3 いかにも異世界っぽい魔法能力をもらえるらしい
広い庭で馬車からおろされた。
女兵士は一礼し、去っていった。
その女兵士について、怪しい店で接客するお姉さんではないかと疑いもしたが、そうではかったようだ。
この広大な庭に、日本人らしき人々がたくさん集められている。皆、十代後半から二十代半ばぐらいだと思われる若者だ。でももしかすると、いまの俺のように若く見えているだけかもしれない。
連れてこられたばかりの俺は、彼らの視線を集めていた。新入りに興味津々なのか。しかしそれは必ずしもポジティブな側面からではなさそうだ。
「ぷっ。あのお兄さん、怪しくない? お人形を大事そうに抱えちゃって」
お人形?
ああ、これか……。好きで抱えているのではない。それなりにワケがあるのだ。でも説明したところで理解してもらえないだろう。まあ、気にすることはないさ。雑音なんて無視でいい。
ただハッキリしたことがある。いま聞こえたのは完璧な日本語だったし、周囲から聞こえてくる会話も流暢な日本語だった。翻訳機の腕輪によるものとは明らかに異なっていた。
しばらくして、立派に武装した男が台の上に立った。
数人の仲間を引き連れている。その中に、さっきの女兵士の姿もあった。
台上の男が彼女のボスか。
「諸君、我が名はグリガン。キールウェット王国の聖騎士団長だ」
聖騎士って言ったか。知ってるぞ。昔、漫画とかで見たやつだ。
いい歳こいたオッサンが、真面目な顔で聖騎士なんて。
別に嘘や冗談ではないのだろうが、なんかホッコリする。
「この場の四十六名が、本日新たに城内へ招かれた客人たちだ。我々は諸君を心より歓迎する」
へえ、ここに日本人が四十六人もいるのか。それに『新たに』ってことは、他にももっと前から日本人がきていたわけだな。ならば、いまどこにいるのだろう。まさか……全員殺されたとかじゃないだろうな?
「だが、悲しい知らせを伝えなければならない」
悲しい知らせ? まさか『歓迎する』なんて言っておきながら、本当に『殺す』なんて言わないでくれよな。
しかし異世界人の処刑とか、そういう話ではなかった。
「近い未来、この世は終わる。世界が滅ぼされるのだ。異世界から来た諸君や、ここに住んでいる我々大地人、すなわちすべての人類が死に絶える。だが我々は運命に抗うつもりだ。そこで諸君の手を借りたい。この世を救うため協力してほしい」
悲しい知らせ――この世が終わり、俺たちも巻き込まれるということか。
日本人の中から、こんな質問が飛んできた。
「何に滅ぼされるっていうんだ」
グリガン聖騎士団長が質問者を睨む。
地位のある人物相手にタメグチはマズかったのか?
しかし聖騎士団長はすぐに表情を無にし、何事もなかったように答えた。
「【恐怖の大王】だ」
日本人の一部から笑いが起きた。俺もその一部だった。
だって仕方ないじゃないか。【恐怖の大王】だぞ。久々に聞く名称だ。そいつもアンゴルモアの大王を蘇らせたりするのか? そういえばガキの頃、世紀末になるのが怖かったっけな~。
きょとんとする聖騎士団長。
「何がおかしい?」
ふたたび日本人から声があがる。
「そいつは七の月に空からやってくるのか」
「はあ? 月は七つもないし、空からではない。西の山脈の向こうから来るのだ」
かつて流行ったノストラダムスの予言とは、少々設定が違うようで。
聖騎士団長の話では、いずれやってくる伝説の【恐怖の大王】に対抗する戦力として、俺たちに期待しているらしい。
アホくさ。
こんなワケのわからない世界のために、誰が命をかけて戦うってんだ。
聖騎士団長が続けて言う。
「我々は強制しないし、頼める立場にもない。ただ諸君が何もしないのなら、我々とともに死を迎えるだけだ。しかしもし我々に協力するのならば、諸君や我々の命が助かるチャンスはあるだろう。我々は喜んで諸君の生活を援助する。来賓として手厚く迎えるので、衣食住に困ることはない。特殊な技能も授けよう」
