28 老婆の泣き声が聞こえた
結衣姫はノーシェに連れていかれることを望んだ。
却下だ。俺がそれを許すものかよ。
すると月輝姫が俺の袖を引いた。
「わたしがついていくから、心配しなくていいわ。あと雪綺姫も」
「わたくしも行かなければなりませんの?」
「あなたにも役目があるでしょ。彼女が毒を盛られたときのために」
回復魔法に期待してのことだろう。
雪綺姫はくいっと肩をすくめながらも承諾した。
月輝姫は長い髪を搔き払い、小首を傾げて俺に確認する。
「結衣姫を殺そうとする者がいたら、わたしがその者を殺す。それでいいわね?」
月輝姫がいれば安心だ。結衣姫は無事でいられるだろう。
「それでいい。悪いけど頼む、月輝姫。雪綺姫も」
しかしノーシェが黙っていなかった。
「用があるのは彼女だけであり、他者の同行は認められない」
「わたしたちは人形よ。指図なんてされない。好きなようにさせてもらうわ。それとも、いまわたしに殺されたいの? 聖騎士や兵が束になってかかってきたところで、わたしに勝てるわけがないじゃない」
ノーシェの顔が青ざめる。
彼女はそれ以上、何も言わなかった。
黙認することにしてくれたようだ。
月輝姫は強引に牢の格子を壊して外へと出た。
ノーシェから食事のトレイを奪うように取ると、それを俺に手渡した。
「いいこと? 食事はちゃんととるのよ」
結衣姫はノーシェに連れられて、地下牢から出ていった。
月輝姫と雪綺姫に任せれば大丈夫だろう。
食事をとり、そのあとベッドに寝転んだ。
静かだ。
こういうの、いつぶりだろうか。
一人になったことを実感した。
◆ ◆ ◆ ◆
乙門颯太が入牢した夜のこと。大きな泣き声が町じゅうに響き渡った。
老婆らしき者の泣き声だった。その音量の大きさは尋常でなかった。近郊の山から聞こえてきたのだと人々は言う。しかしその山は立入禁止の無人の山のはずだ。それに山からの声が、町まで届くものだろうか。人々は不吉なものを感じていた。
朝がきた。しかし夜間の大きな泣き声のため、町の多くの者が寝不足だった。
この日、町の各地で奇異な事件が発生した。
報告されたのは町の住人の怪死。前日までは元気いっぱいだった者が、突然死したのだという。正午までに報告された件数だけで十二件。しかし非常に不可解な事件であり、そもそも『死』というのが怪しい。死んだとされる者は、実はまだ生きているのではないか、とも言われているのだ。馬鹿馬鹿しく聞こえる報告だった。
住人の具体的な証言は以下のものだった。
・朝、起きると妻が人形に変わっていた
・馬車が止まったので確認してみると、御者が人形になっていた
・開店準備していたパン屋の旦那が、いつの間にか人形に変わっていた
・工場の作業員が突然姿を消し、その場には人形が置かれていた
このような話が他にもあと八件。人間が人形に変わったというものだ。
老婆の泣き声は、次の夜も、またその次の夜も、町まで聞こえてきた。人間が人形になったという報告も、毎日届けられるようになった。
王国政府は『人形はいつか人間に戻るのではないか』という望みに期待し、早々に『人形廃棄禁止令』を発布した。
◆ ◆ ◆ ◆
毎晩聞こえてくる泣き声にはうんざりしていた。寝覚めが悪い。ぐっすり眠れないのだ。もしかしてこれって、地下牢の収容者への嫌がらせなのか。つまり俺だけが聞かされるものなのか。
だが、いまの俺は牢内に引きこもっているだけの生活。寝不足ならば昼間に眠ればいいだけのこと。だからあまり強く腹を立てているわけではない。
ある日の朝食後、再度ベッドに寝転んだ。
パタパタパタ
小鳥が飛んできた。どうやってここに? 天井を見あげた。月輝姫に壊された穴がある。そこから入り込んだのか。
いいや。
コイツ、小鳥じゃない。作り物だ。月輝姫や雪綺姫のように、自らの意思で動いているのか? それとも式神のように、誰かに命じられて動いているのか?
