27 人形か人間か
月輝姫が奇妙な行動をしていた。
どこからか持ってきた人形を引きずり回している。
何やってんの?
そして人形を結衣姫に向けたとき、月輝姫の様子に変化があった。
いままでに見せたことのないような怒りの眼をしていた。
「結衣姫、何か言ってちょうだい」
問い詰める月輝姫。結衣姫は開き直るように声をあげた。
「ええ、ご察しのとおりです。颯太さんにはこれ以上迷惑をかけられないので申しあげます。聖騎士副団長を殺したのは……わたしに他なりません」
結衣姫、いまなんと?? 彼女はどちらかといえば内気で物静かな感じの少女だった。人を殺めるなんて想像すらしなかったことだ。
でもさ、どうしてそんなふうに胸を張って自白するんだ。
聖騎士たちからは「どういうことだ」と声があがった。または俺に対して「人形のせいにしようとしているのか」などと言う者もいた。やれやれだ。
結衣姫は大勢の視線を浴びながら、一人の聖騎士のもとへ歩いていった。
彼の前で立ち止まり、指先をまっすぐ向けた。
「お前もそうだ。その顔を忘れたことがない。西の山脈の向こうでのことだ。昨晩死んだ男とともに、まだ幼かったわたしや姉や仲間をさらい、この国に連れてきて奴隷にした。過酷な重労働により姉や仲間は死んだ。次に死ぬのはお前の番……」
二つの瞳は殺気を放っていた。懐剣を取り出す。
あれは俺のだ。失くしてしまったかと思っていたが、結衣姫が持っていたのか。
懐剣を振りあげたところで、押さえつけられ、拘束された。聖騎士に懐剣を向けたばかりでなく、脱走奴隷であることを自白してしまったのだから当然だ。
脱走奴隷については、いままで頑張って隠してきたつもりだった。
が……。これ、全部ブチ壊しじゃないか。
俺の立場も悪化したらしい。
聖騎士たちに取り囲まれてしまった。
「乙門颯太、お前は脱走奴隷を人形だと偽って匿い、城内に潜伏させていた。この罪の重さがどれほどのものか、理解できるか!」
聖騎士の問いには無視を貫いた。というよりも返す言葉がなかった。すると今度はグリガンが尋ねてきた。
「乙門颯太にあらためて問う。そこにいる犯人は人間か? 人形か? もし人間ならば処刑、人形ならば解体とする」
どっちも同じ刑になってるじゃん。
困ったものだ。
しかし立場を悪くしたのは、俺と結衣姫だけではなかった。
同時に聖騎士も、異世界人側からの信用を失うことになった。
大勢が聖騎士に問い詰める。
「聖騎士が山脈の向こうから人をさらってきたのか!」
「蛮行を働いたのは自分の仲間なのに、その復讐は許さないってか?」
「俺らを山脈に行かせたのは、向こうの人々の報復に備えてだったのか」
「大地人同士の戦いに、俺たちを巻き込まないでほしいぜ!」
騒ぎの収まらない中、結衣姫が聖騎士に連れていかれる。
俺もまた、脱走奴隷を保護していたという罪で連行となった。
式神で一暴れでもしてやろうかと思ったが、送られる先が結衣姫と一緒という条件で、素直に従うことにした。
ところが……。
「乙門颯太をどこへ連れていくつもりかしら?」
またもや月輝姫が立ちはだかった。
白くて華奢な左手が天を向く。
上空に光の玉が生じた。
光の玉は凄まじい高熱を発した。空高くにあるにもかかわらず、肌が焼けそうなほどだ。もしそれが落ちてきたら、とんでもないことになるだろう。
「皆殺しでいいわね。わたしがこれの落下を抑えるのをやめた瞬間、城はもちろんのこと、遠くの町までも消滅するの」
それ、俺も死ぬぞ?