新たな質問者がいた。
「じゃあ、本当に断ってもいいんだな?」
「構わない。ただし我々からの援助は断る。自力で生活してもらう」
「見捨てるってことか」
「別に我々が異世界から招いたのではない。諸君が勝手にやってきたのだ。もともと諸君を保護する義理や道理はない」
要するに、戦力としてコキ使われるのならば生活を保障するが、その気がないのならば勝手に野垂れ死ねと言いたいようだ。どっちも地獄か。まあ、勝手のわからない世界で自立なんて無理だから、前者を選択するしかないのだろう。
別の者が質問する。
「その大王と戦う必要は本当にあるの? 話し合いじゃ解決できないの?」
聖騎士団長は鼻で笑った。
「話し合いで決められるのならば、それに越したことはない。だが恐怖の大王が言葉を解すか否かは不明であるし、突然やってきて話し合いの余地すらないかもしれない。たとえば背後から襲いかかってくる野生の猛獣に、話し合いを期待できるだろうか。実際、西の山脈の向こうへ使者を何度か送り込んでみたが、恐怖の大王の正体どころか手掛かりさえも掴めなかった。だからいつでも対抗できるための準備が必要なのだ」
質問者はまだ不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。
次の質問者は俺だ。
「俺たちに期待し過ぎじゃないかな。皆、日本という平和な国から来てるんだ。なんの訓練も受けてこなかったし、体も鍛えていない人がほとんどだろう。戦力どころか足手まといにしかならないと思うけど」
俺も調子に乗ってタメグチに。
「いいや。言ったはずだ。協力者には特殊な技能を授けると」
あれ? そんなこと言ってたか?
ならば特殊な技能って、どんなものなのだ。
聖騎士団長はそれについて説明してくれた。まるでファンタジー系ゲームの魔法のようなものに聞こえた。
また別の者が質問する。
「それほどの能力を得られるのなら、あなたたちだけでやれるんじゃないかしら」
「この世界に住む我々大地人は、不幸にもその能力を取得できない。だから異世界からの客人たちに、こうして頼るしかないのだ」
聖騎士団長の補足の話によれば、実は長い歴史の中で、この世界の危機が近づくたびに、異世界から人々がやっていたそうだ。
「それらの異世界人たちは、無事に異世界へ帰れたの?」
「帰っていった異世界人もいる。ここに留まった異世界人もいる」
「つまり返せるのね? だったら、いますぐ返してよ!」
返せコールが起きた。
聖騎士団長が首を横にふる。
「最後に異世界人が帰っていったのは、もう昔のことだ。そのため過去の記録を紐解かないことには、返し方がわからない。だが約束しよう。我々に協力してくれた者を元の世界へ返すために尽力すると」
ひどい話だ。どうしても俺たちに協力させたいらしい。それに聖騎士団長の言葉はどうも信じきれない。本当は返す方法などないくせに、俺たちを利用するだけ利用して、あとはポイとか考えているのではないか?
それでも、もし元の世界への帰還という希望を失いたくないのであれば、聖騎士団長の話に賭けてみるしかないのだろう。
ただ……ぶっちゃけ、『特殊な技能』というものに興味があった。俺にも魔法っぽいのが使えるようになるのかと思うと、不覚にもワクワクしてくるのだった。
「我々に協力するという者は、ここに残っていただきたい」
去っていく者は皆無だった。俺たちに行く場所なんてないからだ。それに元の世界に帰れるという希望も、一応は残っているのだし。また、俺みたいにファンタジーっぽい特殊な技能に惹かれた者も、少なからずいるのではなかろうか。
「では、これから諸君に特殊技能を授けたい」
本当に……俺にも魔法が使えるようになるんだな?
「ふわぁあ」
変な声が聞こえたが、誰かのアクビか?
