31 ノーシェの牙は鋭い
どうして俺はこんなところに連れ出された?
てっきりまた周辺の町や村へ警備に行かされるのだと思っていた。
しかしここは城外どころか、中央棟の一室ではないか。
室内には十数名の聖騎士のほか、一人だけ異世界人がいた。
彼女はグムル人の副リーダーだ。
いまから会議が始まるらしいが……。
拘束中の俺もここにいなくちゃならんのか?
聖騎士団長グリガンが椅子から立ちあがった。顔には疲労が見えていた。ほんの数十日で、一気に五歳くらいも老けた感じだ。
「皆も知ってのとおり、いわゆる『死神』による被害者は、増加の一途を辿っている。崩壊した村も出てきた。極めて深刻な事態だ」
話によれば、聖騎士で人形となってしまった者は全部で四人。異世界人の人形化の被害者は一人のみ。沙羅のことだ。また、他にも重症を負ったものが多数いるそうだ。
若い聖騎士が人形を持っていた。同僚の聖騎士が人形化したものらしい。
思わず両手を合わせてしまった。おっと、縁起でもなかった。その聖騎士はまだ生きているかもしれない――そう信じている者は少なくないのだ。しかし俺以外の者はその動作の意味がわからなかったようで、ただきょとんとするのみだった。
さて、俺の特殊技能は『お人形さん遊び』だ。彼の人形に対話を試みてほしいと頼まれた。俺は快く引き受けることにした。
では早速、人形に問いかけてみる。
「俺のこと、わかるだろうか?」
「ああああああ、うううううう」
人形が喋った。しかし言葉になっていなかった。
「アンタの名前を聞かせてくれないか?」
「あうううううう。ぅう」
こりゃ駄目だ。意思疎通は不可能っぽい。せめて人形の生死だけでも確認したかったが、それすら叶わなそうだ。
一人の聖騎士から声があがる。
「やめてくれないか。これ以上、無理に喋らせるのは可哀想だ。もう見ていられない」
彼に同意する者もいたため、この対話の試みは終了となった。
人によっては不快に感じてしまうので仕方がない。
次の議題に移った。
死神退治についてだった。
グリガンが語気を強める。
「死神こそが恐怖の大王だったわけだが、我々はそいつを撃退すべく厳しい訓練を続けてきたのだ。このままやられっ放しでいられるか!」
ドンとテーブルを叩いた。顔を歪め、肩で息をしている。それでもコップの水を一口を含むと、少しは落ち着いた表情になった。
「あらためて情報を整理したい。目撃者による死神の特徴を挙げていく」
外見的特徴は『少女』『小柄』『痩せ型』『赤髪』『鋭い牙』の五つだった。
最後の『鋭い牙』を除けば、そういう人なら転移前の世界には普通にいた。だからあまり目立つような特徴には思えなかった。
でも牙ねえ……。
現場に残された人形の首筋に、牙によるものと見っれる傷跡が確認されているらしい。
俺も廃墟の建物で死神に遭遇したことがあった。そのとき牙にはまるで気づかなかった。というか、普通は気づけるもんじゃないだろう。
「ちなみに大地人に牙は無いんだよな?」
念のために訊いてみた。
口の中をきちんと観察したことがなかったからだ。
「ないぞ、ほら」
隣りに座っていたノーシェが口を開け、さらに両手の親指と人差指で広げてみせた。確かに牙は無かった。
「わかった。でも若いお嬢さんが無闇に口の中を見せるもんじゃないと思うぞ」
ノーシェが顔を赤らめ、目を泳がせる。
そしてワケのわからない行動に出た。
ガブリ。
俺の腕に噛みつきやがった。
「痛っ。おい、なんの真似だ」
「きゅ……吸血鬼だっ」
何が吸血鬼だよ。ガキか。
まさか、生真面目そうなノーシェがこんなことをするとは。
しかもますます顔を真っ赤にしている。
グリガンがテーブルを再度ドンと叩く。
「会議中だ。乳繰り合うのは後にしろ」
ノーシェは叱られてシュンとなった。
グリガンは次に死神の能力的特徴を挙げた。『怪力』『敏捷』『タフ』の三つだった。『タフ』については、尋常でないことを知っている。何しろ、式神のビームを食らっても生きていたのだ。
他にも有益な情報が報告された。死神は特定の場所に頻繁に姿を見せるのだという。それらのうち、特に多く目撃されている場所が四箇所ある。
今回の会議で、軍の戦力をその四箇所に集中させることになった。
戦力の中心は、特殊技能を持つ異世界人となる。
だが実力トップ層の異世界人に、負傷者が続出していた。グムル人のリーダーまでも重傷を負ったそうだ。彼がこの会議にいなかったのは、いまベッドで寝たままになっているためらしい。