恐ろしげな光の玉に、大パニックとなった。「きゃー」とか「ぎゃー」とかいう悲鳴が城全体を包む。
「ありがとう、月輝姫。でも聖騎士を脅すのはそこまででいい。俺は大丈夫だ」
そして聖騎士に言う。
「さあ、俺を連れていけ。ただし条件どおり、必ず結衣姫と同じ場所だ」
月輝姫は道を空け、聖騎士を睨みつけた。
「覚えておくがいいわ。恐怖の大王でなくとも、わたしならこんな国、簡単に滅ぼせるの」
光の玉は消えた。
青ざめた顔の聖騎士が、俺と結衣姫の手を引く。
「月輝姫、雪綺姫。そんじゃ、ちょっと行ってくる。気長に待っててくれ」
連れていかれたところは、薄暗い地下牢だった。
聖騎士が立ち去ると、結衣姫が謝ってきた。
「ご迷惑をおかけしましたこと、心よりお詫び申し上げます」
オーキュネンの死は悲しいが、結衣姫の気持ちも理解できないわけではない。だから彼女に、ああだこうだと言うつもりはなかった。
「別に俺のことなら気にしなくていいから」
ふと、彼女を見て気になるところがあった。
「そういえば人形はどうした。いつも大事そうに抱えてたじゃないか」
「聖騎士に没収されました」
まあ、当たり前だろうな。地下牢送りなのだから。
「それはお気の毒様。あれって肉親の形見だったんだよな」
「はい、姉の形見でした。あの人形には勇気をもらいました」
「勇気を?」
結衣姫はゆっくりと首肯した。
「この城へ来たばかりの頃、ここのすべてに怯えていました。そのため、あの男の顔を見ても殺したいとは考えもしませんでした。ですが…………。姉の人形を見続けていくうちに勇気が湧いてきました。わたしは変われたのです。夕べのことに後悔はありません」
復讐を遂げたことで、気持ちがハイになっているのかもしれない。これから極刑を言い渡されるかもしれないのに、彼女の表情に恐怖や悲愴感の欠片も見当たらなかった。
あまりにも平然としているので『オーキュネンの刺殺なんてなかった』なんて錯覚してしまいそうなほどだった。そう、もしこれが錯覚だったら、どれほど救われたことか。
オーキュネン……。
悲しみに顔を伏せた。
ゴゴゴゴゴ
天井の一部が崩れ落ちた。
そこから月輝姫と雪綺姫がおりてきた。
気長に待っていろと、言いつけたはずなのに。
「お前らだったか。天井を壊しての登場とは驚いたぞ」
「わざわざ正面から突破して、むやみに人を恐怖で震えあがらせも仕方ないからよ」
さっきは光の玉で人々を怯えさせておいて、どの口が言うんだ?
「そうだな。暴れるのはやめてくれ」
月輝姫はぴったり俺の真横に座った。
「考えごとしてた?」
「ちょっとな。友人の死が悲しいのと……。彼のことは、人さらいとか、そんな悪いことするようなヤツだと思ってもみなかった。まだ信じられなくてさ」
オーキュネンと会って半年にもなっていた。
いままではふつうに良識のあるヤツだと思っていた。
ああ、良識か……。もしかすると、その言葉が結構クセ者なのかもしれない。たとえば善悪の捉え方は、時代や集団によって違ってくるものだろう。彼自身、向こうの国での人さらいは正義に反しない、と信じてのことだったかもしれない。
「そうなの?」
月輝姫が頭にそっと手をおいた。
俺はガキみたいな扱いにムッとして、その手を払った。
それでも月輝姫は肩を寄せてきた。俺にもたれかかるように。
「お、おい。近すぎる」
「あら? 人形のときはぎゅっと抱きしめていたくせに」
抱きしめてって。誤解を招くような言い方するなよ。
「持ち運ぶときに抱えていただけだろ」
「わたしの体は繊細なの。もっと優しく抱えてほしかったわ」
言ってろ。
「そういえば朝食まだだった……」
「お腹が空いたの?」
「まあ、少し」
「なら奪ってきてあげるわ」
「いや、いい」