「突然ごめんなさい。お元気でしょうか」
作り物の小鳥が喋った。
「お前、誰だ」
「果穂です」
そっか、果穂か。腑に落ちた。
あのふざけたイベント【カップリングパーティ】のトークタイムで、一緒になったことのある人物だ。彼女の特殊技能は、俺のものとよく似た【傀儡】だったはず。つまりこの小鳥は彼女が動かしていたのだ。それにしても驚いた。喋らせることもできたとは。
果穂と話をした。ずっと地下牢にいたため、まともな会話は久しぶりだった。
夜間の泣き声の話を彼女から聞いた。地下牢だけに聞こえたわけではなかったらしい。このルウェット城近郊の町や村の住人たちも困っていたそうだ。
怪死事件の話も聞いた。人間が人形になるなんてどういうことだろう。病気なのか。呪いなのか。あるいは人間を人形にすり替えたものなのか。
果穂は作り物の小鳥を通じて、聖騎士への不満をぶちまけた。
「聞いてくださいよ。この怪死事件に、わたしたちを使おうとしてるんです。わたしたちが特殊技能の訓練させられてるのって、恐怖の大王とかと対峙するためって話だったじゃないですか。詐欺ですよ、これ。やっぱり異世界人は戦闘用奴隷だったんです。多くの人が、聖騎士に不信感を抱いてます」
「怪死事件に使われるって、どういうことだ?」
「わたしたち異世界人が町へ見回りに行くんです。でも皆、事件を怖がってます。いきなり人形にされたらどうしようとか。わたしも町には行きたくありません」
「そりゃ、とても不安だろうな」
「はい。もし颯太さんがついてきてくだされば、とても心強いのですが」
俺は地下牢から出られない。だから同行はできない。まあ、俺がついていったところで、何かの役に立てるとは思わない。けれど……。
「俺の式神、持っていくか? いまや式神の遠隔操作ができるようになってさ。式神の聞いたことや見たことの多くは、ここにいる俺に伝わるんだ。たったそれだけだが」
「いいの? なら、ぜひ持っていかせてください!!」
作り物の小鳥は翼をパタパタと羽ばたかせた。喜びを表現してみせたつもりなのだろう。
「ところで皆のようすはどうだ」
「そうですねえ。多くの人が聖騎士に嫌悪感みたいなのを持つようになりましたけど、あとはだいたい、いつもどおりでしょうか。銀兵さんは相変わらず馬鹿やってますし……。そうそう。安藤竜ちゃんが彼の真似するようになっちゃって。やっぱり悪い影響与えてますねえ。紅斗さんはちょっと孤立気味かな。ランちゃんは超元気。あとリコちゃんは……」
「彼女がどうしたって?」
「颯太さんと結衣ちゃんの処刑を、必死に主張しています。目つきとか本当にヤバくて怖いくらいです」
「そっか」
式神を果穂に渡した。
彼女の言うとおり、皆、町へのパトロールに駆りだされた。俺も同行――すなわち式神を通じて見回りを手伝うことになった。
何によって怪死(人形化)事件が引き起こされたのは不明。だからどこをどのように見回ればいいかなど、誰にもわからない。したがって、ただ闇雲に歩き回ることしかできなかった。
果穂の同行者は、凪彩、凛花、沙羅、それから唯一の男となる聖騎士のアロンだ。果穂以外、俺とはほとんど喋ったことがない。
「この辺、ずいぶん人通りが少なくなったみたいね」
凛花が言うと、アロンが説明する。
「かつて栄えていた旧市街地だ。いまでは治安が悪く、女性の一人歩きは勧められなくなったんだ」
廃墟となった建物もずらりと並んでいた。
その一つに入ってみることとなった。
窓から光があまり入ってこないため、足元には気をつけなければならなかった。式神を介して見聞きしているだけの俺としては、当然ながら問題ない。
ちなみに俺の式神は、作り物の小鳥とともに果穂のポケットに入っており、そこから外を眺めている状態だ。
建物の部屋数は少なく、見回りはすぐに終わった。
「隣の建物にも入ってみない? ちょっと気になって……」
凪彩の意見に皆が賛成し、並びの廃墟も調べてみることになった。