さらには、もう一人の優秀な実力者が産休に入っている。
もちろん日本人リーダーの圜子のことだ。
それでも現在まだ残っている異世界人の中から、上位四十人の実力者を選出することになった。そして死神の頻出する四箇所に、それぞれ十人ずつを当てたいらしい。
「ところで上位四十人の中に、俺も含まれてるのか」
「無論、颯太もその一人に決まっているじゃないか」
やっぱりか。
「ならば四箇所への振り分けについてだが、俺んとこは俺一人でいい。俺と組むはずだった他の九人は、それぞれ別のところに行ってもらいたい」
「しかし死神はあまりに屈強で……」
「知ってるさ。まあ、どうしてもって言うのなら、俺のところには結衣姫だけを同行させてくれないか」
「いいや。それでも人数は多い方がいいに決まっている」
「邪魔が入ったら、思う存分やれなくなるってもんだ。こう言っちゃなんだが、俺一人だけで、他の異世界人全員を相手に勝つ自信はある」
グムル人の副リーダーが眉根を寄せる。
「本当にズバズバ言ってくれるのね。でも……事実かな」
グリガンも渋々ながら首肯した。
「良かろう」
ノーシェが片手を小さくあげる。
「聖騎士としましては、わたしが彼に同行しましょう」
「何度目だ。またノーシェが彼に同行するというのか」
グリガンは不快そうに目を細めた。
「とっ、特に意味はございません。ただ、その、拘束期間中はこのまま引き続き、わたしが責任を持った方がよろしいかと……」
「特に意味がないのならば、ノーシェが同行する必要もあるまい」
「ノーシェ、面倒を見てくれようとする気持ちには感謝している。でも俺は大丈夫だ。それからグリガン、俺と結衣姫のチームには聖騎士の同行も不要だ」
ノーシェは静かに視線を落とし、グリガンはゆっくり首肯した。
「うむ。承知した」
「じゃあ、きょうの会議はここまでか?」
俺の問いに、グリガンは小さく首を横に振った。
「いいや。乙門颯太には、最後に告げたいことがある」
「改まってどうした?」
「このたび拘束を解除することとなった。本日より元のテントに戻ってもらう」
えっ? 面倒くさ。
「良かったじゃないか、颯太。おめでとう!」
ノーシェが喜びの声をあげた。
俺としては、このまま地下牢生活でも差し支えなかった。確かにテントの方が明るいし清潔ではあるが、慣れてしまえば快適にさえ思えてくるものだ。それとベッドでゴロゴロするだけの生活との別れが、少し寂しい気もする。
だが俺のために尽力してくれたノーシェの手前、そんな言葉は口に出せなかった。
「あ、ありがとう。ノーシェのおかげだ」
「いいえ、わたしは何も……」
グリガンがゴホンと咳払いする。
「話を続ける。拘束解除は彼女もいっしょだ」
「彼女って……結衣姫か?」
「そうだ」
おおおおお! やったぞ!!
しかしグリガンはそう言いながらも、少々不満そうな顔だった。内心、解放には反対なのだろう。
ではどうして拘束を解除したのか?
それは死神被害の問題に切羽詰まってのことだろう。それからもう一つ考えられる理由がある。俺や結衣姫の極刑を強く要求する圜子が産休に入ったためではなかろうか。もし圜子がいたら、拘束解除など許さなかったはずだ。
◇ ◇ ◇
地下牢に拘束されている間に、俺のテントは撤去されていた。それで新しいテント機材を取りにいった帰りのことだった。
「悪いな。わざわざノーシェが俺の手伝いなんて。こんな作業は聖騎士のやることじゃないのにさ。本当は紅斗あたりに手伝わせるつもりだったんだ」
テント機材運びに、ノーシェが手を貸してくれたのだ。
「いま紅斗たちは近隣の町や村の警備にいっている。わたしに遠慮は要らない」
ノーシェに感謝しつつ、テント機材をいっしょに運ぶ。
ある聖騎士から声をかけられた。
「ホント、仲がいいな。アンタらいつも一緒じゃん」
そうだろうか。いつも一緒ってことはないと思うが。
ノーシェが顔を真っ赤にさせながら彼を睨む。
「かっ、からかうでない!」
テント機材を持ってふたたび歩いていると、また別の人物とすれ違った。
俺を見咎めると、チッと舌打ちした。
彼女は妊娠中の圜子だった。
俺としてはそのまま黙ってすれ違いたかったが、ノーシェが圜子に声をかけてしまった。ノーシェは圜子の腹部にチラッと視線を送ってから――。
「リコ、気分はどう? お腹の子、順調だろうか」




