びてしまい、逆に悪化してしまった。いい気味ね。生意気だからいけないのよ。だいたい、指やハンカチなんかで落とせるわけないでしょ。


 ノーシェと目が合った。


「何? あたしを睨んでるの?」

「別に睨んだつもりはない……」

「貴族にタメ口?」

「睨んだつもりはございません」


 睨んでたじゃない。


「髪なんて伸びるんだし、切ればいいでしょ」

「…………」


 ノーシェが黙ってしまったので、そのまま歩き去った。


 食堂の上階には女聖騎士用の更衣室がある。

 中に入って見物する。


 ノーシェ用の棚はすぐに見つかった。


 替え用の下着があったので、床に落とし、ツバを吐いて踏んづけて、また元に戻しておいた。一丁前にオシャレな櫛は、ゴミ箱に捨てておいてやった。ガムのついた髪、どうせ切るしかないんでしょ。だったら、きょうから手櫛でじゅうぶんよね。


 それと……このセンスの悪い髪留め、見覚えがあるわね。どうしようかしら。この髪留めも捨てておこうか……。ううん、やめよっと。あたしのポケットに仕舞っておいた。


 その夜。


 いま風呂に入っているのはネージャのようだ。彼女は女聖騎士の中では最年長で、お局様のような存在になっている。風呂に入っている隙に、部屋に入らせてもらった。


 別にネージャには、なんの恨みもない。しかしテーブルを蹴ってみると、花瓶が割れた。しーらない。ノーシェから盗んだセンスの悪い髪留めを、床に落としておいた。


 口紅を見つけた。あの人形が皆に配っていたものだ。あたしも欲しかったけど乙門颯太に関わりたくないので、もらうことはしなかった。とりあえずネージャの部屋から拝借した。



 四日後、恐怖の大王を倒した異世界人を称える祝典が開かれた。

 その日の夕方、元の世界に戻すための魔法陣を見せてもらった。

 しかし魔法陣に綻びが確認され、機能しないことが発覚した。


 魔法陣の修復期間について十年とか五十年とか言っている。途方もなく気の長い話だ。ほとんどの者はその話に懐疑的だった。本当は直る見込みなんてないのではないか。ただ期待を持たせるために十年以上もの期間を通知して誤魔化しているだけではないのか。あたしもその話は信じてない。


 元の世界には帰れない……。

 でも娘の苺香に会いたい。


 そんな心が打ちひしがれていたとき、厄介で面倒な知らせが舞い込んできた。


 またオーキュネンの両親がここに来るそうだ。

 来なくていいのに、いったい何回目よ。


 身分の高い貴族なので、今夜と明日は迎える準備で忙しくなる。


 たまたまノーシェを見つけたので、準備の手伝いを命じた。

 しかし彼女は『忙しい』などと、ほざきやがった。

 貴族の命令が聞けないの? ビンタを食らわせてやった。


「あなたは拒否できないの。わかった? 着替えたらすぐにホールへくること!」



 **** 圜子 視点 ここまで ****





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