凪彩の特殊技能は【虫の知らせ】だ。しかしこれまでほとんど発揮できていなかったらしい。ちなみに、彼女は特殊技能の訓練時間中、訓練方法が見つからないといって、いつも暇そうにしていた。
二つ目の建物に入ってすぐのこと――。
「ねえ、これって人形よね」
凛花が人形に手を伸ばす。
「まだ触らないでくれ」
アロンが人形の周りを確認する。
床が少し汚れていた。
「血だ」
他の四人も遅れて声を発した。
「血?」「血だわ」「これって血ね」「血よ、血!」
血はまだ新しかった。
沙羅が凪彩に向く。
「この発見、凪彩の【虫の知らせ】のおかげだね」
「やっとあたしの特殊技能が発揮できたけど……でもこんなの嫌だな」
凛花の見つけた人形は、人形化した人間の可能性がある。
もしそうだとすれば、実はまだ生きているかもしれない。
「人形はあとで持って帰ることにして、いまはこの建物を徹底的に調べよう。もしかすると犯人のような者がいるかもしれない」
アランの言葉に、凛花が渋い顔をする。
「本当に調べるの? 仲間を呼んでからにした方が良くない?」
「悠長なことは言ってられない。もしここに犯人がいたら逃げられてしまう」
階段があった。地下へおりるものと、上にのぼるものだ。
「まずは地下へ行ってみよう」
とアラン。
だが凛花は首を大きく横にふった。
「地下はイヤ。地下はやめようよ。だって暗そうだし、気味悪いし、何かいるかもしれないし。上に行ってみましょうよ」
いやいや、見回りの目的を忘れていないか。何かいるかもしれないのだったら、そっちに行くべきだろ。
しかし結局、凛花の意見が通り、まずは上に行くことになった。
二階、三階へとのぼっていったが、特に何もなかった。
一階へと戻っていく。
突然、果穂が声をあげた。
「あれっ、沙羅は?」
皆が周囲を見回す。しかし沙羅の姿はどこにもなかった。いっしょに三階からおりてきたはずだ。では、どこにいった?
「ねえ、隠れてるの? 悪ふざけはやめてよ、沙羅」
果穂はそう言いながら俺を――というより、ポケットの式神をぎゅっと握った。残念ながら、訊かれたってわからない。
皆で沙羅を探す。いったん三階まで引き返した。
「これ、沙羅じゃないの?」
凪彩が人形を発見。果穂と凛花は悲鳴をあげた。
「「きゃあああああああああああああ」」
確かに沙羅に似た感じの人形だった。
服の絵柄なども考えれば、沙羅に間違いなさそうだ。
沙羅……。
ついさっきまで元気に歩いていたはずだった。
ぞっとした。どうしてこうなった? これは何かの呪いか。
床に血の汚れ。今度はアロンによって拾いあげられた。
果穂がアロンの手から人形を奪う。
「沙羅はわたしが持つわ。アロンは一階の人形を拾って」
一階までおり、アロンが人形を拾う。
「今度は地下だ」
彼は強い口調で指示し、誰にも反対させなかった。
皆、警戒していた。慎重に慎重に一段ずつおりていく。地下は広い部屋だった。そこには何もなかった。何者かが隠れている様子もない。
「奥にも部屋があるわ」
果穂が指差すと、凛花は顔を歪めるのだった。気づかなけば良かったのに、などと思っているのだろう。
四人でいっしょに奥へ進んだ。
地下階の床は足音がよく響く。
小さな部屋があり、皆がそこを覗いた。
「なんかカビ臭い」と凛花。
だが結局、何も見つからなかった。
建物を出た。
子供が遊んでいた。
「キミたち、この辺は危険だ。すぐに立ち去るんだ」
子供はぽかんとした顔でアロンの顔を見つめた。
「いつも遊んでる場所だよ。何が危険なの?」
「そ、それはだなあ。怪……いや、強盗だ。強盗犯がこの辺に潜んでると通報があってだな……」
「強盗? だったら、さっき変な人が飛ぶような速さで、そっちの建物に走っていったけど」
「本当かっ」
すぐさま隣の建物に向かった。
こちらも廃墟の建物だった。
さっきの建物と同様、内部は薄暗い。
俺はどことなく違和感のようなものを感じた。
何かがいる……。
カタっと微かな音がした。
皆の視線がそこに集まった。
壁に立てかけられた板。
その裏か。
アロンが剣を抜く。
音を立てずに近づき、板を蹴り倒した。
そこに子供がいた。