しばらくして誰かが地下牢にやってきた。
聖騎士だ。牢の格子越しに立つ。
その者の顔を確認すると、ノーシェだった。
俺は座ったまま、わざわざ立ちあがることはしなかった。
「食事を持ってきた」
見れば一人分しかなかった。
「ここには四人いるんだが?」
月輝姫と雪綺姫も数に含めて言った。
「我々は颯太の分しか用意できない」
「強気だな。じゃあ訊くけどさ、俺たちをずっと閉じ込めていられると思うのか。壁などを壊して脱獄するのは造作もないことだぞ」
「たぶんそうだろう」
ノーシェは聖騎士の中で最も親しい存在だ。そのノーシェがここに来たということは、何かしらの交渉の持ちかけなのは間違いあるまい。
「はっきり言ってくれないか。ノーシェがここに来た理由を」
「うむ。脱走奴隷の引き渡しに応じてほしい」
「そりゃ無理だ。渡せない。彼女は友人だ」
俺のいるところでは、聖騎士は彼女に手出しできない。
だから俺が引き渡さない限り、彼女は無事でいられる。
「颯太もオーキュネンとは親しかったのだろ? 彼はその女に殺されたのだぞ」
「だからこそだ。彼女を処刑する気なんだろ。俺は友人が二人も死ぬことに堪えられない」
「ふむ……。きょうのところは諦めるとする」
ノーシェは一礼し、踵を返した。
「待ってくれ。その食事、さげてってくれ」
「わたしは、颯太には食べてもらいたい」
「わかるだろ。一人分しかない食事なんか食えるものか」
彼女は黙って首肯し、食事を持ち帰っていく。
**** ここから 結衣姫 視点 ****
自分自身の手でカタキを討てたことに満足した。この幸福感は生まれてきた中で最も大きなものだった。
ただ、恩人の乙門颯太には悪いことをしてしまった。彼まで地下牢行きとなってしまったのだから。それでも心優しい彼は、気にしなくていいと言ってくれた。
地下牢に来客があった。月輝姫と雪綺姫だ。天井を破壊してやってきた。
月輝姫は乙門颯太のすぐ隣にちょこんと座った。大きな瞳で彼を見あげる。その顔はいつもの澄ました感じなどなく、まさしく雌そのもの。しかし乙門颯太は彼女のそんな視線にまるで気づいていない。
本当に気づいていないのだろうか。もしかして単なる気づかぬフリ?
いずれにしても、完璧なまでに美しい月輝姫を、彼はあまり異性として見ていない様子だ。それは人形だからか? ただ、ふだん同じ異世界人を前にしても、異性にはほとんど興味なさそうだった。というよりも、深く関わることを避けているように見えた。何故なのか。
リコという女と恋仲だったが別れた、という話を聞いている。理由はそれだろうか。トラウマになるほど酷いフラれ方でもしたとか。
女聖騎士が食事を持ってやってきた。乙門颯太にわたしの引き渡しを要求した。しかし彼女の目はとても辛そうだった。それは仲間の死のこともあるだろうけど、彼に交渉しなければならない立場であるためなのだろう。彼女もまた、彼の前では雌の顔になるのだ。
乙門颯太は一人分しかない食事に不快を示した。
わたしは彼に迷惑をかけっぱなしだ。北フンディナの森の近郊で出会ってからずっとそうだった。喋れないという設定や人形だったという設定など、様々な方法を考え、わたしを守ってきてくれた。ここまでしてもらう価値なんか、わたしにはないのに。
彼はいわゆるイケメンの部類に入るだろうけど、心の優しさが外見にも現れているからこそ、いっそう異性を惹きつけるのだろう。
ありがとう、乙門颯太。
わたしは引き渡されなければなりません。
「お待ちください、聖騎士様」
食事を持ち帰っていく彼女は、足を止めて振り返った。
「わたしをどこへでも連れていってください。はじめから覚悟はできています」
**** 結衣姫 視点 ここまで ****