だが、周囲の人々からのものではなさそうだ。
ありえないことだが、まさか……。
俺は抱えている人形に視線を送った。
「お前か」
すると人形から声。
「いま目が覚めたわ」
人形がはっきりと喋った。
「驚いた。人形の姿となったのに喋れるなんて。でも小声で頼むぞ。周囲に人がいっぱいいるんだ。騒ぎになるのはゴメンだからな」
「そうね。人間の姿になるのも、いまはやめておくわ」
「ああ、そのまま目立たないでいてくれ」
皆、俺と同じ日本人と言っても見知らぬ連中だ。そんな奴らの中じゃ、目立たず大人しくしているのが一番。目立っちゃ駄目だ、目立っちゃ駄目だ……。
それにしても喋る人形か。ホント、カオスだな。最近、ありえないことが続けざまに起きている。このへんてこりんな世界に来てしまったことも、かなりブッ飛んだ話だし。何よりも、娘の苺香と血が繋がっていなかったというのが、長い人生の中で最も滅茶苦茶で信じられないことだ。
「ねえ。あの人、人形に向かってブツブツ言ってるわ」
「なんか気味の悪い人ね。頭、大丈夫かしら」
「駄目。無視するの。目を合わせちゃ駄目よ」
俺は変に目立っていたようだ。
聖騎士団長に代わり、例の女兵士が台にのぼった。いいや、彼女は聖騎士団の一員らしいので、「女兵士」ではなく「女聖騎士」と呼ぶ方が適切なのだろう。
「ようやく準備が整いました。いまから特殊技能授与を行ないます」
俺たち日本人は一列に並ばされた。
四十六人いる列の先頭から順に、特殊技能を授けられていくらしい。
いよいよ一人目が呼ばれる。
聖騎士たちが運んできた石板の中央に、彼はそっと手を置いた。
石板に文字が浮かびあがる。見慣れた文字……なんと漢字だった。
「「おお!」」
漢字を見た日本人たちから声があがった。
石版に手を置いた者に、女聖騎士が尋ねる。
「それを読んでくれませんか。石板には触れた者の言語文字で示されます。そのため我々には読めません」
すると彼は嬉しそうに答えるのだった。
「はい。【風魔法】と【索敵】の二つでした」
「そうですか。その二つがあなたに与えられた選択肢です。ただし取得は一つに限られます。望む方を選択してください。選択した方の文字に、手を合わせればいいのです」
彼の手は石版中央から【風魔法】の文字にスライドした。
すると石板から文字が消えた。
「あなたは【特殊技能】を習得しました。初めのうちは、弱い力しか発揮することができないでしょう。それでも訓練次第でいくらでも力を伸ばせます」
続いて二人目。
彼が石板に手を置くと、また文字が浮かんだ。
今度は候補が三つもあった。【バーサク】【水魔法】【土魔法】。
順番待ちの俺たちは、彼に羨望の眼差しを送った。
「すげえな。選択肢が三つも!」
「どれもファンタジーそのままじゃん」
「俺も、ああゆうのが早くほしい」
盛りあがる俺たちとは対照的に、何故か聖騎士たちは冷めたような面持ちだった。
二人目の彼は【水魔法】を選んだ。
そして三人目。
石板には【炎魔法】【暗視】【解毒】の文字。
こっちも選択肢が三つ出てきた。
彼女は嬉しそうにガッツポーズした。
気になるのは聖騎士たちの反応だ。
何故がっかりしたような顔になっているのだろう。
彼女は迷わず炎魔法を選択した。
順番は早くも十三番目。
石板に浮かんだのは【武王の証】【光魔法】。
ようやく聖騎士たちの顔が晴れあがった。さらには拍手も。
「名前からして【光魔法】ね。早く使ってみたいわ」
十三番目の彼女がそう言うと、聖騎士たちは慌てて止めた。
彼らが勧めるのは【武王の証】。身体強化やいくつかの魔法を同時に取得でき、英雄のように活躍できるのだという。
彼女は「それ、可愛くない」と不満そうだったが、聖騎士たちに押し切られる形で【武王の証】を選択するのだった。
十四番目は俺だ。
さて、どんな選択肢が出てくるのだろうか。
お読みいただきまして有難うございます。
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なお、悪妻の再登場はもう少し後になります。